40 その確信(サナ王女視点)

 帝国から戻ったルーツたちからは、あの魔力結界が世界中に向けて広がっているという報告が入った。周辺諸国が巻き込まれるのは時間の問題だ。魔力の規模からして、創造神サカズエまでも敵の手に落ちたと推測されている。


 私たちは、ルーツたちが拠点としていたという、帝国から離れたマーリの街へ移動することにした。


 けれど、移動したところで何かできるのだろうか。もう、私たちの負けだと思う。あの魔力結界に突入できる人員は限られているし、オリジナルのルーツは私の召喚魔法さえも退ける魔道士。さらにブラストやヒルデといった強者も控えているのだ。


 私は自室で、バスティアンと共に暗い雰囲気にいた。


「バスティアン、今から何かできると思う?」

「分からない。帝国にいる親や親族とも連絡がつかないし、もうどうしていいのか……」

「うん……」

 二人でベッドには腰掛けているものの、バスティアンは私といつもより距離を取っている。私もだ。とてもじゃないけど、前みたいにする心境ではない。


「思うんだよ。君がルーツと再会した時点で、私が身を引いていれば、あるいは別の道が開けていたんじゃないかと」

「……私とルーツをくっつけてれば良かったっていうの?」

 それは私も考えてしまったことはある。でも、やっぱりそんなはずは無いんだ。それは、思い上がりだ。


「私たちは、一体何だったのだろうな……」

 そう言うと、バスティアンは静かに私に手を伸ばして来た。


「……やめて。そんな気分じゃない」

「くっ!!」

「え、ちょ……。きゃっ!!」

 バスティアンに押し倒され、私は声を上げた。


「ち、ちょっと、やめてよ! 私たちがこんなことしてたから!!」

 バスティアンが私の着衣に手をかけ、私はその手を掴んでやめさせようとする。


「やめて! バスティアンは、それでいいの!?」

「今、関係をやめたところで、一体何になるって言うんだ! だいたい、元はと言えば、君が……!!」

 バスティアンはそこで動きを止め、叫ぶのもやめた。


「何よ? 言いなさいよ。元はと言えば、何?」

 バスティアンを誘ったのは私、そう言いたいの? 言えばいい……。それが事実だ。ぐうの音も出ない真実。新しい恋に浮かれてあなたに想いを告げたのは私。さあ、そう言いなさいよ!


「…………」

 バスティアンは私の着衣を離すと、静かに立ち上がった。扉の方に歩き、壁を頭突きする。


「すまない……」

 そう言い残し、バスティアンは出て行った。


 私はベッドで仰向けに天井を眺める。もう疲れた。今更、何もかも取り返しがつかない。


 どのくらいそうしていたのだろうか。私は心がグチャグチャなまま、乱れた着衣を正すと、起き上がって部屋を出た。目的もなく、ただ館内を歩いた。誰かと通りすがっただろうか。それも認識できない。


 そして、無意識のうちに辿り着いたその部屋を、私はノックした。返答は無い。いないのだろうか。


「……」

 私はニーベ村で教わった解錠魔法を唱え、ドアの鍵を開けてしまった。こんなの、許されないことだ。静かにベッドに近づくと、布団が膨らんでいた。いなかったのではなく、寝ていたのか。


「どうしたんですか?」

「!?」

 聞こえて来たのは男の声ではなかった。ここは、ルーツの、もう一人のルーツの部屋だったはず。


 布団を上げ、寝ていた人物が起き上がる。もう一人の私、サナだった。


「……そっか、ルーツとあなたは同室だったのね」

「はい、そうさせてもらいました」

「……ごめんなさい、勝手に解錠魔法なんか使って」

「ちょっとビックリしました。難しい魔法を知っているんですね」

 サナは立ち上がり、椅子を用意する。


 すると、ルーツも部屋に戻って来た。解錠魔法を感知したらしい。オリジナルのルーツに違わず、このルーツも凄い人なんだ。


「サナ王女、少し、話しましょう」

 サナが私を見る。その真っ直ぐさと気高さに私はおののく。


 このからは、私と全く違う強さを感じる。魔道士としても優れているが、それだけではない。確かな心の強さを感じる。


 きっとその強さは二人の絆がはぐくんだのだ。そう考えたら、目頭が熱くなって来た。


「ぅう……。ぅわあああぁぁぁ……!」

 私は声を上げて泣き始めた。


 悲劇のヒロインを気取ってオリジナルのルーツの絶望に気づけず、彼の心をさらに傷つけたこと。ルーツの憎しみが、世界を危機に陥れているという事実。そして何より、目の前の少女がオリジナルだったなら、そうはならなかったという確信。


 沢山の感情と後悔が押し寄せ、わけも分からず泣いた。

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