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 きんこんかんこーん……帰りのホームルームが終わるなり、わたしは机にべちょっと突っ伏す。


「な、なんかつかれた……」


 そしたらすぐにクレオがやってきて、


「カフカ、おつかれさま。特に体育は大変そうだった」


 そう言われて、驚きだらけの一時間目を思い出す。体育の授業では準備体操が終わるや否や、それぞれ好き勝手に走りなさーいってほっぽり出されたの。そんな適当でいいのかなってはじめは思ったけど、むしろみんなで仲良く走るなんてできないからこういう形式になってるんだって、すぐに思い知った。


 だってななめ向かいの席に座る消しカス集めが趣味らしいイヌ類コヨーテ族の男の子、走るのが速すぎて、わたしを追い越すとき『ばびゅんっ』て音が聞こえたもの。真ん中らへんの席のウサギ類の子からも『ひゅばっ』て聞こえた! 同じくらいの大きさ相手に轢かれるかと思ったよ。


「みんな走るの速くてびっくりしちゃった。クレオ、無理してわたしに合わせてなかった? 次からは自分のペースで走っていいよ」

「ん……別に、運動好きじゃないし。走るのだってあれくらいが丁度いいから」


 うう、これはたぶん優しい嘘だ。だってこの前二メリル以上ある棚の上から荷物を取ろうとしたら、脚立を出すまでもなくクレオが軽くジャンプして取ってくれたもの。平然と着地してたし! 身体能力に相当な差があるってことにはなんとなく気づいてるよ。

 そう、わたしは毛がむくむくしたみんなのような力や俊敏さがない最弱の人類、ヒト類。登校初日でそれを思い知らされちゃった。


「クレオ……ぎゅ。」

「うぁ、だから急に抱きつかないでってば……」


 クレオはそう言いつつも、わたしの背中に手を置いてじっとしている。優しいクレオ。むぎゅぎゅ……。


「ねえ」


 そこで誰かの声がして、わたしとクレオは同時に顔を向けると、クラスの女の子三人が緊張した面持ちでそばに立っていた。そのうちの一人がおずおずと口を開く。


「あのっ、カフカちゃん飛行機に乗れるって、本当?」

「え、うん。一応ね」


 わあっと声が上がる。


「すごいっ。いつから乗ってるの? どこで習ったの?」

「おじいちゃんが教えてくれたの。初めて乗ったのは……いつだったっけ……」


 二か月前です、って素直に言ったら驚かれそうだから、ごまかしておいた。カフカ流処世術。


「思い出せないくらい前から乗ってるんだ。すごい」

「いいなぁ私も乗りたい! かっこいいし便利だよね」

「ココット村って田舎だから一時間おきにしかバスこないんだぁ。飛行機だと好きな時に好きな場所に行けていいなぁ」

「ていうか聞いた? 二組のあの子、自分専用の飛行機買ってもらったらしいよ」

「ええー! 信じらんない。お金持ちって羨ましい――」


 ぴよぴよぴよ。会話は内輪へ。どうやらこの三人はとっても仲良しらしく、かわいいおしゃべりは止まる気配がない。

 というか、ココット村ってやっぱり田舎扱いされてるんだね。わたしとしては十分便利な村なんだけどな。みんながわたしのふるさとの洞窟村を見たらどんな評価になるんだろう。僻地? 巣穴?


「ね、カフカちゃんって配送局に住んでるんだよね。途中まで一緒に帰らない? もっとお話したいし!」


 考え事をしていたら、急に話題がこっちに戻ってきた。うれしいお誘い! 笑顔で頷こうとして、ふと隣にいるクレオのことが気にかかった。退屈そうに手のひらをぐーぱーさせて、爪を出したり引っ込めたりしてる。


「……ごめーん! 今日これから用事あるんだ。急いで帰らなきゃ」

「そっかぁ……」

「ごめんね、でも話しかけてくれてすっごくうれしかったよ。よかったらまた明日いろいろ教えてくれる? わたしまだ地上のこと全然知らないから」


 三人が「もちろん!」と笑って頷いた。わたしはクレオの腕をつかんで席から立ち上がる。


「じゃ、また明日ね!」

「ばいばーい!」


 手を振りながら教室から出て、クレオと廊下を早足で進む。下校する生徒たちで混み合う玄関をすり抜けて外に出たところで、中学校の近くにある村役場のスピーカーから、お昼を知らせるチャイムが鳴った。

 ふう、これにて学校生活一日目が終了。毎日お昼まで勉強するなんて、中学生ってなかなかハードな生活してるんだね。配達の仕事のほうが楽なくらい。

 帰り道を二人でとことこ歩く。クレオは普段、一度家に帰って着替えてから配送局のバイトに行くらしいけど、今日はわたしと一緒にまっすぐ配送局へ行くんだ。大事な約束があるからね。


 村はずれのこんもりとした丘にそびえる、びっくりするほど巨大な木を目指す。あれがココット村配送局。これほど大きくて目立つと、村のどこから出発したって迷う気がしない。一説には樹齢千年以上とも言われてるらしいよ。

 配送局へと近づくにつれて、だんだん制服姿の子たちが少なくなっていく。そのうち配送局への上り口になっている丘の裾に着くと、クレオは立ち止まって、「ねえ」と口を開いた。


「別に、学校ではあたしのことなんかほっといていいから。好きな子と仲よくしたらいいでしょ」

「うん、そうするつもりだよ。友達になれそうな子みんなと仲良くするつもり」


 クレオの目がまん丸になる。わたしは立ち止まったままのクレオの手を取って、配送局へと続く上る坂道に引っ張り上げた。


「もちろんクレオともね」


 力がなかったぷにぷにふかふかの手から反応が返ってきた。手を取り合って坂道をずんずん進む。


「でもさクレオ、わたし一つだけ後悔してるの」

「…………なに?」

「今日の給食食べそこなっちゃった! おなかすいてたのにー!」

「? 給食なんて、都会の私立の学校でしか出ないわよ」


 えっ……

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明けの空のカフカ 水品 知弦 @shimi382

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