第9話

重たい体を引きづりながら何とか地上階までやってきた。だんだん意識も遠くなってきている。もうやばいと思ったその時だった。


「エリック!! 大丈夫か?」


 倒れ掛かった俺を支えてくれた誰かの声が聞こえてきた。視界は霞みがかってきてもう見えないがこの声の主は常に一緒にいてくれた――――


「じいちゃん・・・か?」


「仕事中は師匠と呼べと何度も言っているだろうが・・・いや今はそんなことを言っている場合ではないか。何があった? その娘は誰だ?」


「えっと・・・何から説明すればいいか・・・」


 いつもと変わらぬその物言いに安堵を覚える。説明をしようと口を開くがなかなか言葉が出てこない。


「おいエリック――――しっかりしないか――――エリック!!」


 俺を呼ぶ爺ちゃんの声が段々遠くなっていく、そして意識がプツンと途切れた。



うっすらと目を開けると見えたのは見慣れた天井。体がだるく寝起きだからだろうか頭の中もハッキリしない。


「えーと、何か記憶がはっきりしないな…。とりあえずはウチみたいだけど」


見慣れた自分の寝床だというのは分かっていても寝る前に何があったかが中々思い出す事が出来ない。何故だろうか。

とりあえず重い体を動かして何とか上体を起こす。全身の節々が痛い。こんな状況に陥るのは本当に久しぶりなような気がする。


「ーーーッ」


ようやく座る体勢までもってこれた瞬間に悲鳴をあげそうになるほどの痛みに襲われる。

痛みの出所は右腕からのようで焼けるようなズキズキとした痛みが継続して続いている。

グッと奥歯を噛んで痛みを我慢して思わず閉じてしまった目を開き右腕へと視線を向ける。


「何なんだよ…この痛みーーーえっ」


視線を向けたその瞬間に痛みすら忘れて固まってしまう。視線に飛び込んできたのは裂傷は火傷などで傷ついた己の右腕。これでは痛むのは仕方がないと言えるが固まってしまったのはそんな理由ではなくーーー己の右腕に巻き付いた『鎖』を見たからだった。


甦る記憶。試験当日に何が会ったのか。遺跡の隠されていた地下、黒い鎧を纏った男達、地下で見つけ今も自身の手にある謎の銃らしきアーティファクト、それに関連した謎の声。そして最後に自分が守り通したはずの謎の少女の事。


「あの娘は!ーーーあっ」


慌てて寝床から飛び起きる。そして見回した部屋の中に置かれたもう1つのベットが目に入る。そこで寝ている人影を覗き込めばそれは間違いなくなくあの少女だった。その体は呼吸によって確かに上下していて。


「…良かった夢じゃないちゃんと守ることが出来たんだ。…にしても。」


心の底から安堵が広がる。無事を確認出来たことで次に込み上げてきたのは呆れからくる苦笑だ。


「まだ眠り続けてるとか、まさか童話に出てくる眠り姫じゃあるまいし…」


未だに眠り続けてる少女を見て小さな頃に聞いた童話を思い出す。夜眠れなかった幼少のあの日に祖父が慣れない様子で読み聞かせてくれたあの童話では確か…。


「たしか、王子様の口づけで目覚めるんだったか…」


気づけば眠る少女の顔へと視線が向かう。眠り続けてる綺麗な顔で…静かに呼吸を続ける唇に視線が止まる。だがそれは一瞬のことで。


「って俺は王子様って柄か何かじゃないし何を馬鹿な事を考えてたんだよ俺はっーーーってぇ~」


自分の馬鹿な思考に気づいてそれを打ち消すように文句を口にしながら慌てて視線を反らす。その時に勢いよく上体を上げたせいか激痛が全身を襲う。どうやら焦りによって感情が昂って忘れていた痛みが少女の安否を知ったことで振り返してきたようだ。



「目が覚めたのかエリック?」


痛みにうずくまっていた俺の耳に聴こえてきたのは祖父の声。

顔を上げると相変わらずのしかめ面の祖父の顔が目に入った。


「どうした大丈夫か?」


「ああ、大丈夫、大丈夫」


見飽きたとも言えるその顔を見て沸き上がってきたのは安堵感。死の淵に瀕してから何とか抜け出せたと実感が沸いてきた。


「みた感じ大丈夫そうには見えないがな。ん?何だか顔が赤くないか?」


「え、そんなことねーよ!!」


ジーンとしていた感情が表に出てしまっていたのか。恥ずかしくなって慌てて取り繕う。


「なんだーーーさてはお主…」


そんな俺を見て祖父の奴は何を勘違いしたのか妙な事を言い出した。


「可愛い娘が寝てる事を良いことに妙な事をしようとしていたわけではあるまいな?」


「はあ!?」


突然のその言葉にすっとんきょうな声を挙げてしまう。それとともに頭を過ったのは先ほどのバカな考え。顔が赤く染まるのが自分でも解った。


「赤くなったな…もしや本当にーー」

「んなわけねーだろくそじじぃ!」


疑いの目を向けてくる祖父の言葉を怒鳴って遮る。冤罪だ! 妙なことなどしていないどころか指一本すら触れていない。


「そうか。冗談はこれくらいにしてーーそれだけ騒げるならば体の方は大丈夫そうだな。それでだが…その娘が誰なのかワシにも分かるように説明してもらえるのだろうな?」


「ーーーうっ!」


突然に真顔になった祖父の問いに言葉が詰まる。要は突然に連れてきた彼女が何者なのかを聞きたかったということだったのだろう。


彼女が何者なのかまだ自分でも把握できていない。一から事情を説明するのにもどこから説明すればいいのか分からなかった。


「ワシが持ってこいといったのは石だったはずなんじゃがな? どこぞのお嬢さんを連れて帰って来たと思えば大ケガで倒れおってからに……心配したぞこのバカ孫が…」


祖父が俺を抱きしめながらそんな言葉を呟く。ここに来てようやく解った。祖父にもかなりの心配をかけてしまっていたのだ。


「ーーーただいまじいちゃん」


「無事で何よりだエリック」


探索者という仕事柄、死の危険とは隣り合わせであり、そのことは祖父の指導の中で何度も言われていたことだ。探索者となった以上に人知れず死んでしまうことだってあり得る。


だがそれを知っていても、師匠としての立場と祖父としての立場は別物だったようだ。ただ一人残る肉親だから余計にそうなのかもしれない。だからこそ師匠として当たる時は殊更厳しかったのだろうか。今はそう思えた。


――――ふと気配を感じて振り向く。


「あ――――」


 するとそこには先ほどまで寝ていたはずの少女がいつの間にか上半身を起こしていた。その視線は窓からどこか遠くを見つめている。


「ここは?」


 何と声をかけようかと迷っているうちに聞こえてきたのは少女の呟き。透き通るような綺麗な声。ただ何故か違和感も感じる。


「行かないと――――待ってる――――」


 そうまるでその声には感情が感じられないのだ。意志を示している言葉のようでしかしまるで機械的な言葉のようで―――。


「待っている? 誰が待っているって言うんだ? えっと名前は確か…リリィだったか?」


 名前を呼ぶと彼女が振り返る。


 この時になって俺は初めて彼女の顔を正面から見た――――そして言葉を失ってしまう。出会った当初から綺麗な娘だとは思っていたけれど先ほどまで閉じられていたその瞳が開かれたというだけでさらに綺麗になったように感じる。


 ふと気づく。振り向いたその瞬間に見えたその綺麗な瞳、だがそこに感情の光が見えない。しかしそれは一瞬のことだった。瞳をぱちっと一度瞬きしたかと思えば何やら眠そうな瞳へと早変わりしてしまう。そして再び呟かれる言葉。一度目はよく聞こえなかったのだが聞き返してみると。


「・・・・・・おなかすいた」


「はあ!? そ、そうかおなかがすいた…と?」


 まさかの空腹を訴える言葉だった。先ほどまでの神秘的とも言っていい雰囲気はいつの間にか消えてしまっている。突然の変化についていけずに混乱しているとさらに少女、リリィは言葉を繰り返す。


「おなかすいた・・・」


「わかったよ! 今何かとってくるからちょっと待ってろ!」


 少し非難がましい視線を向けてくるリリィにさすがに俺も折れた。何か食べ物を取ってくるか。


 まるで村に住んでいるダメな妹分の少女の相手をしているような感覚で少し笑ってしまう。まあ先ほどの全く感情の感じられない言葉よりは多少マシかもしれない。相変わらず感情が希薄ではあるんだけど。

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