第3話 アルバートとバイオリン
俺は勉強では弟に、剣術では妹に負けた。
だが、俺は兄だ。
兄は弟妹の見本とならなくてはいけない。
兄より優れた弟妹などいないのだっ!
それからも今まで以上に剣術、勉強に勤しんだ。
弟妹はあまり気が乗らないのか、サボったり不真面目にやっていたりもしたが、むしろ俺が追い抜くチャンスとばかりに我武者羅になっていた。
だが、勉強のテストでは弟に10連敗。
剣術では妹に10連敗。
全く勝てる気がしなかった。
ここまでくると流石に俺の鋼の心にもヒビが入っていた。
弟妹は真に天才である。凡人たる俺はどうやっても勝てないのか……!?
しかし、このアルバートの辞書には諦めると言う言葉は載っていない。
弟は勉強、妹は剣術。確かに俺はその分野では勝てないだろう。
ならば俺が勝てる分野を探せば良いでは無いか!
勉強、剣術がダメとなると……
そう、芸術である!
俺は一芸を磨くべく考え抜いた結果、母が嗜んでいたバイオリンを習う事にした。
勿論、今まで通り勉強と剣術は続けている、継続は力であるから、もしかすると弟妹に勝てる日が来るかもしれないと淡い希望を抱いていた。
バイオリンを習い始めて1年。
俺はそれなりに才能があったのだろう、結構な速度で上達し、母からもお墨付きを貰っていた。
「アルは随分上手くなったわ。今度発表会があるから出てみる?」
「発表会ですか、望むところです母上」
この時俺は割と自信があったと思う。
発表会といっても俺と同じようなバイオリンを齧り始めた奴等の集まりとの事だし、バイオリンでは一家言のある母から褒めて頂いていたのだ。
そんじょそこらの奴等には負けないだろう。そう確信していた。
そして、来たる発表会当日。
俺と母は発表会が行われるシュミット侯爵家へ向かっていた。
だが、その道中にアクシデントが発生する。
俺と母が乗る馬車の前に子供が飛び出して来たのだ。
慌てて御者が馬を逸らす、大きく傾く車内。
結果的に子供は轢かれずに済んだのだが、傾いた車内で俺は転びそうになり、手をついた際に捻ってしまったのだ。
幸い母は怪我もせず無事だった事は幸運だろう。
飛び出した子供の親が土下座で謝罪する。
「も、申し訳御座いません! 私は罰を受けます、だからっ! 何卒、何卒この子だけはっ!」
「良いのです、幸い怪我もなく無事です。なので不問としましょう。これからは気をつけるのですよ?」
母が子供の親にそう言って事を納める。
下手な貴族だったら間違いなく一家揃って打首だぞ、寛大な母に感謝するのだな!
ただ、母がこういった対応をした以上、俺は手首を捻った事を言い出せずにいた。
もし、俺が怪我をしていると知ったら、流石にこの親子を不問にする事は出来ない。
俺1人だったら絶対怒って、何らかの罰を下していた。だが、母は平民にもお優しい素晴らしい母である。
その母が不問と言ったら不問なのだ、決定を覆させるわけにはいかない。
俺は手首の事は秘匿したまま、侯爵家に向かった。
だんだんと痛みが増してきたように思う。
ちょっと動かしたら激痛が走る。
ええい、ここまで来たら精神力で乗り切るのだアルバート!
と自分で叱咤激励している内に発表会は進む。
次が俺の番となった時、そいつは現れた。
ここの侯爵家の娘、パトリシア・ビィ・シュミット侯爵令嬢。
金髪の髪を左右でまとめ、青い瞳をした美少女。
後で知ったが、婚約希望者が相次ぐ程の社交界の花であるらしい。
その令嬢がバイオリンを奏でる。
集まった貴族達に戦慄が走った。
何という悲しげな音色、何という楽しげな音色、何という表現力。
彼女が演奏すると背景にその曲のイメージが浮かび上がる錯覚を引き起こす圧倒的才能。
俺は震えた。
まさか、これ程までの旋律を奏でる腕前を持つとは……。
彼女の演奏が終わった時、皆思わず立ち上がり万雷の拍手を贈っていた。俺も例外なく立ち上がり拍手をした。
多分、それが決定打となったのだろう。
彼女の演奏直後は痛みも忘れて拍手をしてしまったので、余計に手首に負担をかけてしまったのだ。
そして、俺の番である。
最早、痛みで油汗が出ておりまともに弦を押さえる事が出来ない。
だがこのアルバートに撤退の意思は無い。
気合いだ! 全ては気合いで何とか成る!!
結果的に、気合いでは何ともならず酷い演奏になってしまった。
直前の彼女の演奏と比べると雲泥の差、月とスッポン、鯨と鰯……
余計に俺の演奏の拙さが出てしまう結果となった。
手首の怪我さえ無ければ、と思わなくもないが、例え万全の体調だったとしても彼女の演奏には敵わなかっただろう。
だが、それでも他の演奏者の子供よりは上手く弾けたはずだったのに。
結局、俺は下手すぎる演奏で母にも恥をかかせてしまった。
母は慰めてくれたが、余計に悔しくて俺は泣いた。
アルバート生涯戦績『0勝25敗』
(バイオリン対決及び弟妹との勝負含む)
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