15 幕間:ある時の冒険譚

 その日、ルーツとサナは長老の元にいた。


「お主らに教えることはもう何もない」

「「は、はぁ……」」

 突然の免許皆伝宣言に、ルーツとサナはとぼけた声を上げてしまう。


「これからはその力を何に使うかを考えると良い。人助けをするも良し、いずれ人の世に害を為す魔物を探して狩るも良し。何なら、世界征服を企ててみるのも一興かもしれぬぞ、ほっほっほ」


 今日も特訓だと思っていたルーツとサナは拍子抜けしながら長老の家を後にした。村に3つある転移魔法陣の使用許可が下りたため、とりあえず行ってみることにした。


「何をするかも自分たちで決めろってことかぁ」

「そう言われても難しいよね」

「だよな」

 雑談しながら転移魔法陣のところに行くと、ちょうど使おうとしている村人がいた。


「おや、ルーツにサナ様。どうしたんだい」

「あ、グスタフさん、こんにちは」

「実は……」

 ルーツとサナは事情を説明した。


「自分で決めろ、か。随分と難しいことを言われたな、君たちは」

「やっぱそう思うよな……」

「多分、ルーツとサナ様は期待されてるんだな。長いこと魔法を指導してたもんな、長老。そういうことなら、ついて来てみるかい? サナ様、時間は?」

「大丈夫よ」

 ルーツとサナはグスタフについて転移魔法陣に入る。すると、3人の姿が消え、次の瞬間には全く違う場所にいた。


「ここはマーリという街にある建物の地下だ。この街には冒険者やなんでも屋に仕事を斡旋あっせんするギルドがある。そこで人の頼み事を調べてみてはどうだ?」

「なるほど、ありがとうグスタフさん」

「よし、行ってみよう、サナ」

「うん!」

「帰る時はここの魔法陣からな。長老の許可が無いものは入っても転移できないが、念の為、秘密で頼む」

「分かった」


 グスタフは商談があるようでそそくさと出かけていった。ルーツとサナはそのギルドに移動する。建物はすぐに見つかった。武装した冒険者と思われる集団や、軽装の商売人などがひっきりなしに出入りしている。


 ルーツとサナより歳下と思われる冒険者も出入りしているためか、特に何か言われることもなく入ることができた。


「さて、仕事の依頼、か」

「あれじゃない?」

 サナが指差す方向には大きな掲示板がいくつもあり、貼られている紙を人々が吟味している。早速行ってみると、魔物退治、人の調査、特別な迷宮ダンジョンでの財宝探索など、様々な依頼が記載されていた。


「日数のかかるものだと難しいよね。俺も母さんの仕事の手伝いとかあるしなぁ」

「そうね。そういうことも含めて、自分たちで決めろっていうことなのかも。あ、これなんかどう?」

「ケホダビーのはちみつ入手。ケホダビーって確か……」

「雑貨屋のバートさんが言ってたことあるよね。人の手が入っていない、未開の森に生息するハチの魔物だって。この街では手に入らないから依頼が出てるんだよ、きっと」

「なるほど。しかも、バートさんに聞けば何か分かるかもしれない。やってみる価値はあるな!」

「でしょう! でもまずは、依頼主のところに行ってみようか」

 ルーツとサナは依頼主と会うため、受付に向かって情報を聞いた。


「その依頼は3ヶ月前から受ける人がいなくて困っていたところです、ありがとうございます」

 受付嬢がルーツたちにペコリと頭を下げた。


「では、こちらの魔力石をお持ちください。お二人がこの依頼を受けたことの証明となります。また、依頼主の住所はこちらです」

 サナが住所の書かれた紙を受け取り、ルーツたちはその家に行ってみた。貴族の屋敷のようで、依頼を受けたことを伝えると、面会室に案内された。しばらく待っていると、貴族らしい綺麗な身なりの女が部屋に入ってきた。


「よくいらっしゃいました、冒険者様。私はキャサリンと申します。依頼を受けて下さったこと、ありがとうございます」

 キャサリンと名乗ったその女は、この家の次期当主の妹だった。


「ケホダビーのはちみつが必要な理由は、薬を作るためです」

「薬、ですか?」

「ええ。兄の婚約者が病気でして」

 次期当主の婚約者は、この家に住み込みで働きに来たメイドの娘だった。二人は歳も近く、幼い頃から仲が良かった。やがて恋が芽生えたが、次期当主は貴族で、彼女は平民。一緒になるための障壁は大きかったが、次期当主は頑として譲らず、ついに婚約に漕ぎ着けた。


 しかし、婚約者が致死性の難病に倒れたため、婚約が保留になってしまった。隣国の名医に診てもらったところ、薬さえ調合できれば治せるという。その材料の最後の一つ、ケホダビーのはちみつを何としても手に入れたいとのことだ。


「ルーツさんとサナさんでしたね」

「はい」

「あなたたちが依頼を受けてくれたこと、今はまだ兄に言わないで。期待させてダメだった時、兄が悲しみますから」

「お気持ち、お察しします……」

「私も、小さい頃からあの二人を見てきました。家族贔屓びいきですが、本当に素敵な二人。こういう人たちが結ばれないで誰が結ばれるんだと、心から思っています。どうか、お願いしますね」

 キャサリンは再び頭を下げた。


 ルーツたちは、次期当主には会わずに屋敷を出た。


「頑張らないとね……」

「ああ、俺もそう思う……」

 婚約者の二人の在り方が、ルーツの心にも響いていた。何とか助けてあげたいとルーツは思った。



    ◇



 ルーツとサナは転移魔法陣で村に戻り、バートに会うため、雑貨屋に向かった。


「ケホダビー? ああ、知ってるよ。2つ目の転移魔法陣があるだろ? あれで転移した先の遥か南にある大森林に生息している魔物だ」

 バートは転移先の地図を大雑把に描いてくれた。


「ケホダビーは一体だけでも優秀な魔道士一人に相当する魔物な上に、ミツバチと同様、群れで行動する。普通に戦っては勝ち目などない。絶対に怒らせるなよ」

「ああ」

「分かったわ」

「大森林自体が凶悪な魔物の多い場所だが、長老んとこで修行した君らなら、まあ大丈夫だろ。ただ、転移先から大森林まで、遠いぞ」

 バートに言われると、ルーツとサナは顔を見合わせ、ニヤッと笑った。


「それは多分」

「大丈夫よ」

「マジか。君ら一体、長老からどれだけのことを学んだんだよ……」



    ◇



 ルーツとサナは早速2つ目の転移魔法陣に入った。1つ目と違い、2つ目の転移先は林道の一画だ。ここから道に沿って東に向かえば街があるらしいが、今回の目的はそちらではない。


 サナは、周囲に人がいないことを確認すると、右手を前に突き出した。


「いでよ、ルーンドラゴン!」

 その召喚魔法により、翼のある竜が姿を現す。まずルーツがその背中に乗り、サナがその後ろに乗った。


「よし、行こう。風魔法インビジブル」

 たった今、魔力を消費したサナに代わり、ルーツが姿を消す魔法を唱える。そして、ルーンドラゴンは飛び立ち、南に向かって飛び始めた。


「あれだね!」

 サナが右手で指差した。上空に上がってしまえば、遠方であってもその大森林は容易く視認することができた。


 そして、ルーンドラゴンはあっという間に大森林の上まで到達した。


「ケホダビー、探知できそう?」

「やってみる」

 サナに聞かれ、ルーツは探知魔法を大森林に放つ。


「空気の振動、羽音が複数聞こえる場所がある。ここかな」

「さすがルーツ!」

 サナはルーツの後ろから右手を出して来る。ルーツはその手にタッチをした。


 二人は羽音を探知した位置の近くに降り立ち、ルーンドラゴンを幻界に戻した。


「慎重に行こう」

「ええ。他の魔物も出てくるかもしれない」

 ルーツとサナは魔道士用の杖を手に、歩き始める。


「木々に覆われてる割に明るいな」

「木にこびりついているコケかな? あれが魔力で光っているようね」

 ルーツとサナは大森林を観察しながら歩く。人の調査がほとんど入っていない場所らしいから、ここを研究するのも悪くないと、今後のことも語り合った。


「……ルーツ、気づいてる?」

「ああ。囲まれてるな……」

 ルーツが周囲を見回しながら言った。気配を殺して近づいてきている魔物たちがいる。魔法の訓練を積んだルーツとサナだったからこそ、魔力の微妙な動きで察知できたことだった。


 ルーツたちは武器をしまって敵意がないことをアピールすることにした。近づいてきている魔物がお目当ての者たちだと判断したからだ。


「止まりなさい。ここに何の用ですか?」

 森から女性の声が響いた。


「ケホダビーの方ですね?」

「敵意はありません。姿を見せてください」

 ルーツとサナは手を見せるようにして言った。すると、しばしの沈黙の後、羽音が聞こえて、人間の大人の大きさ程度はありそうなハチが3体姿を現した。ケホダビーのようだ。


「先ほど、上空から探知魔法を撃ったのはあなたたちですね?」

 ケホダビーの1体が声をかけてくる。


「はい、そうです……」

「目的はだいたい分かります。はちみつ、ですよね……?」

 ルーツとサナは顔を見合わせた。どう返答するか迷っていると、ケホダビーが続けた。


「はぁ……。たまにその目的でこの森にやって来る人間がいます。大抵は大森林を突破してここに近づくこともできません。しかし、ドラゴンに乗って空から現れたのはあなたたちが初めてです」

「す、すいません、突然押しかけて……」

「いいえ、むしろそんなあなたたちだからこそ、お願いしたいことが……」

「え?」

「とにかく、ついて来てください。我々の住処までお連れします」

 ケホダビーに促され、ルーツたちはとにかく行ってみることにした。


 ケホダビーの住処は、森と一体化していた。人間の済む家とは異なる形状だが、よく見ると木々に家らしき物体が作られている。


「こちらが、我々の女王です」

「うわぁ……」

「お、大きい……」

 紹介されたケホダビーの女王は、先ほど乗ってきたルーンドラゴンよりも巨大だった。報告を聞いた女王は、ルーツたちに話し始めた。


「はじめまして、人間のお二人。普段はここに辿り着いても、余程のことがない限りはちみつを与えることはないのですが、今は事情がありまして。協力してくれたら、代わりにはちみつをお渡ししようと思います」

「協力、ですか?」

「ええ。実は……」

 女王によると、凶暴な火竜が大森林に住み着いてしまい、ケホダビーの縄張りが荒らされているという。どうやらルーンドラゴンの力を借りられないかと考えて、話を持ちかけて来たのだった。


「これも、人助けの一種、だよね?」

「そうだな、うん」

 サナとルーツは頷き合い、ケホダビーに協力することにした。


 ケホダビーの兵隊バチ5名と共に、火竜のいる場所まで移動する。火竜は岩壁の上で眠っていた。サナは再びルーンドラゴンを召喚し、ルーツと共に火竜の前まで飛び立つ。すると、火竜はその気配で目を覚ました。


「グァァァァアアアアア!!」

 目の前に自分と違うドラゴンが現れたことに驚いたのか、火竜は炎を吐きかけて来た。ルーンドラゴンは反応し、口から青い炎で応戦する。炎同士がぶつかって辺りに四散し、ついて来たケホダビーたちや、近くにいた動物や魔物が慌てる声が聞こえた。


「木々に燃え移っちゃうわ! ルーツ、上空に行こう!」

「分かった!」

 ルーツはルーンドラゴンに合図し、上空に上がった。火竜も激昂してついて来る。


 ルーツとサナはルーンドラゴンの上で立ち上がると、魔道士用の杖を手に取り、そして火竜に向かってジャンプした。二人の武器から魔法が飛び出し、火竜にぶつかる。火竜は怯んで距離を取った。


 ルーツたちは落下中に、ルーンドラゴンに向かって手を出すと、身体がそちらに戻り始めた。ルーンドラゴンの背中に刻んでおいた呪文の効果だ。二人は背中に戻り、再び飛び出してアクロバティックな動きで火竜を攻撃する。ルーンドラゴンも青い炎を吐きかける、3者によるコンビネーション攻撃が続く。


 無我夢中の動きで3者を撃退しようと腕やしっぽを振り回している火竜だったが、ルーツとサナは空中でも微妙に風魔法を使って動きにフェイントをかけているので、上手く避けている。


 しかし、ついにしっぽの振り回しがルーツに直撃した。


「ぐっ!?」

 ルーツは喰らった攻撃にうめきつつも、地面に落下しないためにルーンドラゴンの方向に手を伸ばそうとしたが、ルーンドラゴンの方がルーツに向かって飛び、背中で受け止めてくれた。サナも合流する。


「ルーツ、大丈夫!?」

「あ、ああ……」

 ルーツは心配するサナを制するように手を上げ、再び立ち上がる。ケホダビーたちもルーツの側に来た。


「む、無茶しすぎですよ、お二人とも!」

「空も飛べないのにあんな動き!」

 ケホダビーたちは口々に言う。


「俺たちの心配はおいといて! 今は火竜を!」

 ルーツとサナは再び火竜に向かってジャンプする。


「ああ、もう! 我々も加勢します!」

 ルーツたちを見かねたのか、ケホダビーたちも魔法で火竜を攻撃し始めた。ルーツとサナはたまに攻撃を被弾したが、魔法による防御力アップが効いていて、火竜の攻撃といえど数発では致命傷にならない。しかし、徐々にダメージと疲れが蓄積し、二人とも肩で息をしていた。


「く……。硬い」

「ドラゴンだものね。さすがに強い……」

 しかし、火竜も追い込まれて来ているようだった。ルーツの目にも、火竜の動きが消極的になって来ていることが分かった。だからルーツたちは攻撃の手を緩めない。


 そしてついに、火竜は咆哮を上げて、遠くに飛び去ってしまった。


「逃げた……?」

「これで、大丈夫……なのか?」

 サナとルーツがルーンドラゴンの背中で膝をついて息切れしながら言った。


「大丈夫でしょう。ドラゴンは縄張り意識が強い。きっと、彼もこの地域は自分の縄張りではないと認めたはずです」

 ケホダビーのその言葉を肯定するようにルーンドラゴンが唸る。


「じゃあ、上手くいったんだな……」

「良かったぁ……」

 二人は、ルーンドラゴンの背中で崩れ落ちた。ケホダビーたちが慌ててルーツたちの身体を支える。ケホダビーたちは、ルーツたちを住処に連れて行った。


「ルーンドラゴンの力を貸してくだされば良かったのに、お二人まで戦うなんて……」

 女王は、呆れた様子で言った。


「でも、ありがとうございました。約束通り、はちみつはお渡しします」

「ありがとうございます!」

「良かった、これで……!」

 怪我がひどいのでしばらく休んでいくべきだと女王は言ったが、ルーツたちは帰路につくことにした。


「ふぅ、無茶な冒険者ですね、お二人は! ですが、気に入りました。もし、あなたたちに困ったことが起こったら再び訪ねていらっしゃい。きっと、力になります」

「はい!」

「さようなら!」

 ルーツたちはルーンドラゴンに乗り、ケホダビーたちに手を振りながらその場を後にした。


 マーリの街に戻り、はちみつをキャサリンに届けると、キャサリンは泣いて喜んでルーツたちにお礼を言った。


 後日、ルーツたちは改めてキャサリンの兄である次期当主に会いに行った。そこには健康を取り戻した婚約者の姿もあった。


「今度、結婚式を挙げるんだ。彼女の命の恩人である君たちにも招待状を送らせてもらうよ」

 次期当主はルーツたちにお礼を言い、婚約者と手を繋いで部屋を出ていった。


「ね、仲良いでしょう、あの二人!」

 キャサリンが嬉しそうに言った。そのままサナと一緒に女子トークを繰り広げる。


「幼馴染か……」

 ルーツが呟いた。仲睦まじく結婚までこぎつけたキャサリンの兄とその婚約者。羨ましいと、素直に思った。ルーツの想い人もまた、幼馴染なのだから。

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