第11話 新天地に聖女は
わたしは困っていた。
胸がギュウゥと締めつけられるような痛みがあって、苦しい。とにかく辛い。
さっきの動物との戦いのせいじゃない。倒さないといかなかったのは悲しいけど、もう落ち着いた。
力とか生き物とかについては、ちゃんと考えないといけない。考え続けないといけない。大変だけど、それは大丈夫。大切な事なのが分かっているから。
問題はその次。追われていた男の人の事だった。
「さて、どうする? どうしたい? カモミール」
わたしを真っ直ぐに見て、ペルクスは質問してくる。
質問というより怒られているような感じで、少しだけ、怖い。違うのは分かってるけど、それでも怖かった。
苦しさを我慢して、聞き返す。
「……どうして? どうしてわたしに聞くの?」
「僕は罰を与えるべきだと思う。シャロとサルビアも同意見。あとはカモミールだけだ」
他の皆の話は終わっていた。
あとはわたしが言うだけ。
一度深呼吸。下を向いて、勇気を出して、言った。
「……わたしは、別にいいよ。怒ってない。だから罰とかは、そんな……」
甘い。優しい。多分そんな風に言われるはず。
確かに投げられた時は怖かったけど、それで罰を与えたいなんて気持ちはない。誰も辛くないのが一番だ。
本当に、そう思う。間違いだって言われても。
恐る恐る、顔を上げる。
だけどペルクスは意外にも、怒らなかった。平然とうなずくだけ。
「そうか。なら起こすぞ」
薬を男の人の顔に近づける。
するとすぐに効果があった。
「げほっ、がはっ!」
飛び起きる男の人。
苦しげに咳き込み、それが収まっても怯えた様子で、可哀想になってくる。
「……はっ、はっ……なん……?」
「覚えているか?」
「は? ……そうだバケモノ!」
慌ててあたりを見回す。
すると死んだ動物が目に入ったのか、ぎょっとのけ反る。今まで以上に怯えた顔になった。
でもそれは、もう誰も傷つける事はない。
その事実が分かると声高く笑って、喜んだ。
「は、ははっ。俺は助かったんだな!?」
「ああ。そうだとも。だが、もう一つ、覚えている事はないか?」
静かに詰め寄るペルクス。
怒っている。わたしの為に。嬉しいけど、それだけじゃなくて、やっぱり怖い。
男の人はわたしを身代わりにした事を思い出したのか、顔が青くなった。
「なっ、なんだ、助かったんだからいいだろ!?」
「ああ。別にいい。当のカモミールも許すと言っている。罰は与えない」
目に見えて、ほっと安心した様子になる。
だけどペルクスは止まらず、手を緩めない。冷たく言い捨てる。
「だが。信用は出来ない。同行は出来ないな」
「は!? 待て。俺だけだと食われる! でもアンタらならバケモノも殺せるんだろ!」
「そうだな。だがお前は、僕達の働きに応えてくれるのか?」
「もっ、勿論! 何がいい!? 下働きでもなんでもする!」
「それは求めていない。求めているのは安全の保証だ。もし他に強い者が現れた時、僕達を裏切らない証明だ」
「そんなもの……」
男の人は言葉に詰まる。答えが考えられないみたいだ。
でも答えないと、助からない。追い詰められて、苦しい時間だけが過ぎていく。
とうとう耐えられなくなったのか、逆に怒って声を荒らげた。
「じゃあなんだ。死ねって言うのか! ここで死んだら消えちまうだろうが!」
「そうだな。それが自分の選択の結果だ」
「待って。ペルクス……」
わたしはペルクスの隣に歩いていって、肩に手を置いた。止めさせたくて、首を横に振る。
こんなペルクスが嫌だったから。
「安全の為だ」
でもペルクスは冷たく言い切った。わたしの気持ちは届かない。
言い分は分かる。わたしを守る為なのも。
分かるけど、嫌だ。悲しくなる。
そんなわたしを見かねたか、諦めさせるためか、ペルクスは他の二人に話を振る。
「シャロ。サルビア。二人はどう思う?」
「あたしは森に置いていけばいいと思う」
「え? あー、オレはなー……」
さらりと切り捨てるサルビア。やっぱりそれが当たり前みたいに。
だけどシャロの方は難しい顔で、答えに悩んでいた。
「ごめん。そもそも、こんな人でも宗教とか信じてるんだなーって、そういうところに引っかかってて」
「んん?」
「えーと、だから……こんな人でも死後とか気にしてるんだなって。聞いた事はあるけど実際にそうなんだなーってのが」
「ほう? 故郷における信仰の話か? 詳しく聞こう」
ペルクスは興味深そうにシャロを見返していた。心なしか目がキラキラしているように見える。
こうなったら、少し近寄り難い。
でも風向きが変わった。怖いけど、いつものペルクスだから、嫌な怖さじゃない。
シャロはペルクスの圧に押されながらも話し出す。隣のサルビアが守るように肩に手を回していた。
「え、なに? 何を詳しく話せばいいの?」
「先の発言からすると、死後を気にしない人間がいるようだが、それは自然な考えか?」
「えーと、とりあえず人それぞれ色んな考えがあるんだよ。そもそも神様とか信じてない人もいるし。だからまあ、自然?」
「シャロもそうだったか。それは故郷では多いのか?」
「多い、かな? まーでも、そもそもペッさんも異端で、教団には反対なんでしょ? それと同じじゃない?」
「あくまで考え、教義、解釈の問題だと?」
「えーうーん、多分、そんな感じ?」
「ふむ……そうか教義……そもそも僕達は異端なのだから……」
ペルクスは少しうつむいて、顎に手を当てて考え始めた。しばらく、真剣に。こういう時のペルクスの集中は凄い。他の人の話なんて全然聞こえなくなる。
邪魔してはいけないと他の皆も思ったのか、黙った。
森の中は静かになった。葉が揺れる音がざわざわと響く。
わたしは落ち着かない。胸がバクバクとうるさかった。
そうしてたっぷり時間を使ってから、ペルクスはようやく顔を上げた。
わたしを、また真っ直ぐに見つめてくる。
「カモミール。その優しさを貫く覚悟はあるか?」
「え? ……うん! あるよ!」
「よし」
覚悟は難しい言葉だ。でも優しくするのをずっと続けるというのなら、分かる。勿論続けたいから、大きくうなずいた。
するとペルクスはニヤリと笑った。
それから、
「今からこの土地で人々を導く聖女となるのだ!」
大袈裟な動作をつけて、変な事を言った。
「え? え?」
「善行を為す。悪行を忌避する。世界に感謝する。当たり前の人の道を体現するのだ!」
「ええ! え、あの、え、……ええ?」
正直、よく分からなかった。
それは他の人も同じみたいで、次々と声があがる。
「つまり、どういう事なんだって?」
「は? その、子供に従うのか?」
シャロ。男の人。黙っているサルビアも。
皆で戸惑っている。それはなんだかおかしい光景なのに、笑っていられない。
ただ一人ペルクスはペラペラと、流れるように話を続ける。
「教団の聖典では、魔界は神に見放された土地であり死後の安寧はない。未だ信仰を続けるなら死後は消え去るだけだ。……だが! 我々カモミール派では違う。魔界だろうと神は人々を見守ってくださっていると保証しよう!」
「いやさらっとカモミール派て」
「分からんかシャロ! 王も貴族も教団もないこの土地では、上に立ち導く象徴が必要なのだ! 食べて寝て暮らすだけでは獣と変わりない。人が人たるには秩序が必要なのだ!」
シャロさんが呆れ顔で口を挟んだら、余計に話が大きくなってしまった。
ぐるぐると頭の中が混乱。目まで回る。頭を両手で抱える。
わたしが、王様や教団の代わり?
そんなの無理だと思う。無理だ。わたしはまだ子供なんだし。
シャロさんだってやっぱりたしなめるような調子でペルクスに言った。
「いやだったら自分をトップにしてペルクス派にすればいいんじゃ」
「それは無理だ。カモミールこそが聖女に相応しい。神の愛を体現する存在なのだからな!」
ハッ、と。
その言葉を聞いて、わたしから混乱が消えた。
急に目の前が明るくなったような感じ。爽やかな風の中で空を飛んでいる気分。
前から何度も聞いてきた話。やっと分かってきた。
手を頭から体の前に持ってきて、祈る時みたいに手を組む。
「わたしそのものが、おかあさんとおとうさんとペルクスが神様に背いてない証明、なんだよね?」
「その通りだ!」
だったら、大丈夫。無理な事も頑張ってみせる。
わたしはおかあさんとおとうさんの子供だから。皆は正しいって信じているから。
「え、カモちゃん納得? まさかミラクル幼女教が誕生した?」
「シャロ?」
「いや違うよ? 変な趣味はないからね? 信者になるのも面白そうかなーとか、ただ気になるだからね?」
タジタジになるシャロと、じぃっと見つめるサルビア。
おかしなやりとりをする二人。質問はもうないみたいだ。
ペルクスは男の人に向きあって、話を進める。
「名前はなんだ?」
「はっ? ……ああ。ダッタレだ」
「ではダッタレ、選ぶといい。教団への信仰を続けるなら、死後は消え去る他ない。だがカモミール派に改宗するのなら、死後の安寧は保証される。更に言えば、信徒の幸福の為に、我々カモミール派は尽力するだろう」
「そ、そんなの選ぶまでもねえじゃねえか!」
ダッタレさんは叫ぶとすぐにひざまずいて、わたしの前に頭を下げた。
「どうかお慈悲をください。なんでもしますから!」
「さあカモミール。迷える子羊を導いてやれ。正しい道を示すんだ」
「え? え? ……もう、誰かを傷つけないでください。皆を助けて仲良くしてください。誓えますか?」
「誓う! いや誓います聖女様!」
ペルクスに言われた通りに、ダッタレに手を置く。誓いを受け取る。
祝福。遊びみたいだけど、ちゃんと儀式だった。
「ん? これだけで信用していいの? 裏切るかも問題は?」
「何を言う。信仰の下に誓ったのだ。なによりの証明だろう」
「あー、そういう……」
シャロさんは納得したような、してないような顔だ。わたしも、ちゃんと出来たのか不安。
ペルクスだけが自信満々。
だけど確かに、ダッタレさんを仲間として信用して、誰も可哀想な事にならない結果になった。それなら良い。だからわたしは笑った。
こうしてわたしは魔界で皆を率いる象徴、聖女になった。みたいだ。
これから大変になる気がする。
でも、皆が幸せになれるなら、これでいいと思った。
第一章 聖女の誕生 終
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