北山高校という場所 2
次の日の朝から朝練を開始した。
恒成と颯馬は意気込んでスパイクに履き替え、バットとグラブ、ボールを持ってグラウンドに出てきた。まず初めての練習ということでいつも朝練には出ない岡島監督からの挨拶があった。
「えっと…自分たちで考えて、どうすれば上を目指せるか。これを重要視してください。これだけです。以上です。」
これのみ。恒成はこれの重みは理解していた。どん底に叩き落とされた過去から、環境が悪い中で自分で考えて練習してきた日々を思い出しながら、噛み締めて、また噛み締めて自信を持って練習に取り組むことにした。
しかし思った何倍もきつい、まさに「地獄の練習」が待ち構えていた。持ってきたバットとかは一切使わない、まさに地獄の練習。
上級生から課せられたその1年生7人への朝練メニューは「インディアンダッシュ」というものだ。体力を鍛えるための走り込みである。
ルールは至って簡単。7人が組になって遅くも早くもないランニングをしながら、ダッシュして先頭に立ち続けていく、というもの。
恒成は心の中では自信が大きかった。中一の中では誰よりも走り込んでいる自信があったし、毎日4キロ、朝学校に来てはグラウンドを1人でこつこつ走り続けていた恒成は、ひしひしと効果も感じていた。
列を作り、深呼吸して走る心の準備を整える。初日から、もう既に1年生含めたエース争いは始まっている。ここが、アピールのポイントである。
遂にスタート。初日から7人で声を出し、それぞれが2年3年の輪に食い込まんとガツガツアピールをしていく。
後ろから前へ、後ろから前へ。後ろから前へと人が進み、その後ろから前へと人が進む。速度はあまり早くなかったが、ハイレベルな走り込みが続いた。
5分、7分、10分。時間が経つと息がどんどん上がっていく。心地よい緊張感が恒成の体を支配する。
しかし、次第に恒成は足がどんどん上がらなくなって行った。
彼の身体の力をどんどん削いでいく。追いつけない、追いつけない。でも必死で食らいつく。それを繰り返す長く長い時間。
彼の心の中には、「もう少しできる」「頑張らねば追いつけない」この感情のみがグルングルン回り、ダッシュに、どんどん追いつけなくなってきた。
そして、どんどん小さく見えていく隊列は容赦なく恒成を引き離して行った。彼は息を切らしながら倒れ込む中で、早くも現実を突きつけられたのである。
一方颯馬は小柄だが体力と総力が持ち味と自己紹介をした緒方圭祐と共に第一線で走り続け、戦線を全員が離脱する最後の最後まで35分の間走り抜いた。
颯馬もまた体力には自信があった。北海道では中学屈指の大砲として注目されていた彼であったが、一方で馬のような脚力で颯のように走る姿で中学公式戦通算15盗塁を決めた走力、そして見知らぬ蝦夷の地で我武者羅に走り込みを続け、中学公式戦全試合出場を続けた体力は自分の中で持ち味とも感じていた。
それは実力として確かなものであり、中学野球で結果としても出ていた。彼の結果による自信はやがて出来るという確信に変わった。
恒成にはその姿が、まるであの時のホームランの姿のように映った。
次の練習もまた、走り込み。命の水を1口含んだ後、また走り始める。もう既に身体は限界を迎えている段階でだ。
彼は後悔した、明らかな慢心であったということを。
シニアリーグを経験せず、周りと較べる事がなかった恒成にとって、その自信というものは所詮恒成の中であったものであり、それはあくまで空のものであった。
その中で走る恒成の心はもうぐちゃぐちゃである。5kmくらい走っただろうか、成績優秀生であったが、あのホームランの日ぶりに授業が全く頭の中に入ってこなかった。
自分の中で培っていた自信だとか、そういうものが全て消えていく。練習もぼっとしてしまい、悪循環でしか無かった。
最初の1ヶ月はバットすら触らせて貰えず、走り込みを強化する。強いて素振りと夜間の居残り練習のみであった。
しかしそんなものは恒成の頭の中には微塵もなく、練習する気力もなかった。
「じゃ、少し居残り練習してくるわ」そう言い放ち寮のドアを開ける颯馬を見ながら、どんどん自信を喪失していった。
何故だろうか。全く手がつかない。練習の鬼であることは、公私共に誰もが認めていたはずだ。
めっためたに心がやられる中で、練習に手が付かないことよりもプライドが一瞬にして崩れたことがとても残念であった。初めての全体練習も手がつかなかったし、おそらく監督からのイメージは最悪だろう、とにかく目線が怖い。他の同級生からも、先輩からも、颯馬からも見下されているような感じがした。
2日、3日。無気力な日が続き、ただぼうっと走り続けるだけ。その悩みがただ、日々高まっていく。
颯馬が声をかけても、応じない。夜間自主練に出かける颯馬を見て、ただ喪失感を覚えるだけ。なぜ彼は、あんなに逆境から頑張れるのだろうか。
理由を探し続ける日々の中で、打ち砕かれたプライドを積み上げていた意味をまた探し始める。
その中で、あのホームランの音と練習する的にボールを当てる乾いた音が永遠に繰り返された。大きく不恰好な字で書かれた「雪辱」の文字と重なる。
その音を聞き返す中で、恒成は少しずつ思い出し始める。
そうだ。あの時だった。何故来た時にはあんなにあの時を思い出しながら燃えてたのに、一瞬で何もわからなくなっていたのだろうか。彼は初日からよほどショックに陥ってたことをその時に自覚した。
何やってるんだ初日から。練習しよう。追いつかなきゃね。
◇◇◇
1週間、いや2週間だろうか。かなりの時間が経ち自分の現実を受け入れつつ、プロになぜあそこまで行きたいのかについて考えた恒成。ひとまず最近まで思い出してたのに見つからなかった答えが見つかり安堵した姿であった。
まず走り込みから始めた。部活でも走るが、それでは全くと言っていいほど足りない。
プロに上がるためにはこんなことで挫けていたらだめだ。強く心を持たなきゃ。この心を胸に、心新たに一から踏み出そうと決めた。
皆が夜の自由時間に球を投げたりバットを振ったりする中、グランド外周を根気強く走りながら体力をつける。
体力をつけなければ何事も出来ない。まず走り込みで、周りと同じレベルに、そして越えるくらいにしなければならない。恒成は来る日も来る日も、周りに追いつき、超えるために走り続けた。足がもげようと、嵐が来ようとまず走り続けた。
「恒成、何でお前はそんなに走んねん、今のうちにボールとか触っといた方がええんやないの?」
「何事も基本だよ、俺は基本が追いついてないから走るだけ
追いつけたら一緒にキャッチボールできるといいね」
走り込み、走り込む。球速だとかなんだとか、全部今は捨てて走り込みに専念した。颯馬も驚きの執着心であった。
そういったものも、後で努力で取り返してやる。彼はその思いで走り続けた。
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