第3話 剣術の授業
次の時間は、剣術の授業・試験だ。魔法を主に教える学園といっても、剣術は貴族のたしなみとして不可欠だ。
それに魔法が使えない状況に備える護身術という意味合いもあって、カリキュラムに組み込まれている。
最上位魔法が使えるようになるきっかけは、いまだわかってはいない。
でも剣術を極めた時に最上位魔法に目覚めた人もいるらしい。そのことを聞いてから、僕は苦手で嫌いだった剣術の稽古も欠かさず行うようになった。
マギカ・パブリックスクールは大貴族や平民の大富豪が出資して創立しただけあって、広大な敷地を有する。
所有する敷地の一つ、地面に砂を敷き詰めて水はけを良くした運動場で、剣術の授業と試験が行われる。
さっきまで地上を焼いていた太陽は、黒々とした雲の陰に隠れていた。
曇った夏特有のじっとりした風で汗が噴き出て、制服がべたついて気持ち悪い。
準備体操と型が終わり、向かい合った相手と手合わせをする。
今日は試験日であり、審判を務める担当の教師が採点表と羽ペンを手にしていた。
「君か。よろしくお願いするよ」
そう言って僕の目の前に立ったのは、生まれつきの赤髪をツーブロックにしたイケメン。アルバート・アールディスだった。
自然体と言う言葉をそのまま形にしたかのような姿勢でゆったりと立ち、その手には木製の剣が握られている。
制服の上にはおったマントが、蒸し暑さを運ぶ風で軽く揺れた。
教師が片手を掲げ、僕たち二人は向かい合って一礼する。周囲で僕らの試合を見守っているクラスメイト達の視線が、気にかかった。だが努めて意識から追い出し、剣に集中した。
「はじめ!」
教師の号令と共にアルバートが、空気を切り裂くような動きで猛然と突きを放ってくる。
アルバート・アールディスの剣は一言でいえば正統派を突き詰めたスタイルだ。
オーソドックスな正眼の構えから、眼にもとまらぬ突きを放つ。
大体の相手はそれで決まるのだが、突きからの変化技も多彩だ。
突いて、小手を打って、それでもだめなら足を打つ。
隙のない構えからの誰よりも速い連続攻撃に、相手は段々と追い詰められていくのだ。
僕もずっと劣勢でなんとか攻撃を絶えしのいでいたが、剣を摺り上げられて正中線に隙ができたところで喉を突かれた。
だが喉に当たるぎりぎりのところで、アルバートの剣は止められていたので痛みはない。
「参ったよ」
僕は両手を上げて、苦笑いをする。
マギカ・パブリックスクールの剣の授業は木剣で顔は寸止め、それ以外は軽く打つというルールだ。
だが目まぐるしい攻防の中でそれができる生徒は少ない。大体が勢い余って軽くだが当ててしまうのだ。
完全に寸止めできるのは、アルバートくらいだろう。
それから何本か打ちあい、八本目でやっと一本取れた。試合と言っても一本や三本勝負でなく、実力を見るための地稽古形式なので何本でも打ちあって良い。
「それまで」
審判の声に僕は疲労感で木剣を取り落としてしまうが、アルバートの手は柄を力みなく握ったままだ。
彼に比べれば僕は無駄な動きが多い。はじめはそれすらわからず、ただしたたかに打ち込まれた。
でも剣術の修業を頑張って、高等部二年になってはじめてアルバートから一本取れた。
最初に僕が一本取った時の彼の悔しそうな顔は、忘れられない。
ちょっとだけざまあ、と感じたけれど。彼はすぐに笑顔になって握手を求めてきた
のでそんな自分の感情が恥ずかしくなったのを覚えている。
「いや、君の方こそ。ぼくとこれだけ渡り合える相手はなかなかいないさ。ぼくから十本に一本でも取れる男子は、そういるもんじゃない」
鍛えられ、節の目立つ彼の手と試合後の握手をする。
僕を褒める言葉にも厭味やお世辞といった色がなく、ごく自然に思ったままを言っているという感じだ。
まったく、アルバートは剣に関してもそつがない。
試合を観戦していた女子からも、惜しみない拍手が送られていた。
少し休憩し、ほかのクラスメイトの試合を観戦してから次の相手になる。僕の目の前に来た男子を見た時、表情が崩れないようにするのに苦労した。
「ヴィンセントか、よろしくな」
崩した髪と制服の男子、ユーリ・ヨークが木剣片手に口の端を片方だけ歪めた。
彼はこの学園でアルバートと互角に渡り合える数少ない男子の一人だ。
普段なら僕は、適当にボコられて終わり。
彼に何度も転がされた砂の感触が靴越しに伝わり、身震いがした。頬を撫でる生暖かい風がいつもより不快に感じ、ねずみの群れのような雲が浮かぶどんよりとした空を見上げた。
僕とユーリは、木剣を構えて向き合った。構えた剣がアルバートの時よりも重く感じる。
僕は基本である切っ先を相手の喉に向ける正眼の構え。攻守に優れた万能かつ無難な構えだ。
一方のユーリは振り上げるようにして大きく構える。いつでも剣を振り下ろせる、攻撃的な構えだ。一方防御に劣るため、好んでこの構えを取る人は少ない。
「はじめ!」
審判の声と共に、胸の奥に重いしこりを感じた。
ユーリの剣は、一言で言ってしまえば剛剣だ。
力と速さ、それに気の短さをそのまま体現したかのような剣筋。振り上げた構えから力任せに剣を振り下ろし、とにかく相手を圧倒してくる。
その代わりアルバートに比べ動きは単調だから、まだガードはしやすい。だが重い一撃一撃を何度も受けているうちに、手がしびれてくる。
筋肉の疲労としびれで木剣を持つ手の感覚が無くなったころ、僕の手から木剣がなくなった。
運動場の地面を転がる剣の音と共に、僕は胴をしたたかに突かれる。
あばら骨に食い込むような一撃に、僕は腹を押さえて地面に転がる。自分でも嫌になるくらいに、無様だ。
「わりぃわりぃ。つい熱が入っちまった。軽く当てるってのは、難しいな」
ユーリが剣で軽く自分の肩を叩きながら、僕を見下してそう言った。
試合を観戦していた女子の中、クリスティーナの死んだ魚のような瞳と目が合う。
痛みが引いてきたところで、二本目だ。痛みがまだ残っていて、さっきより動きが鈍いのが自分でもわかる。
打っても突いても、当たらない。
どれだけ頑張っても、ユーリの胴体にも頭にも小手にも、かすりさえしない。
許嫁であるクリスティーナの目の前で無様な姿を見せてしまったことが悔しくて、殺してやるとさえ思った。
だが気合で剣は当たるものじゃない、こんどはしたたかに頭を打たれ、眼に火花が散った。さすがに頭だから手加減はしてくれたようだが、それでもうずくまることしかできないくらい痛い。
額からも背中からも汗が噴き出て、すでに制服はぐっしょりしていた。暑さと痛みで意識がもうろうとしてくる。
そんな中での三本目。
ユーリの剣を直感と経験で何とかかわし、僕は反撃に転じた。
ふっと、力を抜いて打った剣。打とうとも、当たるとも、当ててやるとも思わなかった。
自分が動いた感触すらなく、ただ無意識のうちに突き出しただけの剣。
でも、ユーリの頭に当たって。芯を捕えたのが木剣の柄から伝わってくる、ユーリは僕の目の前でどうと音を立てて倒れた。
まぐれ当たりのようだが、違う感じがした。ユーリやアルバートから一本取るときは、大体こうやって無意識に打ち出すときがほとんどだから。
でも今の僕には、その正体がわからない。
思い切り当てたことを教師に咎められるが、僕も痣だらけだったので不問にされた。
基本ユーリのほうが剣の腕は上なのに、時々こうやって無意識に当ててしまうからますます目の敵にされる。
ねずみ色の雲の隙間から、日が地上に差し込んで黄金の柱のように見えた。
アルバートの時とは比べ物にならないけれど、控えめな拍手も聞こえてくる。
その中でクリスティーナがほんのわずかに笑顔を見せてくれたのが、すごく嬉しかった。
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