第3話 トモキ

 首都キエフ陥落、ゼレンスキー政権崩壊、ロシアによるウクライナ併合宣言……──テレビでそのニュースを見たとき、トモキは比較的冷静だった。


 キエフ陥落が一つのターニングポイントとなる──部隊の上官はそう言っていたし、トモキ自身もそう思っていた。


 ウクライナ戦争について、もちろん驚きはあった。気候、兵力、国際情勢を踏まえると、東部のドネツク、ルガンスクへの軍事侵攻はあると予想していた。全面的な軍事侵攻については、可能とする能力を備えている以上、一つのプランとして想定はしていた。しかし本当にその現実が訪れたとき、トモキはほとんど信じられなかった。


 ロシアとウクライナ、重武装国家同士の全面戦争──そのニュースの衝撃は、計り知れないほど大きかった。


 トモキは高校卒業後、陸上自衛隊に入隊した。両親や兄のユウキには大学進学を勧められていたが、結局進学することはなかった。

 トモキは自他ともに認めるミリタリーマニアだった。陸上自衛隊に入隊した理由も、単にその分野が好きだったからに過ぎない。

 子供の頃から、トモキは戦争をエンターテイメントの一種として楽しんでいた。小説、漫画、アニメ、映画、ゲームなど、あらゆる媒体を経験して育ったし、参考書レベルもそれなりに漁った。普通科に入ったのも、エンターテイメントのメインで扱われることの多い一歩兵に憧れたからだった。

 兄のユウキほどではないがそれなりに勉強はできたし、ラグビー部で鍛えた運動能力もあった。高校ではバックスのレギュラーだったし、県大会でもそれなりにいいところまで進んだ。何より、要領の良さには自信があった。

 ただ、入隊後の現実は厳しかった。舐めていた、と言ってもいい。それでも何とか喰らい付き、気付けば五年が過ぎていた。


 そしてウクライナ戦争が始まった。


 あの日を境に世界は変わった──本当に戦争は起きる──あの日を境に、部隊の全員が目の色を変えた。


 同期や部隊の先輩後輩には、いろいろな人がいた。同じようなミリタリーマニアもいれば、単なるアニメオタク、至って普通の人、愛国者、脳みそまで筋肉の体力バカ、中にはチンピラ同然の奴もいた。当然、途中で辞めていった者もいた。しかし今も残っている者は、友達もそうでない者も、確かな仲間と言えた。


 今、心は一つにまとまっている。


 首都キエフ陥落、ゼレンスキー政権崩壊、ロシアによるウクライナ併合宣言……。そんな言葉が連呼され、テロップに表示される。

 今日は非番だったが、部隊の友人と連絡は取り合っていた。送られてくるメールの文面は、やはり冷静なものだった。

 しかし、トモキは内心では、ずっと憤っていた。

 ロシアの安全保障上、ウクライナのNATO加盟は絶対に阻止しなければならないという言い分も理解はできる。誰だって、仲の悪い隣人が家の目の前に居座るかもしれない状況など嫌だ。しかし今回のロシアのやり方は、挨拶もなしに人の家に押し入り、「この家は俺の物だ。文句があるなら殺す」と言っているようなものである。そんな強盗同然の不条理がまかり通っていいわけがない。


 そして、同じような思考回路を持つ大国は、すぐ近くに、もう一つ存在する。


 今、憤りは心の奥に潜めてある。


 今後、世界がどうなっていくかはわからない。しかし、もしそのときが来たら……──自衛隊員となった理由は邪だったかもしれない。しかし、曲がりなりにも国を守る道を選んだ。だから、務めは必ず果たす。

 トモキはすでに覚悟を決めていた。だから今は、家族の時間を楽しんだ。妹のミユとの他愛ない会話を、孫の誕生を待ちわびる両親との団らんを、兄のユウキとサオリさんの笑顔を。

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