衝撃
その後、恒成は部活での練習以外では最初の2ヶ月弱は走り込みを続けていた。雨の日も、走れない分をどうにかカバーしようと自分で調べて体力強化にとにかく努めた。
元々逆境の中で生きてきたので、根気は強かった。颯馬も時々走り込みに付き合ってくれたし、頑張れよとエールをくれた。
入部当初からいい感じにパワーアップしてる感覚は恒成自身も明らかに感じられた。
そんな中で気にかけてくれたのが3年の蒲島康太であった。蒲島先輩という呼び方は多少噛んでしまいそうな響きなので名前もすぐ覚えたし、気も優しく詳しく教えてくれるため恒成は康太を慕っていた。
新厚別中学校のエースとしてチームを軟式野球全国大会に導き、中学で軟式、そしてサブマリンにも関わらず最速143kmを計測するほどの逸材でもあり、そして何より制球力がとても注目されていた康太は言うまでもなく高校でもエースを務めていた。そして今は自主練の時にも自分の練習が終わったら1年に自分の技能を伝えなければならないと、1年の練習に付き合っている。その中でも真摯に練習に取り組む恒成と颯馬の2人には康太も積極的に指導を行っていた。
そんな中で自主練を2人と積むにつれて恒成は本練習でもいい球投げるね、だとか言われたり、走り込みでも追いついてくる感覚がありと、順調に進化していってるように思えた。
地方大会の日が近づくにくれて緊張感が高まっていく。2人は地方大会では当然ながらベンチメンバーにも入れては貰えなかったが、寮で待つ間はより自分に厳しく練習を積んで行った。
チームは地方大会で初戦、2回戦と難なく突破すると準々決勝ではサヨナラ勝ちで準決勝にコマを進める。準決勝からはローカルテレビ中継があるため、練習も半分のみとなり、1年2年のメンバー外部員は寮のテレビで試合結果を見守った。
1年はただ1人、颯馬とインディアンダッシュの時に一緒に走り抜いた緒方圭祐がベンチメンバーとして選出されていた。彼は終盤の代走で2盗塁を決めている。
刺激を受けながらも、エースである康太を画面越しに見つめる。康太は中学の頃から道内ではサブマリンの金の卵として噂では知っていた。サブマリンで1回投げてみたこともあったがとんでもない方向になったため、恒成はずっと一般的なオーバースローの投法を使い続けている。
康太は1つ息を吐くと、腰の横から腕を出し、白球を繰り出していく。バネのようにしなやかな身体とそこから繰り出される白い弾丸。相手のバットはボールの芯をことごとく外し、力のない打球を量産していく。サブマリンの利点を最大限に使い、精密機械のような制球力で打者をねじ伏せる姿を見ながら、恒成は憧れと刺激を最大限に受ける。
相手ピッチャーも9回終了時点で15奪三振0封。0-0で延長戦にもつれ込むと、主将の今岡耀太がサヨナラホームランを放ちチームは決勝進出を決めた。2連続サヨナラの勢いは凄まじいものであった。
自主練も終わり、満足してご飯を食べてお風呂に入って、そしてストレッチして寝る。チームの勝利に期待しながら、次のエースは俺だと意気込み、来年のエース争い出馬に恒成は希望とやる気を込めた。
口は決して多い方ではないが、その中にもやる気と熱は誰よりも籠っている自信があった。
決勝では康太が大炎上し0-14、7回コールドで敗退が確定した。
部員は涙し、康太自身も申し訳なさそうな表情がテレビから覗かれた。康太はその夜戻ってきてから、寮の自室に恒成を呼び出す。
「お邪魔します」一礼し床に座る。
「楽にしてね」そう言うと、ゆっくりと康太は話し始めた。
「俺はダメだった、あっけなくみんなの野球人生を終わらせてしまった」、そして甲子園に導けなかったことを強く後悔した。
「俺はもう野球をやめて高校辞めたら勉強して大学行って、高校野球の指導者になるために勉強することにしているんだ。」
まぁ自分のことなんかいいや、と続けて康太は言う。
「練習量、情熱。来年、そして再来年にいずれエースになるのは恒成だ。頑張って、絶対エースになって欲しい。」
そう言うとこう続けた。
「誰に何言われようと、自分の型を崩しちゃだめだぞ。」
康太はもう話は終わりと言いながら机に向かい勉強を始めた。
恒成は一礼し扉を閉める。「自分の型…」マメができた右手を見ながら呟き、自室に戻っていった。
◇◇◇
夏。北海道でも気温30度を超える日が続く。
北山高校に特別縁がある訳では無いが、夏休み初日の練習で怪我に泣かされながらも元プロで88勝を挙げ、最優秀防御率や最多勝も獲得した横島博正が特別コーチとして来てくれた。
これから再始動する北山高校野球部のはじめの1歩である。
エースである康太に指導をしようとすると、康太は「自分なんかより伸びしろのある人がいるんで、見てください」とキャッチボールをしていた恒成を紹介した。横島にピッチングを見てもらうことになった。
1つ息を吐き渾身の力で投じる。投じた球は捕手のミットに強く収まり、乾いた音がブルペンに響き渡った。自信に満ちた顔で横島の顔を見ると、若干大袈裟なんじゃないかと思うような顔で笑っていた。
「アハハハハ、アハッハハッハハ、その球で伸びしろあるって、アハ、ほんまに言うとるん?球がひょろいやん」
グサグサと刺さっていく言葉。康太は申し訳なさそうに恒成を見つめる。恒成は「大丈夫です」と、康太は気負わないで欲しいという申し訳なさそうな表情をしながら、心の中に刺さっていく横島の言葉の針のダメージを少しずつ受ける。
何故だ?恒成は自分に問いかけるが分からない。むしろ完璧といってもいいような球であった。
糸を引くような真っ直ぐな弾道、そしてキャッチャーミットの気持ちいい音。恒成にとって、いや誰が見てもあれは完璧であっただろう。
しかし、これがプロの目なのであろうか。一瞬にしてその「完璧」は破壊された。
自信のあった球が一瞬で笑われ、少しの衝撃と自信の喪失と、ぐちゃぐちゃな感情が入り乱れる。横島は指導もせずそう言うと去っていく。残りの投球もあの残像が見えて手につかずボロボロの球のみ。キャッチャーミットにすら届かない球もざらにあった。この日は自主練もせず、布団の中でモヤモヤした感情を背負いながら夜を過ごした。
自信が薄れ、やる気がどんどん無くなっていくのが身体で感じられるようだった。
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