第39話 うなずく

「これは、ヴォルト・ヴィンセント様! この度は最上位魔法の習得、まことにおめでとうございます!」

 これでお祝いの言葉は二十八人目。マギカ・パブリックスクールにある慰霊碑の前、式典の会場についてからひっきりなしだ。

確かあの人は侯爵家で王都でもそれなりの地位にある人じゃなかったっけ?

本来なら僕のような田舎貴族は口すら聞いてもらえないような存在だ。

 それがあちらから挨拶に来て、しかも腰が低い。

最上位魔法の使い手は下にも置かぬ扱いを受けるとは聞いていたけれど、これほどとは。

 王都に戻り、アルバートが捕まってから数日。予定通り行われることになった式典の会場は、慰霊祭の時とは打って変わって華やかな雰囲気に包まれている。

 青空を白く照らすような太陽の下、様々に着飾った老若男女が式典の場に訪れている。真っ白なテーブルクロスに準備された果物のジュースやワインの瓶が、給仕たちの手で次々に開けられていた。

 芝生の会場に並べられた色とりどりの贈花、華やかな音楽。

 護衛のためか、いかめしい顔をした大勢の人物が隙のない物腰で目を光らせている。

 蒼き山の大噴火は王都からも見えたそうで、一時パニックになったらしい。

 だが被害の調査隊や救援のための部隊、そして遺体を捜索するための部隊が急遽編成されたところでアンジェリカから早馬による知らせがもたらされ、平穏を取り戻したという。

「ヴォルトさん」

マギカ・パブリックスクールの生徒の中で一人だけ、制服ではなくドレスに身を飾ったアンジェリカが声をかけてきた。公爵家令嬢が声をかけてきたことで挨拶ラッシュも一段落する。

「一生に一度の晴れの舞台、いかがかしら?」

「実感が湧かないというか、戸惑いのほうが大きい、かな……」

 周囲を見る。僕から距離を取って窺うようにしている、顔見知りのクラスメイト達。

 数日前はできもしない夢を見る馬鹿、とからかっていた相手が今は大貴族が頭を下げに来る英雄だ。

 僕と目が合うと弾かれたような早さで反らし、隣とこそこそ話しながら僕の視界から消えていく。

 バカにされないのはいいけれど、気まずさが勝る。 まるで数日で別世界へ来たかのようだ。

「す、すげえじゃん。お前、いやあなたはいつかやると思ってたぜ」

「おめでとう」

 時々はぎこちなくも祝いの言葉をかけてくれる学園生はいる。けれど素直に褒め言葉を受け取れない。

「そういえば」

 目の前にいるアンジェリカの声に、現実に引き戻される。彼女は立場と家柄の高さもあってか、態度は変わらない。

 もしくは公爵家令嬢として、腫れ物に触るような扱いを受けてきたからだろうか。

「国王陛下に代わり、本日は代理として公爵令嬢のわたくしが杖の授与を務めさせていただきますわ。では準備で忙しいので、これで失礼」

 あのドレスは、そのための物だったのか。

 アンジェリカは話もそこそこに、足早に場を去って行った。

「アルバートがいなくね?」

「そうだね。それと風属性の魔法使いも、一人…… 勿体ないね」

 アルバートと彼の学園内の子飼いと思しき生徒がいない。そのことを気にする声もあるけれど、祭りのようなムードにかき消されていく。



 隣に立つクリスティーナへの扱いも変わっていた。今までは他の生徒たちから貴族と平民の混血、といないモノ扱いされたり、罵られていた。

 なのに今は彼女と目が合うと、怯えたように眼を逸らしている。

「虎の威を借りる狐みたいで、なんかやだ」

 クリスティーナはぽつりと、そう漏らす。

 僕が最上位魔法を習得しても、彼女は自分が望む扱いを受けられないのか。

「そんな顔しないで。嬉しくないわけじゃない。嫌がらせは完全になくなった。少なくとも馬鹿にされることもなくなった。どんなに感謝しても、し足りない。そんなことよりも」

 僕の大好きな子は水色に瞳に僕の顔を映して、言った。

「好きな人が英雄になって、嬉しくない女の子はいない」

 胸が高鳴る。彼女がこんな顔をできるようになっただけでも、最上位魔法を習得して良かった、本当に良かったと思えた。

「それに友達はできた。気を使わずに話せる友達が何人かできたし、それでいい」

「アンジェリカのこと?」

「彼女もだけど……」

「クリスティーナ嬢、ヴォルト様!」

 らせん状の栗色の髪を左右に垂らした小柄な女子が、制服のスカートと紺色のマントをひるがえして駆け寄ってくる。

 ペンダント代わりにしているロザリオが光を受けて煌めいた。

「話は聞きましたけど、無事なようで何よりです。それと…… 有難うございます」

 カーラはアンジェリカの方をちらりと見て、周囲に目を配りながら呟くように言った。

 彼女も知っている。もう学園に来なくなった、赤髪の男子生徒のことを。

「でも、それよりも」

 カーラは僕を見上げて、自分の胸に軽く手をやった。

 ロザリオを掴むと同時に彼女の柔らかい部分が少しだけ形を変えるけど、隣で立っているだけのクリスティーナの方が僕の心をかき乱す。

「洗礼を受けましょう! 神に仕えましょう!」

 十字架を掲げ、恍惚としてそう言い放つ。周りの目が僕らに向くけれど、彼女は気にする様子がない。

「あなたが祈りを捧げ、最上位魔法が発動したのを見ました! やはり最上位魔法は神が授けたものです! あなたも洗礼を受け入信し神に信仰篤くなれば、ご利益間違いなしです!」

「ご利益、って言うと」

「もちろん、美味しいものも食べられますよ! 教皇様は貧しい食材からも美味しい料理が作れるよう研究を進めてらっしゃいますし、ミサの時のパンと葡萄酒も固いですがコクがあって慣れると病みつきです!」

「洗礼を受けたい」

 クリスティーナが目を輝かせ、間髪入れず返事した。

「ちょっと、そういうのは……」

 僕が少しきつめに目で制すると、クリスティーナは涙ぐみながら断りを入れた。

「ごめん」

「何度もお誘いしましたが、結果は同じですね」

「完全には信じきれないところもあるし。それに本当にいるのなら、神様を利用して最上位魔法を使った、っていう形にもなる。そういうのは失礼かと思うから」

 それを聞いたカーラは儚げに笑った。

「ご立派ですね。あなたの魂は気高く、美しいです。そんな風ですから、私は……」

 でもすぐに陽気な調子へと戻った。

「だけど諦めません! とりあえずクリスティーナ嬢、また美味しいもの食べに行きましょう」

 僕の婚約者は餌付けされた鳥のように、こくこくと頷いた。


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