第17話 トランプ

 五人を乗せたアールディス家の箱馬車が、馭者の操る馬に引かれて街道を進んでいく。王都から蒼き山のふもと、アンジェリカの叔母の領地までは五日ほどだ。


 王都から見える蒼き山は小さい。白の混じった蒼い三角が、ちょこんと地平線に突き出ている程度だ。


 家々の屋根にすぐに隠れてしまうほど小さいのにもかかわらず、ふとした表紙に気圧されるような何かを感じさせる。


 羽毛のクッションが敷かれた革張りの座席は、不整地を走る馬車の中でも不愉快に感じることはない。


 時に石ころと小さな穴が混じる街道を、多くの馬やロバ、旅人とすれ違いながら馬車は進んでいく。


 王都を離れ、街道沿いには風光明媚な田園風景が広がっていた。


 馬車の窓からは緑の匂いや実り始めた麦の甘い匂いが混じった風が運ばれてくる。石畳で熱せられた風と違い、涼しくて心地よい。


 さすがは公爵家の馬車、室内にはトランプなどのカードゲームや読書用の本、柑橘類の香りが混じる水差しなどが置かれ移動中にも退屈しないようになっていた。


 向かい合わせに作られた二列の座席の片方には、クリスティーナと僕。もう片方にはカーラとアンジェリカ、アルバートが座っていた。


「……」


 アルバートは馬車が王都を出発してから、ほとんど口を聞いていない。


 彼には珍しい仏頂面で、膝に乗せた肘で頬杖をつきながら窓の外を見上げている。


 クリスティーナはいつもより僕との距離が近い。


 ランチでは体一つ分の距離を開けて座る。なのに、三人が腰かけてなおゆとりがある座席で僕とほとんど距離を開けずに座っていた。


 馬車が揺れるたびに、白のワンピースに包まれた雪よりも白い素足がかすかに触れて、また離れる。


 こつんと、固い骨の感触がするだけ。でもそのたびに全身が沸騰したかのように熱くなった。


「ずいぶんと親密ですのね……」


「神はあまりふしだらなことを、好まれません」


「まあ、結構なことじゃないか」


 アンジェリカは珍しく、少し驚いたような表情をしている。


 カーラは顔を背けながらも、目線だけは僕たちを追っている。


 アルバートはイケメンスマイルを浮かべつつも人差し指で自分の膝をせわしなく叩く。


 隣のクリスティーナをちらちらと横目で見るけど、彼女は顔を赤くすることもない。


 死んだ魚のような目の代わりに、アルバートに対し睨むような視線を向けていた。


 出発時のあのことを、まだ気にしているのだろうか。



「あがりですわ」


 アンジェリカが切れ長の瞳を細め、カードを机上に置いた。


 まだ手元にカードが残る面々が、カードが無くなった赤髪の少女を見て落胆の声を上げる。


 あれからしばらくは微妙な雰囲気が続いていたが、アンジェリカがトランプをしませんこと? と提案してきた。


 はじめこそ重い空気のままだったが、だんだんと熱が入っていくうちに盛り上がってきて、今では和気あいあい、という感じで楽しめている。


「次は負けないぞ!」


 ビリだったアルバートがカードを集め、器用な手つきでシャッフルする。


 裏にして五等分の枚数に配られたカードを各人が鬼気迫る手で取り、整理した後ゲーム開始だ。


「私、今度こそ勝ってみせます」


「受けて立ちますわよ」


「……負けない」


 剣の勝負でもないから勝った負けたで後を引くこともないし、この場限りの勝負だから後腐れない。成績に影響することもない。


 でもアルバートは子供のようにはしゃぎ、それをアンジェリカが微笑ましそうに見つめている。


 カーラははじめこそ委縮しながらカードをめくっていたが、今ではすっかり馴染んだ感じだ。


 クリスティーナでさえ熱中している。


 ああ、楽しい。何気ないやり取りが、ありふれた青春の一ページが、楽しい。

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