第40話 拍手
やがて参列者が整列し、慰霊碑の前に備えられた壇上で式典が始まった。
木組みに花で飾られた壇上から見ると制服姿の学生、ドレスコードの社会人や入学前の幼い子たちと、年齢や立場に合わせて綺麗に分かれて座っているのが面白い。
教会の炊き出しを手伝いに行った時に出会った他のシスターも、孤児院の男の子の姿も列の端の方に見えた。
眼前に存在する数千人の人が、僕のことを祝うために集まっているのだ。
父親はいない。それでいい。妹が来られないのは寂しいけれど。
集められた大貴族が入れ替わり演説用の台に立ち、参列者と僕に向かってお祝いの言葉を述べていく。
昔、ここで風属性の最上位魔法使いの式典に参加した時を思い出す。だけど、あの時とはまるっきり別物だ。
その他大勢の中から見る光景と、僕一人のために準備された特別席から見る光景。
ある人は僕のことをほめちぎり、ある人は古めかしい言葉で詩のように言葉を紡ぐ。
憧れてやまなかった場所に、今僕は座っているのだ。
やがて式辞が終わり、国王代理のアンジェリカから杖の授与が行われる。
金糸銀糸を編み込んだドレスに身を包んだアンジェリカは、見とれるほど綺麗だった。深紅の髪を引き立てるかのような真っ白な生地から、ローランド湖でも見た形の良い肩が見える。
丁寧に櫛が入れられ、アップにされた髪からは形の良いうなじがのぞいていた。
数年前見た儀式で国王陛下が行ったのと同じことを、今日はクラスメイトの公爵令嬢が行う。黒塗りの箱に入れられた、金細工が施された杖を僕の前に捧げた。
「王国と、この国の民に、平安と、幸福を」
式典の段取り、口上は徹底的に練習したので迷うことはない。
王国と国王陛下への忠誠を誓い、膝をついて杖を受け取った後にアンジェリカが彼女自身の杖で僕の肩を軽く叩く。
それから新しい杖を手に取る。初めて持つ杖なのに、十年も使った杖のように手になじんだ。魔力の通りが凄くいいのがわかる。これなら最上位魔法も使いやすいだろう。
「捧げ杖!」
参列者が一斉に、顔の前で杖を縦に掲げた。死んだ英雄と生きた英雄にしか行われない、最上位の礼。
それが僕に向けられ、英雄になった実感が徐々にこみ上げてきた。
いよいよ、最上位魔法のお披露目だ。
最上位魔法発動のために参列者が壇上から十分に距離を取る。自動で標的を選ぶから大事故にはならないと思うけれど、裂け目に落ちかかったりしてけが人が出ないとも限らない。
花の香りがする壇上に、少しだけ涼しくなった風が吹く。でも心地よいと感じるゆとりはどこにもない。
人、人、人。
僕に向けられる数千対の瞳。
こんな大勢から注目を浴びたことなんて、人生で一度もない。
緊張で杖を持つ手が震えそうになるけれど、手になじんだ杖の感触と。
壇上から僕を見守るアンジェリカ、特等席で僕を見上げるクリスティーナとカーラの視線が僕を落ち着かせてくれた。
ふわふわと空を歩くようだった足はしっかりと地に付き、全身を震わせるような鼓動は心地よい刺激へと変わる。
もう一度数千対の瞳を見てから、アンジェリカ、クリスティーナ、カーラとしっかりと目を合わせた。
もう怖さは感じない。いけるという確信の下、杖を剣術と同じように構えた。
「なんだ、あの杖の持ち方は」
「初めて見たぞ」
場にざわめきが走るけど、それは奇異なことを行う人間に対する嫌悪の視線じゃない。
「最上位魔法は、各人ごとに使用方法がまったく違う、と聞くが……」
「やはり目の付け所が違うのだな」
英雄が行う所業を、目に焼き付けようとするそれだ。今まで負担にしか感じなかった他人の視線が、この瞬間は心地よい。
「テッラ、ウイリディス、」
古代語での詠唱と共に杖を振る。アルバートから一本取った時のイメージを再現する。
使うとも使えないとも思わず、ただ今までの積み重ねを信じ、無意識に動かしていく。
僕はまだ到達していない、無念無想の境地。その劣化コピーでいい。
僕は器用じゃないから、自分にできることしかできない。
背筋が総毛立ち、鳥肌が立ち、皮膚に汗の滴が浮かぶ。空間を歪ませるような膨大な魔力が杖に生じ、大地へと流れ込んでいく。
さっきまでざわめいていた数千人からはもう咳払い一つ聞こえない。
見えない何かと自分がつながった感覚と共に、詠唱を終える。
「ランド・マスター」
普段は広々とした芝生に慰霊碑のモニュメントが設置されているマギカ・パブリックスクール。
大地という殻にヒビが入る。今数千人の人が整列しているが、彼らを避けるかのようにヒビが割れて底の見えない亀裂となった。
亀裂が広がっていくのは止まらない。壇上から見ると、芝生という緑の空に黒い雷が走ったかのように見える。
土属性の最上位魔法の効果は前もって文献以上に詳細に伝えてあるので、場にパニックが広がったりはしない。そうでなければ今頃この場は身を守るための魔法が乱舞していただろう。
「これが、『ランド・マスター』」
「昔この魔法が大津波を飲み込み、私の町は救われたことがある」
「私はつい数日前、あの少年が大噴火から町を救ったのを間近で見た」
「すごいすごーい!」
賞賛、敬意、感動。あらゆる正の感情が場に広がっていく。
僕にあいさつ回りに来た時。僕と立ち話をしていた時。そういった場面とは比べ物にならない感情が、僕に注がれていくのがわかる。
ここにたどり着くまでの道のりが、走馬灯のように蘇ってきた。
初めて魔法を使って、最上位魔法に憧れて、入学したばかりの頃は一緒に練習をするクラスメイトもいた。
そして最上位魔法を間近で見て。いっそう気持ちが強くなって、ますます練習して。
でも上の下ほどの成績しか取れず、友達は皆離れていって、僕は馬鹿にされて。
諦めきれずに訓練していたとき、クリスティーナだけは傍を離れずにいてくれて。
アデラ様と出会って、大噴火に巻き込まれて、死ぬのを覚悟して。
やっと、今までの苦労が報われた。
万感の思いがこみ上げるとともにやがて魔法の効果は収まり、亀裂は閉じていく。新しい杖のお陰か、今までよりずっと疲労感は少ない。
黒い雷がすっかり姿を消すと、あとには常に手入れされている綺麗な芝生が残っていた。日の光を受けて葉の一枚一枚までが光り輝いている。
割れんばかりの大拍手が、会場を包む。
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