第8話

 ――ここはどこだ。俺はどうなった? それよりあの娘はどうなった?




 気が付けば左右も上下すらわからない暗闇に一人たたずんでいた。そんなわけがわからない状況のままで頭の中に突然声が響く。


『―――――守りたいですか?』



それは己の意志を問う言葉。


初めて聞くはずなのにどこか懐かしさを感じるその声は誰か女性のものか?


『何を』とは問わずともそれが指す相手はわかっていた。浮かぶのは暗転する前のいまだ眠る少女の姿、なぜあったばかりの少女にここまで拘るのか自分でもわからない。それは突然芽生えた使命感からくるものか、あるいはそれ以外の感情によるものか。


―――――もしかしたら一目見た瞬間に××したのかもしれない。




『――――生きたいですか?』



 続けて問われたのは自身の生存意志。そんなのは生きたいに決まっている、何故か今は少女の生存を第一に考えてしまっているが、それでも生きたいことに変わりはない。探索者として成功したい、金持ちになりたい、幸せになりたい、野望も願望もある。師匠である祖父の姿、友人たち、村の仲間、また会いたいと思う人もいる。そんなのは決まりきっている。





『そのために危険に立ち向かう覚悟がありますか?』


『戦い続けることを誓えますか?』


『覚悟があるならばこの光を掴みなさい』



 いつの間にか頭上へと光が浮かんでいる、温かく、眩く、どこか畏怖を感じる光。


 自らの心の振り返り、覚悟が決まる。この謎の声が『何』を問うているのか薄々ながらもわかっていた。


 訪れるであろう困難を分かった上で光へと右手を伸ばす――――それを掴んだ瞬間に周囲が輝き意識は再び暗転する。最後に先ほどとは少し異なった声を聞きながら―――。


『―――契約完了。貴方を我マスターと認めます』


 

 地面の感触、伏せる自身の体と痛、近くから感じる敵意、少女の姿、謎の空間から現実へと戻ってきた。


「ん?――――なんだ?」



近くにいた男の驚く声が聞こえてきた。男の視線が向いているのは己の右手と『銃』先ほどとどこか似た光を放っていた。


そして頭の中に響く声。質問を投げかけてきた声ではない、最後に聞いた声と同じ抑揚のない女性の声だ。





『ーーー第一級保護対象の危険を感知、及び契約者の意識低下を確認。契約者の自由意志での戦闘継続は不可能と判断、よって緊急シークエンスを発動します。』


 いつの間にか自分の体が起き上がり剣を振り下ろそうとしていた男から距離を取った。自分の意志ではない、勝手に動く自らの体を外から眺めてるような感覚。


 そんな中でも意識だけははっきりして、続けて響く謎の声。



 


『対神滅兵装No.VIIグレイグニル起動。各種機構再チェックーークリア。一度の戦闘に問題なし。各種ナノマシンフル稼働ーー完了。』


 体が熱い、怪我を負った個所が熱を帯びている。自らの意志で動かすことは出来ないのに感覚だけは伝わっていた。しかしそれもすぐに断ち切られた。


『第一級守護対象の保護を最優先、そのため契約者の優先保護を一時的にランクダウンしますーーー緊急時における優先事項変更完了、神経伝達および痛覚神経掌握完了。リミッター解除。』


『フルリンクーーー問題なし。戦闘データフィードバック完了。戦術データリンク及びラプラスシステムによる行動予測完了。セーフティ解除。』


『これより敵性対象の排除を開始します。』



自分の体が動き出す。自分の意志が介在しない状況で――――。


 一瞬の内に視界の風景が変わる。目の前に現れたのは対峙していた男ではなくその仲間たち。


「なっいつの間に!!」


 いつの間にか接近されていたのだろうか――――否、近づいたのは自分自身。本当は強化された視覚によってすべて解っていた。


 己の背後にはいまだに眠る少女の姿がある。つまり対峙していた男をもすり抜けて一瞬の内に少女との間に割り込んだのだ。

 その距離にして50メートル程は離れていたはずのものを一瞬でである。もはや人間業と思えない速度、それを自分の身体が出していた。


身体強化? 銃の効果か―――それなら体が勝手に動いているのもそうなのか?


 心の内に疑問が浮かぶ。この突然の身体強化があの『銃』によってもたらされているのは漠然とながら解かっていた。多分この操られているような感覚も銃によるものだろう。


恐怖や困惑が心を満たしても表情が変わることはない、完全に体の制御は俺の意志から離れてただの傍観者となっていた。


 驚愕の表情を浮かべる男たちが我に返り攻撃へと移ろうとする―――が、その前にすでに俺の身体は動き出していた。銃の一部でもある鎖を掴むとそれを男たちへと投げつける。飛んでいく鎖の先には十字の錘が付いるようだ。鎖が3人にまとめてからみつき動きを縛う。そしてそのまま鎖を引くと少女から離れた場所まで投げ飛ばした。


それを見届けることなく今度は視界が180度回転する。視界に飛び込んできたのは対峙していた男だ。無視された形になった男は怒りの表情を浮かべている。


「貴様!!」


―――――ガキンッ


金属のぶつかる音が響く。目の前で交差するのは俺の持つ鎖とリーダー格の男が振り下ろした剣。そのままつばぜり合いになった。


 相手の動きはやはりいまだ強化されているようで先ほど歯が立たなかった時と全く同じ動きのように見える。しかし今度は渡り合えている、それどころか先ほどの自身の速度を考えると遅すぎると感じるほどだった。


つばぜり合いが続くなか、少し隙をみて鎖で相手の剣の動きを封じるとその剣の側面へと銃口を突きつけた。


『破砕弾生成、装填完了』


頭にまた声が響くなか引き金が引かれるーーガキンッ響く衝突音と金属が砕ける音。ゼロ距離で放たれた弾丸が相手の剣を砕いたのだ。先ほどまで全く使えなかったはずが今は使用可能になっている。


「ぐぅっっ」


その衝撃によって男との距離が開く、今度は銃口を男へと向けて引き金を引いた。発射された銃弾は相手の胸元へと真っ直ぐに向かうが相手の鎧を貫くことは出来なかった。剣と違って鎧には強化がされていたためだろう。


「おい、もう一対一などと悠長なことは言っていられん。お前らも『加護』を使え!!」


「「おう」」


 男が仲間と声をかけると他の仲間たちも『神よ』とつぶやき先ほどの男と同じように光を纏った。全員が強化されたと間違いないだろう。しかも今度は武器までにその光が及んでいる。つまりは銃弾が聞かない可能性が高い。


男たちが俺を取り囲む、どうやら俺の動きを封じるつもりのようだ。速さがあっても動きを封じ込めれば問題ないと考えたのだろう。


『神の力の欠片を感知―――』


内心で嫌な汗をかいたその時、また頭の中で声が響いた。


『現在生成可能、特殊弾は一発のみです。次の攻撃での決着を推奨します――――生成完了まで残り30秒』


 その声を聞きながらまた俺の身体は動き出していた。取り囲んでくる相手の内の一人へと突っ込み他の相手を銃を連射しけん制しながらまた鎖を投げつける。


無論相手にダメージを与えられている様子はない、その目的は隙を作ることだったようだ。動きを封じた一瞬で相手の頭上を飛び越える。



そして振り返れば敵は一塊だ。距離を詰めつつあったのだから当然だろう。



――――丁度今で30秒。持ち上げた銃をみて内心で驚く。


「何だそれは!!」


男もまたその異変へと気づいたようだ―――それは何か。


 男たちへ向けて振り上げた『銃』の形がいつの間にか姿を変えていたのだ。銃身が変化して今では二倍ほど長さと化し電撃を纏っているようだ。


『対神特殊弾生成完了――――モード『#電磁加速砲__ルビ_レールガン_#』。発射スタンバイ』


 響く言葉を聞きながら引き金へと指をかける。この時、俺はこの一撃で全てが終わることを悟っていた。


「や、やめろ! やめてくれ」


突然に男が悲鳴をあげる、この一撃が秘める威力を悟ったか。


その悲鳴を聞いて俺が思ったのは一つ。ここまで来て何を言っているのか――何故かこの時だけは口の自由がきいた。もはや告げるのは別れの言葉しかな浮かばない。


「今更何を言っているんだ? これで終わりだ、さようなら」


 言葉とともに引き金を引く―――ドンッ


 銃口の前に浮かんだのは魔法陣。銃から放たれた弾丸は一条の光となりそれが魔法陣を通過して増大される。それは巨大な光の奔流と化した。


 光で視界が埋め尽くされるその寸前、男たちの姿が光にのまれ消え失せるのがみえた。


「・・・これで終わったか」


 小さく呟きながら、目の前を見つめる。回復した視力が捉えたそこは何もかもが消え去っていた。どうやら少女が眠っていたあの小部屋すらも巻き込み破壊してしまったようだ。遠くに見えるのは岩肌、そういえばここが地下だったことを思い出した。


「早く脱出しないと崩落するかもしれないな、急がないと・・・」


 崩壊した方向で横たわる少女に近づき状態を確認する。

どうやら無傷なようでほっと安堵した。

 

不意にその場に倒れこみそうになる。そういえばいつの間にか体の自由が戻っていた。体が重く今にも倒れそうだ。

 先ほどの現象に関して困惑や疑問はある、だがそのおかげで敵を倒すことが出来たのだ。せっかく拾った命を崩落に巻き込まれて失うなんて馬鹿らしいだから今は考えないことにした。


なんとか足を動かして少女を背負うと背中から少女の鼓動が伝わってくる。生きているという確かな証を感じたことで改めて守れて良かったと実感する。またそれと同時にいまだ眠ったままな少女に気づき少しの苦笑が漏れる。


「まだ起きないとか、どれだけ寝坊助なんだ?」

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