第4話 契約とはそうゆうもの

 …お中日。あちらの世界とこちらの世界が一直線で結ばれる。先祖の霊を迎え供養するだけなら良いだろう。

しかし、この世に怨みを持つ幽霊は決して少なく無い…。負の感情に取り憑かれている幽霊がこの世に出れば…。


 抑え込めるだろうか?

おそらく凄い数が這い出て来るのだろう。


 このレモンの木が、そういった霊を封印しただと知った時、驚きより納得した。

だからオーナーはこの場を離れないのだと。

 そうして、毎年オーナーが一人でやり過ごして来た。でも今年は四人いる。

 セキはいつもの着流し和服に羽織を引っ掛け、多分今日は最高の日になるはずとほくそ笑む。 

 ……すっかりオーナーに感化されて、楽しむ事が身についちゃったわ。


 

 戦闘服(いつもの白いブラウス)のオーナーが、ユナと麗奈れいなに店番を任せると二人を両腕で抱きしめた。美しい光景。


「行って来るわね!」


 オーナーが言うと霧が辺りを覆いそのまますーとレモンの木と正面で対峙する。

 すると、まるで待っていたかのように、木に残っていたレモン全てが、ぼとりと落ちた。レモンは一瞬土に埋れたかに見えたが再び大きな膨らみとなって醜い顔に変わる。


「ひっ」


 麗奈の飲み込んだ叫び声に、セキが指をパチンと鳴らす。すると薄いカーテンのような壁ができた。


 オーナーは宣言した通り、自らが先頭で闊歩かっぽして行く。その姿は凛々しくも美しくあり、その歩みを止められる者などいないと思われた。

 しかし、飛び上がってきた茶色いくしゃくしゃの醜い赤子はそのカーテンのような半透明の壁にぶつかり、潰れて、ずるりと落ちる。

続けざまグシャリ。ズル…。

グシャリ! ズズズ……。

次から次へと壁にぶつかり、いつその薄い壁が割れるのかと、たまらず大きな叫び声があがった。

セキが再び指を打とうとすると、その手をゲンスケの両手が包む。


「あらん♡ あんた、こんなところで愛の告白?」


「んな、訳ないだろ! 俺の力も使え」


「二人とも、遊んでないで早くしなさい」


 セキがゲンスケの手の中で再び指を鳴らせば、せり上がるようにあちらの世界が閉じられていく。

ゆっくり、ゆっくりであるが確実に…。

閉じられるその隙間からオーナーの声が響いた。


「名を思い出して…。 その手は人として生きたあかし。それさえ忘れたと言うのなら…、来年、出直していらっしゃい!」


 見えたのは一瞬だった。強い風が吹く。竜巻のような風力は、こちら側の世界にも伝わり鏡と硝子ガラスがガタガタと音をたて、陳列してある物は床に落ち散乱した。

 汚物でまみれた土は、波が寄せるように大地がうねる。

 月が驚くほど明るく輝き、それに導かれるようにレモンの木の根元へ引き戻されていく……。


 そうして、嵐が去ったような美容室の店内に、麗奈は力無くペタンと座り込んだ。


「……大丈夫。オーナーは、この大地の契約者。死者がどれだけ黄泉よみから這い出ても、オーナーがいる限り悪霊は世に出さない。契約とはそうゆうもの。そこに死者の恨みが強かろうが、関係ないし、オーナーの意志もまた、関係ない…」


 静まり返った店内に、ユナの声だけがゆっくりと響く。


「……契約とは、そうゆうもの」

   



 レモンの木は花を落としながらもその根に、死者を呑み込んでいく。

それでも数体の恨みを含んだくしゃくしゃの顔がこちらへと向かってくると、オーナーは躊躇ためらいなく腕に抱き止めた。体はみるみるうちに茶色く染まり、腕は茶色の泥ともに同化して溶けていく。足も絡み実体が溶け出す。

 しかしオーナーは猫を愛撫するよう優しくなでるとおもむろにレモンの根元に押し込んだ。

 ゲンスケも野球ボールのように拾っては、ぽーんと投げ入れ、エモトは顔を歪めながらも指先でつまんで抑え込む。

 数が多い…。今日がなんの日か思い出す。

這い出て来ては押し戻すを繰り返し…。


 どれほど時間が経ったのだろう。

オーナーが宥めるようにレモンの幹を撫でた。すると新緑が鮮やかに水分を含み、つややかさを増す。白い花びらからは黄色い雌しべと雄しべが震え花粉をキラキラ散らして辺りに舞い、まるでかつえたようにすべての死者を呑み込んでいった。


「…また来年ね」


 爽やかな風がオーナーの髪をほどくと、艶やかな黒髪が風になびく。月明かりを背に彼女は美しく咲き誇ったように笑った。



 

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