第2話 ミユ

 リビングの窓辺から、春の陽が射し込んでくる。


 久しぶりに家の中が賑やかになった。

 園宮家の家族が集まり、食卓を囲む。父、母、長男のユウキ、次男のトモキ、そしてもうすぐ高校三年生になる末子のミユ。久しぶりに五人が家に集まった。加えて、今日はユウキの奥さんのサオリさんもいる。

 少しだけお腹を大きくしたサオリさんを中心に、六人が昼食を取る。

 ユウキとサオリさんの間に子供ができた。今日はそのお祝いだった。事前に計画されていた家族イベントということもあり、今日ばかりはミユも遊びの誘いを断り、母を手伝った。


 みんなが笑顔だった。料理が得意な母の手料理は、いつも以上に豪華で美味しかった。

 コロナ禍で行ったユウキとサオリさんの結婚式のような、ささやかなパーティーだった。しかしミユは楽しかった。ミユが中学校に上がる頃には、兄二人は共に家を離れていた。たまに帰ってくることはあっても、普段は父と母とミユの三人だけで生活している。だから、幼い頃のように家族が揃うことは素直に嬉しかった。


 そのとき、背景で流していただけのテレビの映像が唐突に変わった。


 崩壊したヨーロッパの街並みの映像とともに、キャスターがウクライナ戦争のニュースを伝える。

 それまでの団らんが嘘のように冷めていく。首都キエフ陥落、ゼレンスキー政権崩壊、ロシアによるウクライナ併合宣言……。そんな言葉が連呼され、テロップに表示される。

 父がテレビのチャンネルを変える。しかし、どこの局も報道内容は変わらない。

 二番目の兄のトモキがスマートフォンを取り出し、メールを打ち始める。次いで一番上の兄のユウキがそれぞれにスマートフォンを取り出す。母はサオリさんを気遣いながら、世間話を続けている。

 何となく取り残された気分になったミユは、皿洗いをすると言って食卓を離れた。ユウキの奥さんのサオリさんが手伝うと言ってきたが、お客さんであり妊婦でもある人にそんなことをさせるわけにはいかないと、家族全員が丁重に断った。

 

 ミユはスマートフォンをキッチンシンクのそばに置き、皿洗いを始めた。

 好きなアーティストのミュージックビデオを見つつ、高校の友人グループとSNSで連絡を取る。基本的には遊びの話であり、まだ戦争の話題はない。

 何日か前、ロシアとウクライナの戦争が始まったとき、クラスはその話題で持ち切りになった。ただ、部活が始まる頃には話題は変わっており、帰宅のときにはミユは遊びの予定について話していた。

「お前、皿洗いながらスマホなんてすんなよ」

「大丈夫だって。これ防水だから」

「……そういう問題じゃねぇよ」

 呆れるトモキが、台所でごみの分別や食器の片づけを始める。

 トモキと顔を合わせて話すのは久しぶりだった。集まるのも久しぶりならば、こうして肩を並べて何かするというのも久しぶりだった。中学校に入ってからはスマートフォンを与えられたので、電話やメールで連絡は取っていたが、しかしトモキとは六歳、ユウキとは八歳も離れていることもあり、どこか遠くにいってしまった人という感覚は拭えなかった。

「そういや、お前勉強どうなの?」

「うーん、あんましてない」

「エスカレーター式で大学行けるからって、最低限はやっとかないと上がってから困るんじゃねぇの? 親父も母ちゃんも心配してたぞ」

 勉強が疎かになっていることを両親から聞いているのか、二人の兄からは事あるごとに「勉強はちゃんとしておけ」と言われた。

 母いわく、兄二人は勉強ができたらしい。ただ、進路は対照的だった。ユウキは理系の国立大学を出て、システムエンジニアとして働いている。トモキは大学には進学せず、高校卒業後に陸上自衛隊に入隊した。ちなみにミユは、将来のことは大学に入ってから考えるつもりでいる。


 SNSに夢中になるミユに代わり、トモキが皿を洗い始める。同時に、テレビから流れるニュースの内容も、ウクライナ戦争から台湾有事の内容に切り変わる。


 ロシアのウクライナ侵攻が始まったとき、ミユはウクライナの場所さえ知らなかった。それに比べると台湾と中国は身近な国だった。トモキが自衛隊員ということもあり、政治に疎くてもそれなりに緊張感というのは感じていた。

 しかし、本当にアジアで戦争が起こるのだろうか? そもそも日本が戦争をする可能性などあるのだろうか?

「ねぇ、台湾と中国って戦争すると思う?」

「俺は間違いなくあると思ってるよ」

「中国が戦争始めたら日本も巻き込まれるって言うけど、そうなったらトモは戦いに行くの?」

「ん-。どうなるかはわかんねぇけど、でも自分の仕事をするだけだよ」

 答えるトモキは淡々としていた。だからか、ミユには戦争というものの実感が湧かなかった。ただ、園宮家から笑顔が消えるようなことは嫌だった。次に集まったとき、誰かが欠けているいるかもしれない状況など、考えたくもなかった。

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