第18話 撞球

 王国は、三つの島から成り立つ島国だ。中央のセントラル。北のノース。西方のウエスト。


 セントラルは島と言っても端から端まで徒歩で一か月以上かかる。


 北のノース・アイランドは雪の深い、寒さの厳しい土地だ。


 西のウエスト・アイランドはハリケーンが多く、かつては多くの船が難破した。


 それに対するため、風属性の最上位魔法の使い手が配置されている。


 この他に大小さまざまの島が点在し、保有する陸地の面積は小さくとも海まで含めれば決して小国ではない。「海洋国家」と評されることもあるくらいだ。


 西方の大陸国家からはミニマム・カンティネント、小大陸と揶揄されているが。


 蒼き山は王国の中で最も大きな島、セントラルの南方にある。田園風景を赤く染める夕日が馬車の中にまで差し込んできた頃、今日泊まる場所が見えてきた。


 アールディス家の別荘は、一つではないらしい。今度の王都から蒼き山への移動のように、頻繁に往来する街道沿いにはアールディス家所有の別荘が何軒も建てられている。


 その日、僕たち一行は下にも置かないもてなしを受け、旅の疲れを美食と暖かいベッドで癒すことになった。


 貴族と平民の子であるクリスティーナにも同じ対応がなされていたのは、あくまでアンジェリカから話が行っていたせいだろう。


 別荘である屋敷には遊具も多く、ここでは就寝までビリヤードをすることになった。


 十個以上の球が置かれた、柔らかい布が敷かれた台の上で、細長い棒を使って球に書かれた番号通りに台の隅の穴に落としていく、という遊戯だ。


「じゃあ、僕から手本を見せよう」


 アルバートは慣れた手つきで台に伏せるようにして棒を構え、軽く白い球の中心を突く。突かれた球が別の球に当たり、それがまた別の球に当たって、台の枠に当たって跳ね返り、を繰り返してやがて数字の一が書かれた球が隅の穴に落ちた。


 球が別々の生き物のように規則正しく動くその様に、思わず拍手してしまった。


 こんな遊びがあるのか。


「次はわたくしの番ですわね」


 次はアンジェリカだったけど、アルバートほどには身を伏せずに高い姿勢から球を突いた。綺麗なフォームから突かれた棒に導かれた球は、アルバートほどじゃないけ

ど生き物のように動いて二、の番号が書かれた球が無事に穴に落ちる。


 カーラ、クリスティーナも初めてで、棒の持ち方からアンジェリカに教わりながら突いていたが空振りしたり、別の球が穴に落ちたりと悪戦苦闘だ。


 僕も一度は空振りしたけど、剣術の突きの要領でやってみるとなんとか球の芯を捉えるくらいはできるようになってきた。


 夜もたけなわになりお開きとなった頃、皆はあくびをしながら寝室へと戻っていく。でも僕はまだ寝られない。


 シミ一つない壁、金の額縁の絵画、白磁のカップと水差しが置かれた獅子の腕が脚に彫られた机という豪奢な寝室に戻ると、備え付けの蠟燭に火をつける。


 故郷の僕の部屋とは、広さも調度品も雲泥の差だ。僕がマギカ・パブリックスクールに入学する前に住んでいた部屋はもっと狭く、壁紙は黒ずんでおりドアは開け閉めするたびにきしんだ。


 そのまま床に置いてあった荷を机上に持ち上げた。


 荷物をまとめてきた固い革製の旅行鞄の留め金を外し、開ける。箱を留め金で二つ繋げて開くようにした鞄の中には着替えや羽ペンなどの筆記用具一式が入っていた。


 シワがついたり他の荷で潰れたりしないように入れてある、妹からの手紙を取り出す。


『はいけい にいさま、おげんきですか』


 簡単な字で書かれた手紙に、暖かさを感じて頬が緩むのを感じた。


 ヴィオラは本当によくできた妹だ。まだ幼いのに領地の様子、作物の出来、父上の様子、特に何に怒っているのかを簡潔かつ詳細にまとめてくれる。


 マギカ・パブリックスクールに入学してからこうして、妹に領地の様子を教えてもらい問題点を把握しておくようにしている。


 たとえ最上位魔法が使えるようになっても、それだけでは領地の経営ができるわけじゃない。


 こうやって領地の様子を書面越しに知る訓練をしつつ、勉強したことをどう生かすか考えて、その内容を妹に送っている。


 今回は旅で見てきたことを踏まえつつ、領地で応用できそうなことを返事に加えた。羽ペンを置き、手紙を便箋に入れる。そのまま蝋を一垂らしして封をした。


 そのまま家紋が彫られた印を取り出して、まだ固まっていない蝋の部分に押し付ける。ヴィンセント家の紋の形に蝋が凹んだ。


 蝋燭の火を見るとはじめて魔法を使った時のことを思い出す。


 胸の奥にあるのは高ぶりと、不安。僕はベッドの中で無理矢理に眼を閉じる。


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