第5話 リラックスエンジン
建物はわかった、しかし入口が塞がれている。セキュリティ対策にしては雑過ぎる。
「家に入れないってことある?」
用があるのは車だが、一言言っておかねば。
勝手に持ち出すのは中々にしんどい
『こっちだ..!』 「え?」
側面の小さな扉から見知らぬ男が顔を見せる。もはや裏口はマストのギミックらしい
『早く入れ、襲われるぞ!』
「...うん。
じゃそうするけど、アンタ誰だよ?」
知り合いの家に知らない男が居る。おそらく不審者なのだが、何故だかこちらを助けようと優しい手を差し伸べてくれている。
「ふぅ..危なかったな、俺はサイモン」
差し伸べた手が握手を求める。
不審者と調和を図るのは初めての試みだ
「ここアンタの家じゃないだろ。
中の人はどうしてんのさ」
「中の人、もしかしてアンタさっき来た連中と知り合いなのか?」
「さっき来た....あ、もう着いてんだ。
もしかしてその前からここにいんのアンタ」
滞在する不審者、変態性すら帯びている。
「俺はここに避難してきただけだ、広いし安全そうだったからな。他にも数人居るがみんな怪我はしていない綺麗な生存者だ」
「さっき人たちってのはどうしてる?」
「居間で寝てるよ、気を失ってる。
仲間が化け物だと思って攻撃したんだ」
「…いや、その人ここの家主よ?」
車の持ち主が死にかけている。
ショッピングモールより遠いこの家から徒歩で帰宅するのは流石に労力が掛かり過ぎる。
「取り敢えず挨拶しに行こう、見たところ君は嫌な奴じゃなさそうだ。」
直前まで疑念の目で見続けていたようだ、かなり貧弱な男だがいざというときは暴力を振るうつもりだったのか?
「カリヤ、新しい仲間だ。ほら自己紹介して」
「…タケシです。」
「生きてた...‼︎」 「え、あ..久しぶり」
看護師が顔を覆って涙を流している。その傍らで、成金オヤジが目を瞑り倒れていた
「死んでないよね?」
「気を失っているだけだ」
長い猟銃を肩に掛けた男が冷静に答える。雰囲気から察するに取り仕切っているリーダーだろう、人の家なのに。
「怪我は?」「いや、してない。」
「コイツらの知り合いか?」
坊主頭リーダーの傍らにいる身体の大きな金髪が粗暴な声で問い掛けた。
「ショッピングモールから逃げてきた、ってよりは帰って来たんだけど」
「帰ってきた?
どういう意味で言ってんだ」
「‥いや、ここその人の家だけど。」
横たわる男を指差し伝えると罰の悪そうな顔を浮かべ俯いてしまった。
「悪いな、屋上の方で大きな声がしたから連中が侵入したと思ったんだ」
「取り敢えず怪我治してあげれば?」
「それは今やっている最中だよ。」
部屋の奥から白衣の男性が姿を現す
「はじめまして、バートンだ。
こうして生存者と出会えるのは嬉しいよ」
「こちら、医師のバートンさん。
私の勤務していた病院の先生なの」
眼鏡をかけた聡明そうな見た目だがどこか覇気が無い、余り眠っていないのだろう。
「メグミくん、君もよく無事でいてくれた。
君も少し手をくれないか?」
「…是非、お貸ししますっ!!」
〝人の役に立つ事〟
それが彼女にとっての生きがいなのだ。
「あの人は医者だが研究者でもある、今必死でこのパンデミックに対抗できる特効薬を生み出せるよう尽力してくれているんだ」
「そういうの病院でやった方が良くない?」
「行けたらとっくにやってるさ、でもあそこには連中がウジャウジャいる。戻ろうにも戻れないのが現実なんだよ」
特効薬製作のサンプルとして、一人一人が血液を採取されている。例えば誰かが抗体を持っていれば、それを培養できる可能性を含め情報資料としての役割を果たす。
「……そういえば血液検査やれてないな、一番近いときやる前に皆死んじゃったから。」
医者が居るなら丁度いい
後に引かないように今やってしまおう。
「あ、でも保険証ないかも。
財布に入ってたかな〜....良かった、あったわ」
免許証と混同して入れ忘れている事がある。
車も無いのに手間を掛けてはいられない、ドジを踏まなくて本当に良かった。
「台所にいるの?」
「ああ、基本的にあそこで薬を作ってる。」
「ちょっと頼んでみるか」
台所に向かい、医師を訪ねるとこちらに背を向け洗面台で看護師と共に作業をしていた。
「ちょっといいですか」
「……ああ君か、どうした?」
声に気が付き振り向くと優しい眼差しで対応してくれた。
「ちょっと血を摂ってほしいんですけど。
..これ、初診なんだけど」
保険証を差し出し検査をお願いする。医師は暫く目の前の四角い紙を見つめていたが、その後手に取りこちらへ返した。
「協力ありがとう、早速採血しよう。
メグミくんはそれをポピンズさんのところへ」
「はいっ!」
ハキハキとした返事で薬品を持って台所を飛び出していく。医師は注射器とゴムチューブを用意すると、青年を横に座らせた。
「気持ち悪くないか?
腕のゴムはきつかったりしないよね」
「はい、大丈夫です。」
関節から血管を探し、入口を決める
「少し痛いぞ」 「……」
針が表面に突き刺さり、血管から血を抜いていく。ゴムチューブが赤く染まる、青年の血液は徐々に容器の中へ満たされていく。
「…よし、ありがとう。」
「結果っていつわかりますか?」
「....わからない、早ければいいが。」
「やっぱり一週間くらいはかかるか」
待っている期間がかなりソワソワする、だからこそ先送りにしていたのだが。検査が嫌なのではなく後のハラハラがしんどいのだ。
「これだけ血を集めても意味はなんだがな..」
「あるだろ、少なくとも患者には」
「無いんだ。キットはあっても測定器がない、病院内にはあるが戻る事は出来ない」
考察は無限だが実行は不可能
研究者にとってこれ程不愉快なものはない。
「…結果わかんないですか?」
「申し訳ないが、直ぐには....一刻も早く解き明かして平和を作らねばならないのだが..」
「オレの車を使え!」
部屋の方から声がする。
そのすぐ後に、こちらへ近付く足音が響く
「ダメですポピンズさん、足の傷が..‼︎」
看護師が必死に止めようにも話を聞かず、足を押さえながら台所へと駆けつけた。
「鍵はガレージの中だ、好きな車を使え!
..病院へ行けば薬を作れるんだろ?」
「あ、ポピンズさんってあんたの事か。
目覚めたんだね、本当に車貰ってもいいの」
「..生きてたか兄ちゃん、二言はねぇぜ。
さっさと行って来い!」
「……あ、病院連れてくの?」
用事がまた増えた。
いつになったら帰宅出来るのだろう
「お願い出来るか、タケシくん。」
「まぁ、いいけど...その後まっすぐ帰るよ?」
検査の結果を受け取ったら直ぐに帰る。
そうでなければ本気で扉の修理が出来ない
「俺が護衛に回ろう」
猟銃の男が何故か着いてくる気マンマンだ。
頼んでないのにボディガードを懇願している
「行って来い、この家はオレが守る。」
勝手に指揮が上がっていく、家のなにを守ろうというのだろう。
「屋上を伝っていくぞ」
「はしごがあるわ!」「それを道にしよう」
文化祭の準備に近い面倒な雰囲気と団結が発生している。車を奪われさえしなければ今頃自宅でコーヒーの類を飲んでゆったり過ごせていたことだろう。
「んじゃ上から頼むわ、下で合流ね」
一人裏口へ戻る。
引き止める声が聞こえた気がするが無視した
「大丈夫なのか?」
「いいから早く上へ急げ」
事は一刻を争う
訳ではないが、とにかく早く帰りたい。
「…これ何処で開くの?」
「シャッター付近にボタンがあるらしい」
「……あ、これか。」
丸いボタンを掌で押すと、音を立てガレージのシャッターが開く。
「おい気をつけろ! 奴らが!」
「え?」
音に反応した不死者がガレージの中へ
「ちぃっ、何やってんだアイツ⁉︎」
「..今素通りしなかったか?
なんであの子を襲わなかったんだ」
疑問に思う人間が漸く現れた。思えば周囲の知り合いが皆いなくなった事もあり連中と相対する姿を知る者はいない。
「うーん...どれがいいかな?」
ガレージの中は広く壮大で幾つもの車が並んでいた。デザインに多少の違いはあるものの乗れれば充分の精神なので、悩んだといえど大した時間は掛からなかった。
「それにしても広いなここ、屋敷もまぁまぁでかかったけどちょっとしたコンビニくらいの大きさあるよね?」
もっとある、四つ分はある。
「アイツ大丈夫か?」
「一人で平然と外へ出たんだ、簡単にドジを踏む事は無いと思うよ。」
「あ、そうだカギ!」
鍵を探していた。
ガレージの壁に掛かっている鍵は車のナンバーが記され、間違えのないようになっている
「これ…だよな、よし。」
結局のところ適当に選んだ車に鍵を差し込み運転席に乗り込んだ。すると青年の身体にとんでもない衝撃がはしる
「……え、何これソファー?」
柔らかなシート、優しい背もたれ。
ハンドルは型を取ったのかと思われるほど心地よい手触り。自宅レベルの安らぎを感じる
「嘘だろおい....車、ハマるかも..!」
ふかしたエンジンは鼓膜をすら幸福にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます