絶対防衛線

「キエフは今日午前二時に陥落した模様。大統領は安否不明、ロシア側からも逮捕あるいは殺害の情報は出されていない」

 そんな情報がキエフから西一〇〇キロにあり『キエフの亡霊』がいる基地に届いたのは、二七日の深夜二時三十分であった。

「キエフ陥落……となるとここも危ないな」

「『キエフの亡霊』を含む全部隊をさらに西へ移動させましょう。なんとか地上のロシア軍部隊を攻撃できて、敵の侵攻を食い止められる位置に下げて……」

「無駄だ。ここにいても五〇〇キロ下がって西側の国境付近に行っても状況は変わらないだろう」

「なぜです」

「キエフが落ちたということは、ロシア軍はここに攻撃を加えられるということだ。それは認めよう。だが、我々がここから退いてしまえば我々が退いた位置のすぐ手前までロシア軍は真空地帯を進んでくるだろう。今ロシア軍が我々の指揮系統を寸断しているのは知っていると思うが、この基地周辺にはウクライナ軍の機甲部隊がいる。その地上戦力を、機甲部隊を我々が守らなければ機甲部隊は瞬く間に潰され、すぐに我々が撤退する基地にロシア軍が迫る。だから、我々は砦を守る騎士としてここを死守しなければならない。まだ抵抗できる戦力があって、ウクライナ軍人になれる人が根絶やしにされていない今の状況を死守しなければ、ウクライナは滅ぶ。おそらくウクライナの未来は、我々の双肩にかかっているのだ」

「……わかりました」

「よし、それでは敵の攻撃に備えてありったけの迎撃ミサイルとフレア発射機を用意せよ!それからレーダー周辺の山岳に見張兵を立ててミサイルや攻撃機が接近していないか見張らせろ。歩兵師団に見張兵の護衛を要請する」

「はい」

 レーダーは三時五〇分に、ロシア軍の空挺部隊を乗せているであろう大型輸送機十機をキャッチした。基地には警報が鳴り、迎撃に第三小隊のMiG-29四機が出撃する。

「輸送機を捕捉、撃墜する」

 MiG-29四機は一斉に機関砲を射撃し、まず四機の輸送機を炎上させた。敵わぬとみて輸送機は逃亡しようとするが、MiG-29の機関砲弾が命中し次々と輸送機は空の藻屑と消えていく。輸送機を全て撃墜した第三小隊のレーダーが捉えたのは、ロシア軍のSu-35戦闘機一個小隊四機だった。これまでのSu-27よりも格上の、高機動機である。

「まずい!」

 第三小隊長が叫んだのと機上レーダーがミサイルをキャッチするのは同時だった。電波妨害装置を起動して曲芸飛行を行いつつなんとか回避したMiG-29に、今度はSu-35が襲いかかる。地上から対空砲が撃ちまくるが、Su-35がMiG-29までの距離を詰めたため射撃は中断せざるを得なかった。MiG-29はSu-35をかわしながら逃げる。追うSu-35がミサイルの照準を定めようとしたそのとき、突如暗闇を切り裂いた銃弾がSu-35を立て続けに三機射貫いた。一機はなんとかコブラ機動を行ってかわそうとしたが、回避に集中している隙に追われていたMiG-29が放ったミサイルによって撃墜された。接近していたMi-28攻撃ヘリコプターはなおも距離を詰め、レーダー基地を叩こうとする。と、トカーチ少佐が通常無線をオンにして叫んだ。

「ウクライナ空軍MiG-29黄色ゾーフティ中隊一三番機よりロシア全軍に告ぐ。キエフの亡霊はウクライナ空軍に健在なり。繰り返す、キエフの亡霊はウクライナ空軍に健在なり」

 もう一度「繰り返す、キエフの亡霊は……」とトカーチ少佐が言おうとしたところで、ロシア軍のMi-28は一八〇度回頭して後退していった。

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