目指すもの
皓平の送球は、駿太含め他の人とは全く違うプロ級の球であった。
明らかに素人目から見てもすごい、駿太の球が毛糸だとしたら皓平の球は鉄線のようなものであった。
セカンドのグラブに綺麗に収まる様子はまるでテレビの中で見たかつての育成上がりの大スター捕手、山梨拓也を彷彿とさせた。
その送球を見た瞬間、駿太は望みを捨てたいような気分になった。4番キャッチャー狙えるかもだとか、少しでも思った自分を思いっきり殴りたくなった。
一瞬唖然とし何も考えられなくなったほどであったが、冷静になってから彼は考えた。皓平について観察してみようと。嫉妬や絶望や何をしても回らない駿太の頭では何も起きないことを本人はわかっていたため、とりあえず切り替えて見て盗み成長していこうという一心で練習に取り組むことにした。
今度、1週間後に練習試合が隣町である。打撃や肩などでアピールをして何とか補欠の第3捕手枠で隣町での練習試合出場メンバーに入れてもらえたので、試合前練習からリードから何から正捕手の皓平を意識的に観察してみることにした。
試合前練習でも周りがすごい見えているし、自分の課題点や何やらを意識して練習を行ってるのがよく見えた。試合でも声をだしながら正に扇の要の役割を果たしたり、思いもよらないようなサインを出してピンチを乗りきったりと、練習試合快勝に大きく貢献する動きをみせた。
それからはずっと常に皓平を意識した練習を行うようになった。
打撃では皓平に劣らない段階に既に達しているが、捕手としてのテクニックはまだまだだ。どんどん削っていってまず高校野球に通用する守備をしなければならない。
皓平のような存在に出逢えたのはおそらく初で、この人なら夢のプロへ導いてくれるということが勘でわかる気がした。
皓平に直接指導を仰いだりすることもよくあった。皓平は駿太と違って物静かな性格ではあったが、駿太は真面目に皓平の話を聞きながら意識的に活用して行った。メモも沢山取り、そのことを通話で隼人に言うと「それもっと勉強にも活かせよー」と言われたくらいであった。とにかく、野球、そして捕手としての真髄を極めるために駿太は日々ある労力をひたすら使い続けた。
打撃面でも質が落ちないように続ける中で捕手スキルを伸ばし続けるのは正直いってかなり酷だが、駿太は自分の追い求める夢や目標に向かって夢中だったのである。
そして6月末にある地方大会に向けた追い込みが激化する中でも皓平はじめとした捕手陣や、はじめての大会である1年全員で切磋琢磨しつつ乗り切り、最高の状態で地方大会に臨むことに専念した。
前日22:00。もうすぐ寝るかと、誰もいない部屋でつい呟きつつ布団の中に潜る。2ヶ月間の猛練習。1年のチームメイトと捕手陣と、そして皓平との期間は全て有意義で、そして何より楽しかった。そのあふれる思いをすくい胸にしまいながら、駿太は眠りについた。
投手陣エースである戸田山と中村の絶対的活躍と皓平の守備打撃双方での大活躍で1回戦、2回戦と予選は勝ち抜いた。駿太も主にやることはマネージャーのような先輩の水筒出しやベンチからの声出しであったが、2回戦では大勝であったため所々で守備にもつきながら貴重な経験をして行った。
そして熱風巻き起こす勢いそのままに迎える準々決勝、代表本命である白元学園との一戦。2-1と1点のみ勝ち越した場面で皓平は熱くなりそうなマスクを被りながら、キャッチャーミットを左手に打席の後ろへと向かっていった。
しかし、抑えの玉浦はヒットを連打され、ノーアウト一二塁の危機的状況に陥る。出されたサインに驚くが、皓平の静かながらも強い圧に負け、ミットに出された球を徹底的に投げ込んでいく。
ツーアウト二三塁となり、最後に相手の主砲である嶋田を迎え、玉浦はどんどん野手有利のカウントへと持ち越されてしまう。ワンスリー。次も強打者の飯島のためフォアボールは許されない場面である。
ええい、もうどうにでもなれ。
玉浦が投げやりになって投げたストレートはど真ん中に決まり、ツースリー。
ここで駿太はあまり使わなかったフォークを落としてくると予想した。しかし皓平は内角にストレートの指示。玉浦は大きく振りかぶり、長身から大きなオーバースローで内角高めにストレートを投げ込んだ。
バットは空を切り、絶体絶命の場面で準決勝進出を決める。相手の選手たちがないているのを見ると、駿太はしみじみと、自分達もこの人たちの分を背負い行くべきだなと感じた。
しかし迎えた準決勝ではあっさりと完敗。打線も投手陣も全く振るわず、十農1年目の3年生との日々はあっけなく6月で幕を終えてしまった。
その後は引退の集会が行われ、この日だけはいつもの練習も少しばかり早く終わった。3年生10人の中では、プロ目指し野球を続ける人もいれば、野球をやめて就職する人もいれば、これから勉強して大学に一般入学し野球とは違う道で生活していくつもりの人もいれば、スポーツに関する資格を取ろうとする人もいればと、とにかく人それぞれが自分の人生を歩んでいくようだ。
皓平はプロを目指して大学野球に進むようで、3月ギリギリまで寮に残るつもりの予定だ。殆どの高3寮生が授業が終わり自由登校期間となる三学期には寮から出るのに対し、皓平含め野球を続ける何人かはギリギリまで十農寮に残ることになっている。
目指すもの。皓平のようになりたい、そしてその先のプロへ進みたいという想いで溢れる駿太の荒い性格の中にある繊細な感情。
皓平の部員としての最後の言葉を聞きながら駿太は手に持っていたキャッチャーミットを見つめた。
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