第7話 少しお待ちくださいは長い。

 脅威に備え準備を施した。武器も揃えた、先頭体制も整えた、だがこちらへ勢いよくぶつかって来たのは荒れ狂う人ではなく一台の乗用車だった。


「なんなんだ一体?」


「中の人は無事ですか⁉︎」


「くっ....」

苦しそうな声を上げ、余力で開けた扉の小さな隙間から男が身体を放り出す。


「大丈夫です...か..?」


「…お前ら、誰かと思えば....よく顔見せれたなぁ..オレたちによ!!」


「はぁ....助けてくれ..なぁ?」

平気な顔をして助けを懇願する。あの時ポピンズが襲われていたとして助けを求めたら、果たして救出していたのだろうか。


「ふざけんなぁっ!!」

脚を掴む腕を蹴り飛ばす、彼等の行いに巻き込まれた事で怪我を負わされた脚だ。


「生きてるんだからいいだろ、オッサン...。

俺たちだって必死にもがいてたんだよ..」


「お前まで生きてたかクソガキ!

オレを突き飛ばして自分たちだけ逃げた事、オレは今でも覚えてる。お前がオレを殺そうとしたんだ、必死にもがいてたオレをな!」

傷の痛みも忘れ軟派な男を蹴り上げる。

看護師が必死に止めるも怒りはおさまらず既に血塗れの男に更に傷が増えていく


「やめて下さいポピンズさん!

それ以上は...本当に死んでしまいますっ!」


「いや、もう死んでるようなものだよ。」

貧弱な細い男が力無く言う

見れば男たちの傷跡の中に、数ヵ所噛み傷のような歯形が付いていた。


「菌を受けてる..‼︎」


「こいつら..オレたちにそこまで被害を与えるつもりなのか、ふざけるなよっ!!」


「俺たちだって逃げて来たんだ!」

次なる蹴りを両手で静止し必死に叫んだ。


「逃げて来た?」


「‥イカれた連中だった、アンタらを置いていったのは謝るよ。だけど本部の方へいけば兵隊を呼んでどうせ助かると思ってたんだ」


「本部ってのは..よく言ってた軍隊のか」


「ああ。そこに仲間が帰って来てるなら、訳を話して救出に向かおうとしていた。正直車を走らせたときには、自分たちの事で頭が一杯だったけどな。完全に見捨てた訳じゃない」


「オレを捨てたのは脚を引っ張るからか?

引っ張られたのはオレの方だったが」

根には持つ、しかし今更攻めたところで事態の進展は望めない。


「結局本部へは辿り着かなかった、通行止めにあってな。宗教家共が騒ぎ立ててた」


「宗教家?

ただでさえ外が荒れてるってのにそんな連中まで活動をしてるのか。」


「シスターの連中だ、元々教会で聖教を読んでた奴らが現状を身に染みて頭を狂わせたんだろう。」


「酷い目にあったぜホント」


街の出口付近で壁を張り陣取る聖女達は十字架を掲げて叫んだという。


「悪魔が降臨しなすった、世界は彼等に呑まれて消えた。私たちは彼等に仕える!!」

そう言って自ら身を捧げ不死者となり、二人を襲ってきたという。


「こっちも正義を出し過ぎた、律儀に全員を相手してたらこのザマだ。」

腕の深い噛み傷を見せやけくそに笑う


「…お前本当に全員撃ったのか?」

車の裏に不死者が彷徨う、修道衣では無いので宗教家ではないのだろうが注意を誘ったのは確実に訪問者たちだ。


「また迷惑かけちまったな、何度も悪い。

今度は俺たちを置いて逃げてくれていいぞ」


「逃げろったって、何処に行けばいい?」


「本部に向かう途中一度無線が通じた。

もうかからないと思って諦めていたが、運が向いたみたいでな。かなり大変な状況らしいが安全が保障されているらしい」

胸に携えた無線が一瞬だけ希望を伝えた

街の向こうには、救いの光が広がっている。


「但し気を付けろ。宗教家の連中もまた勢力を増やし続けている、俺たちが撃ったのは外に出ていた一部の奴等だけだ。走りだしたら振り向くな、全力で走って....壁を抜けろ。」


放たれる銃声がファンファーレの如く背中を後押しする、ポピンズは直ぐにガレージへ向かい車を準備する。それについていく貧弱な男、更にその後を追い視線を残す看護師。


「……どうした、早く行け!」


「有難う御座います...。

出来れば..後で追ってきて下さい!!」

視線を外し、ガレージへ走った。

裏切られたといえどまたもや人に助けられた


「…頼むから未練を残させるな」

軍人は戦う、最後の切れ端が燃えるまで。



「ガス欠は考えてなかったな、もしかしてすこぶる燃費悪いとか?」

 病院を出て車に再度乗り込んだが少し走って直ぐに燃料が僅かだと表示された。仕方なく近くのスタンドへ寄ったが、手頃なものに乗って来たため高級車の性能がまるでわからない、ものによると言われればそれまでだがかなり不安な水準だ。


「たまたま近くにスタンド見つけたからよかったけど、これ今後乗り回すには勝手が悪い可能性あるよな。乗り心地最高なんだけどなー」

慣れていないだけだろうか。

仮に本当に燃費が悪かったとしたら、その不具合に慣れてしまうという事になる。意識なく常識が密かに変わるのが一番怖い現象だ。


「やっぱ前の車が一番良かったなぁ、なんで持ってかれちゃったんだろ。」

愚痴を吐露しつつ車を運転していると、見覚えのあるフォルムをした鉄の塊が家に突き刺さっているのが見えた。


「…え、アレ前の車..」

余所見をした矢先、何かに思いきり衝突した。


「うおっ!」

音に驚き停車させると、前方に人が倒れているのが見える。衝突し吹き飛んだのだろう。


「やっば...人轢いた?

ウソでしょ、本気でマズイじゃんか..」

シートベルトを外し外へ出て状態を確認する。

倒れている男性は血まみれで、腕には噛み傷のような生々しい傷痕がある。


「……あ、これもう死んだ後じゃん。

なんだよ良かったー、よくはないけど別に」

幸い〝彷徨い後〟にトドメを刺しただけだったようだ、新車は少し汚れたが。


「本気で焦ったわ流石に、脅かすなって。

...ていうか何で前の車ここにあんの?」

盗まれた筈なのだが、雑に車庫入れされている。しかも知り合いの家の玄関にだ


「‥もしかしてあんときの人?」

倒れている男の顔に若干の面影がある。

盗んだ車で走り出し玄関を叩き割ったようだ


「まぁそういう時期あるよな。

...ってくらいで済む事なのかこれ」

道の邪魔にならないように死体を端に寄せ、再度車に乗り込んだ。


「ガレージで別のに取り替えようとか思ったけど、汚した手前これしかないよな。」


〝好きなのを持っていけ〟とは言われたが、汚した車は戻せない。元の車も無残な姿で家に突き刺さっている、冗談でも走行する事は不可能だろう。


「ごめんね成金おじさん

家の車放置するけど、後でどうにかしてくれ。無理にどかすと家が崩れそうだからさ」

扉の修理は出来ても家の修理は出来ない。

車をどかして壊れていたのが玄関だけならば後の修繕も考えられるが、どちらにせよ今は正直早く家に帰りたい。


「まぁどっちにしても一週間後にまたここ通るんだけどね、その頃には直ってるかもしんないしな普通に。」

初めはシーツを替えようとしただけなのに、車を替えるハメになろうとは。


「いろいろあったなー今日は、まだこれから色々やるんだけどさ。」



       軍隊本部


 「通信は?」


「…途絶えました、恐らくもう..。」


「クソッ!

だからおいていくべきじゃなかった!」

途中ではぐれた時点で、強制の帰還命令が出された。体勢を立て直す為に仲間を捨てろと


「医者からの連絡はいつだといってたか」


「一週間後です。

それで、ワクチンができると」

情報班が通信でデータを集め、全体へ伝えていく。得られる情報は果てしなく少ない、残された仲間の無線と病院の研究室から伝達された数分間の音声メッセージ。


「頃合いを見て病院へ向かうぞ、戦闘の準備をしっかりと整える必要がある」

装置を動かす為のカードキーは二つある。

一つは本部に託された物、もう一つは医師本人が携えている顔写真付きの物だ。


「隊長! 生存者です!

生存者がこちらにSOSをっ!!」


「なんだと..?

直ぐに救出に向かえ!」 「はっ!」

偵察隊の双眼鏡から、バリケードを破って本部へ近付く車の中から必死に手を振るなりの合図をして助けを求める集団が見えた。


「助けてくれ!」

車の背後からは修道衣を着た無数の不死者が追いかけて来ている。


「なんなんだあの数は?」


「いいから撃て、俺達までああなるぞ。」

高台の遠距離や様々な方向から銃弾が放たれる、弾の総ては背後を狙い不死者の元へ


「これは随分と長引きそうだ。」

軍隊が声を上げ銃撃戦を繰り広げている中、場所を変えれば別の戦いが行われていた。


「うわ音うるさっ!

電動ってこんなに音響くの!?」

予想以上の轟きに声を上げるもみるみるうちに釘が打ち込まれていく。


「これ思ってたより早く終わるぞ、やっぱ電動ってすげぇなぁ。遠かったけど買ってよかったかもな....ん、なんだこれ?」

夢中になって釘を打っていると、ポケットから何かがこぼれ落ちた。四角いプラスチックの顔写真の施されたカードのようなもの。


「…あ、これ先生から貰ったやつだ。

たしか機械動かす為の....なんか書いてあるな」

カードキーを裏返すと、表面に文字が直接刻み込まれていた。


「バースデーカードみたいだな、あの人今日誕生日だったのかな?」

青年は書かれた文字を目でおい読み始める。


『拝啓、これを受け取った誰かへ

君がこれを読んでいるならこのカードはもう君のものだ。もし僕が、他の誰かが役割を果たせなかった時ときその場合は、君がこのカードを使って世界を救ってくれ。無責任で申し訳ない、しかしこれが私の最大の願いだ』



「……これ自分宛てじゃないの?」

誰か宛て博士が書いたものらしい、凝った文章を綴るものだ。一通り文字を読み終えると再びそれをポケットにしまい、作業へ戻る。


「なんにも異常なければいいけどなぁ検査」

不安を煽るには待つ期間が長過ぎる。

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