41 叱責
ルーツはサナと共にサナ王女が大泣きするのを見守った。そうなるぐらいには心が滅入っているということだ。
「……」
そしてきっと、その状態で無意識にこの部屋を訪れてしまうところが、この王女の本質なのだろう。サナとは在り方があまりに違う。事前にオリジナルとコピーが別人だと意識確認をするまでも無かったようだと、ルーツは思った。
少し話そうと言ったサナは、静かにサナ王女が泣き止むのを待った。サナ王女が話をできそうなぐらいの状態にまでなると、サナは静かに口を開いた。
「後悔、しているんですか?」
「……」
サナ王女は下を向いたままになった。少し時間を開けた後に、頷いた。
「何に、ですか?」
「……ルーツの絶望を上塗りしてしまった。ルーツは、再会した時点でも苦しみの中にいたはずなのに……」
こんこんと質問するサナに、サナ王女は弱々しい声を上げる。
ルーツは何となく、サナ王女が、起こった出来事を他人のせいにするのではないかと思っていた。もしそれを口にしたら話を聞くことさえやめるつもりだった。
「ふぅ……」
しかし、やってしまった結果と向き合う姿勢はあるようだと、ルーツは思った。
「サナ王女は、どうしたいんですか?」
「……」
サナのさらなる問いかけに、サナ王女は答えない。しばらく黙ったままだった。
「謝れるものなら謝りたい。あの時は拒絶されちゃったけど……」
そして、サナ王女はその願望を呟いた。
「それは無理ですよ、サナ王女」
「!?」
ルーツの言葉に、サナ王女が目を見開く。
「サナ王女の後悔も謝罪も、きっとオーデルグには届かない。もし俺が彼だったら、あなたとは二度と関わりたくないと思うでしょう。あなたが彼の心に寄り添おうとすれば、あなたの言う絶望の上塗りの繰り返しになる」
「……」
サナ王女が再び下を向く。でも、言わなければならないとルーツは思った。
「その後悔は、あなたがこれからずっと背負って生きていかなければならない。あなたの心を楽にするために、オーデルグに許しを乞おうとするのは許されない」
ルーツがそう言うと、しばしの沈黙が訪れた。
「ルーツに言われると……効くなぁ……」
「俺はオーデルグではない。それも忘れないでください」
「そうですよ、サナ王女。二度とルーツをオーデルグの代わりにしようとしないでください。次やったら、今度こそ本当に怒ります」
「そう、だったね……ごめんなさい……」
サナ王女は何か答えを求めてここに来たのだろうとルーツは思った。しかし、そんなものは無いのだ。少なくとも、ルーツやサナが与えるものではない。
「二人を見てるとさ……、昔のことを思い出すんだ……。思い出は、本物だった……。ミストロア王国の貴族は信用できない人ばかりだったから、ニーベ村に遊びに行っていた時が、ルーツと触れ合っていた時が、一番楽しかった。私はそれを、自分で壊してしまった……」
サナ王女は顔を手で覆って再び泣き始めた。
この王女も運命に翻弄された一人だとはルーツも思う。しかし、きっとルーツたちからこれ以上の施しをしてはいけないのだ。そうするとこの王女はそれに依存してしまう可能性があると、ルーツは思った。
しばらくすると、サナ王女は少し落ち着きを取り戻し、ルーツとサナに挨拶をして部屋を出て行った。
「これで良かったと思うか?」
「分からない。でも、ルーツに答えを求めるのだけは間違っているでしょ」
「ああ、そうだな」
◇◇
サナ王女との一件があり、サナはすっかり目が覚めてしまったので、館内を歩くことにした。ルーツはブルーニーと話していたらしく、戻って行った。
サナは、すぐに自分の様子を伺う気配に気がついた。近々来るだろうと思っていた相手だ。来るなら、きっと自分がルーツといないタイミングだろうと思っていて、その通りになったので、ため息をついた。
わざと道を曲がり、待ち受けると、そこにバスティアンが現れた。
「うわ!?」
待ち受けられているとは思っていなかったようで、バスティアンが驚きの声を上げる。
「バスティアン、何か用ですか?」
「あ、ああ……。ちょっと君と話ができないかと思って」
「はぁ……。ま、いいですよ」
サナとバスティアンは、近くにあった小会議室に入り、椅子に座った。
「それで、何の話をしたいんですか?」
「……聞いたのだろう? 私とサナ……王女と、ルーツ……オーデルグのこと」
「はい、聞きましたよ」
サナが答えると、バスティアンは項垂れた。
「私が引きべきだったと思うか? そうすればサナ王女は、ルーツを引き止められていたのかも」
「……」
サナはうんざりした。そんな質問の答えを他人に求めようとするあたり、サナ王女とは別の意味でバスティアンもダメな人だと、サナは思った。
「私に答えはありませんよ。バスティアン自身がどう思うかだけです」
「そうか……」
バスティアンは下を向いたままだった。
「サナ王女は、後悔しているらしい。だとしたら、私と彼女の関係はなんだったのだろう。サナ王女が始めたことだというのに」
バスティアンの物言いは、まるで自分は悪くないと言い張っているかのようで、サナは苛立ちを隠せなかった。
「あなただって関係を受け入れたのでしょう!? だったら黙ってご自分の行動の結果に向き合うべきでしょう! 人のせいにするのはあまりにも卑怯です!」
「!?」
サナの一喝に、バスティアンがたじろぐ。バスティアンはしばらく沈黙した。
「サナ王女とのことだけじゃない。耐えられないんだ……。私が世界の滅亡の一因になっているだなんて、重すぎる……」
「さっきからあなたは自分のことばかり。もっと他人を思いやるべきです。オーデルグは敵ですが、この件では彼に同情します」
もし、友人としてオーデルグと出会っていたら、サナ王女とバスティアンのことはもう放っておけと伝えただろうとサナは思った。関われば無意味に神経がすり減るだけだったはずなのだから。
「厳しいんだな、君は……。サナ王女と同じ顔をしているのに、中身は全く違う……」
「一応、別人ですから。私とサナ王女を同一視するのもダメですよ」
甘えたバスティアンが、サナのところにやって来たのもそういうことだ。サナ王女との関係は傷の舐め合いだったのだろう。サナ王女が後悔に打ちひしがれているから、代わりに自分のところに来たのかもしれないとサナは思った。しかし、サナがバスティアンとの傷の舐め合いに応じるはずもなかった。
話は終わりとばかりにサナは席を立ち、扉の方に移動する。
「最後に。これが一番聞きたかったことだ……」
「何です?」
サナはバスティアンを振り返った。バスティアンは下を向いたまま質問を口にした。
「もし君がオリジナルだったら、私とはどういう関係を築いていた……?」
また変なことを聞く、とサナは思った。そんな仮定を考えたところで意味はないというのに。
「起こらなかった事を考えても仕方ないと思いますけど。強いて言えば、あなたは私のタイプではないですね」
「!?」
バスティアンは一瞬沈黙した。そして、さらに言葉を続けた。
「分かった……。話を聞いてくれてありがとう」
その言葉を最後に、今度こそサナは部屋を出て行った。
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