北山高校という場所 1
恒成は単身、親が数少ない貯金の中から出して買ってくれた特急券と乗車券を握りしめ、美唄駅の改札をくぐった。朝6時のことである。
雪が解けてきただろうか、誰もいない駅構内。車で見送りに来てくれた親と妹に手を振ってホームへと上がる。
数年ぶりに乗ることもあり慣れない列車だが、きちんと電光掲示板と切符の列車を照らし合わせて乗れば大丈夫だと、親に教えてもらった。
「今日から頑張るぞ」
そう意気込み、札幌行き特急列車に1人乗り込んで行った。
唸る気動音。ゆっくりと動き出していき、加速して行く。高校野球への扉を開けたことを知らせるような、7点のチャイムが自分しかいない4号車に響きわたる。
北海道はまだ桜は咲いていない。桜が咲くのは4月の終わりごろ、ちょうど恒成が学校、そして野球部にも慣れて落ち着く頃だろう。花は咲いてなく、寂しい気もするが蕾が目立つ桜の木の間を、列車は駆けてゆく。
生まれた頃から美唄で育った彼にとっては故郷を去るのは初めてのことである。いつか帰ってくる日が来るのだろうか。それともそのまま、プロに旅立つのか…誰にも分からない。
心の中で溢れ出るわくわくと、少しの不安。入り混ざった渾沌な感情の中で、少しの眠りについた。
1時間、いや2時間か?とにかく寝ていたようだ。
終点到着のチャイムで彼は起きた。誰もいなかった4号車は少し人が増え、皆降りる準備を始めていた。
よほど爆睡してたのか、恒成は状況が分からないままでいたが、車掌の放送で気がついた。
「まもなく、終点札幌、札幌です。お忘れ物内容にご注意ください、JR北海道をご利用頂き、ありがとうございました。」
心の中でぐるんぐるんする好奇心。札幌というフレーズを聞き、彼は心を燃やす。
ホームに降り立った彼は、少しの深呼吸をして改札へと歩き出した。
地下鉄に乗り換え、北山高校最寄り駅である学校前駅にたどり着いた。
出口を出るとすぐ、その建物はそびえる。
「HOKUSAN HIGH SCHOOL」
校門に小さく書かれた文字が、何倍も大きく見えた。
◇◇◇
寮に簡単な荷物を置いた後、入学式が行われた。
校長の話が長すぎて退屈するのもつかの間、その後入寮の手続きを簡単に行い、部屋割を確認した。2人部屋なので、相性が悪ければ大変なことになるだろう。
彼は割り当てられた部屋のドアを開ける。ミシミシと軋む音が立てられるが、壊れてはいないようだ。
開けると顔立ちが整っていて目の彫りも深い、いかにもモテそうな青年がいた。
「は、初めまして…」オドオドしつつ彼に挨拶をする。
「こんにちは〜、俺は1年で今日から入寮の田島颯馬です、あんたも1年ぽいな、名前は何や?」
関西弁の抑揚で挨拶をする、人が良さそうな青年だ。こういう優しい人にはとても憧れる。
「田中恒成です、こう書きます」
説明するのが面倒だったのでメモ帳に書いて説明する。
「恒星の恒やな、よろしく!」
「よろしく〜…あはは…」
「緊張してるんか?緊張せんでええねんで、これから一緒に生活するんやし」
「ありがと〜」
グイグイ来る。関西人の勝手なイメージを作って、「関西の人全員がこんなもんじゃない」とはわかっていたが、あまりにもそのイメージに当てはまりすぎていて困惑した。
「てかさ、なんで大阪弁なのにここに?」
「中2から親の仕事で旭川に引っ越してん、元々兵庫県の西宮いうところに住んでたんや、甲子園があるとこ」
「へぇ〜、阪神ファン?」
「せやで!北海道引っ越しても虎党や、あんたは日ハムファンか?」
「うん、プロ目指して北海高校来た」
「スポ薦?」「いや、一般」
「一般なんか!勉強もできるんやなー羨ましい」
時々褒められて照れつつ、会話しながら仲を深める。
美唄ってどこやとか、好きな選手の話とか。あと、少年野球時代の話とか。
中でもシニアリーグに入ることが出来なくて軟式野球部で活動していることを話した時は驚かれたようで、颯馬自身の経験を聞いても恒成は自分と通じるものがあるように思えた。
颯馬も颯馬なりに旭川では苦労したらしい。
シニアリーグで死ぬほどの練習を重ねてスポーツ推薦を勝ち取ったが、苦い思い出も多く、彼自身も最後の大会で怪我し大会打率は.100に終わるほどであったこともあり、もう一度自分の力でもっと上を目指したいという気持ちで高校に乗り込んできたと言う。
彼の光る眼差しには、絶対にレギュラー掴んで上に行ってやるという、強い意気込みがひしひしと伝わってきた。
颯馬との話す時間はあっという間にすぎ、もう気づけば夕食の時間になっていた。食堂に降りると、先輩たちが待っていた。
見た目はすごい威圧感があったが、話していくうちに恒成はどんどん打ち解けていく。使い込むほど柔らかくなり使いやすくなるグラブのような、そんな感覚がある。
野球の技術だけではなく、精神的な教えも沢山貰う中で恒成の心は静かにまた、燃え始めていた。
あの時対決した大砲、高木は絶対プロへと行くだろう。プロの地でもう一度高木と対決し、今度は三振を取りたい。その一心は彼の中で抽象的なものから具体的なものへと移っていく。
まだ暖かいコンソメスープを飲み干し、恒成は室内に帰ってから紙を取りだし、大きくこう書いて飾った。力強く、震えながらも芯強い字は決心そのものがくっきり、現れていた。
「雪辱」
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