十農の洗礼

十勝農業高校。今日から駿太はこの学校に通い、ここの野球部に入部することになる。駿太は心の中が跳ねていた。

もっと上の段階へ上がり、その中で自分を試してのし上がる。そして、プロになりたい。

無言で高校に送ってくれる父親の背中を見ながら、絶対レギュラー、4番キャッチャーになって甲子園に出てやると固く誓っていた駿太は楽しみな、かつ真剣な眼差しで解けてきた雪の中で走る高速道路を見つめていた。

自信とともに、彼は理解していた。これが人生をかけた難しい挑戦であると。


◇◇◇


入学式を終えると駿太は寮に、親は家に向けて走り出して行った。

駿太の寮は個人部屋である。独房みたいな部屋だ。ベッドはふかふかしてるが…。

寮にはかつて先輩達が甲子園に出た際のトロフィーなどが飾られている。

駿太が通う十勝農業高校はかつて甲子園常連校の1つで、地方大会にて所属する西北海道地方では覇権を握っていた。

しかしここ6年、釧路北高校を始めとした他校に甲子園の切符を奪われ続けており、6年前の甲子園でも0-9コールドでいい結果は残せなかった。

2年前からチームスローガン「再起」を掲げ、王座奪還と頂上決戦での勝利を掴み取るにおいての気運が高まっていた十勝農業では、密かに新しい主砲である駿太の力は期待されているようだ。

寮でも挨拶の後、駿太は先輩からの話も沢山聞いた。

その日は目標だとか自主練プランとか、色々立てながら意気込んで、自信のままに寝ることにした。

朝練、夕方練ともに最初はテストのようなものであった。

50m走、遠投、そして走り込みによる体力測定。野手はノック飛距離テストもあった。

全て高2・高3とは別メニューで、中山コーチと一緒にやったものであった。

肩は強く、捕手ということもあり実験したところ50m走でいちばん速かった石川を刺すことができた。

そしてノック飛距離テスト。中山コーチが投げる球を打ち返して、その飛距離を測定する。同学年でかなりどっしりした体つきの横山慎太郎が最初に打って、100mを記録したがそれを上回る110kmを記録してパンチ力をアピールした。

走力は小柄であった石川が圧倒的であったが、その他パワー、体力、肩力全てで他の1年生を上回っており、何よりパワーは一級品のものであった。

自信がついた。1年生のみとはいえ、駿太の中で自分のパワーが周りより劣っていなかったことが証明されて少し安堵した気分でもあった。そして、小中の間常に全力でプレーしてきたことで鍛えた体力で力を証明できたことは大きかった。

駿太は部屋に戻り、隼人に電話した。

隼人は地元の高校に通いながら野球を続けて、自主的に厳しい練習を課しながら大学野球が盛んな大学への進学を考えている。

「隼人!初日から好印象だったぜ!!」元気のある声でスマホのマイクに語りかける。

「良かったじゃん、俺も良くできるかなー、不安なんよね」

「自分のやることやれば絶対できんべ!頑張って!」

自信の溢れた声に、隼人も元気づけられる。

「厳しい状況だし、お前も調子乗らず頑張れよ」

「ったくお前よお、ちょっとくらい褒めてもいいじゃねーか」

「褒めたじゃんかー」

声からも元気そうで良かったと、隼人は安堵した。

明るい色の中で、彼は眠りについた。


十農も1年の最初は走り込みと筋肉トレーニングであった。自主練でバッティングしたり投げたりとかはよくあったが、基本を作るため厳しい走り込みと筋トレが行われた。

自主練の中でも類稀なる肩力を見せつけながら高1の中でも良いアピールをしていた。本練習と自主練も高2・高3とは別メニュー、別時間帯だったし会う機会はなかったが、高校野球地区大会に向けて合同で練習が始まる6月末に向けてたくさん鍛錬を積んでいた。

駿太の切磋琢磨し自信を積み上げていく姿に、1年内の士気も高まり希望あふれる中で練習が出来ていて、トレーニングする毎日が幸せだったのである。

5月中旬になると1ヶ月半しか経ってないとはいえ、駿太含め1年皆が身体一回り大きくなりながらパワーアップした姿になっていた。

5月末になって迎えた合同練習でも積極的にアピールをすることが出来たし、彼の高校野球での目標点「4番キャッチャー」も簡単に見えてくるようだった。少なくとも打撃では上級生にも劣らないレベルの活躍は見せていただろう。この自信は上手く続き、学業での結果と反比例するような形でぐんぐん腕もうなぎのぼりに伸びて行った。


合同練習が終わった二、三日かした後、もうすぐ梅雨時という季節に初めてキャッチャー同士の合同練習を行った。

駿太は自信満々でマスクを被り、球を受ける。肩力を確かめるため2塁に投げる練習だ。

十農にキャッチャーは1年は駿太1人、2年は3人、3年は2人いる。

その中で3年の高山皓平が正捕手だということは聞いてたが、別棟なためあまり話を聞く機会も少なかった。駿太は皓平を中心に捕手陣に積極的に話していく。競争関係だがその中でも色々話しながら、信頼関係を築いていくことも重要なのである。

1年から順に2塁に投げて、それを見ながらコーチが指導する。駿太もびっしり二塁に決め、糸を引くようなボールを意識していたのがよく現れた。小さくガッツポーズを決める。

そして正捕手の皓平が投げる。彼のミットから乾いた音がした瞬間、白い糸はまっすぐ、そして力強く速く、セカンドのグラブに収まって行った。

駿太は唖然とした。目が本当に白くなりそうだった。


「これが十農の正捕手…」

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