第8話 あらたなかたち

 港区警察署にて

 「今日はこの配置で警戒態勢を敷く。準備が出来次第直ちに所定の場所につけ」

 あの衝撃的なデモ事件はまだ始まりに過ぎなかった。あの事件以降ロボットによる殺人事件は増加している。もうこのような状態ではロボットの個体ごとのバグではなく、PAPUCOシステム自体に問題があると考える必要がある。早急にシステムを止める必要があるが、現在公共交通機関を始め社会全体がシステムに依存している。一日でもシステムを止めればどのような影響が出るか計り知れない。一番に思いつくのは緊急医療を必要としている人達を死に追いやってしまうかもしれない。このシステムの問題をどのように対処するか、その最終決定権をもっているのは政治家だ。被害拡大を防ぐためにも迅速な対応が必要なのだが、彼らは未だ対応策を出せていない。責任を負いたくないからこそ、答えを出すのを先延ばしにしているようにも感じられる。

 「南さん。全員所定の位置についたようです。」

 「わかった。」

 新人研修は一時休止状態で、今私は現場監督の役についている。基本警察署に常駐し何かあれが指示をだす。常に気を張っていなければならないが、現場よりは手持ち無沙汰になりがちなのは事実であり、担当区域で事件がなければ特別負担がある仕事ではない。私がこの役についたのは指揮経験もあるだろうが、高齢であることも考慮されたのだろう。私としては今の若者よりも体力も筋力も負ける気がしないほど元気だと思うのだが、周りの気遣いを無下にする気もない。

 12時になったので、昼ご飯を取ることにした。指令デスクの部屋を離れるわけにはいかないのでおにぎりで済ますことにした。この時代になってもその座を譲らないおにぎりという食事には敬意を払わなければなるまい。と思いながらおにぎりを口にしようとしたその瞬間だった、叫び声が指令画面から聞こえた。すぐに画面を確認すると警官がロボットに刺されているのが目に入った。

 「緊急対処プランA展開!」

 私はロボットを即座に破壊する必要があると判断し、緊急指令を出した。プランAとは対ロボット専用の電波銃の即座発砲許可でもある。警官の発砲と共にロボットはその場で機能停止した。

 「救急車は既に手配した。緊急救護をおこない、全力で助けろ!」

 「がああ!!」

 二度目の叫びだ。別のロボットがもう一人の警官を襲っていた。

 「救護中の2名以外の警官で即時発砲せよ!」

 「了解!」

 すぐにロボットへの発砲がなされた。

 「二人を死なすんじゃない!」

 私は画面を見ながらそう叫んでいた。


 二人はすぐ病院に運ばれたが、助かることはなかった。

 「先生。お世話になりました」

 二人のそれぞれの担当医に挨拶をしたときに意識を取り戻したかのように感情が戻ってきた。私は突然のことで一心不乱に対応していたため、自分でも何が起こっているのか理解を追いついていなかったのだ。あの後適切な対処をし、夜になり担当交代後に病院に挨拶しにきたことを今思い出した。

 病院からは署に直行すれば、新たな仕事があるだろう。少しの休憩時間を貰ったが、挨拶も済ましたし、すぐに署に戻ろうとした。その時ふと自販機が目につき、コーヒーを一杯飲んでから戻ろうと思い、ブラックコーヒーを手に入れ近くのベンチに腰をかけた。

 報告をまとめて次にこうして。署で何をするかを考えていると、だんだんと頭の中がぼやけて真っ白になってくる。その何もないような頭の中に突然映し出されたのは、警官の死の瞬間と彼らとの思い出だった。仕事中に意識しないようにしていた分の感情が、今になって溢れてくる。

 「ああ。ああ。ああ」

 私は真っ暗な夜に人気のないベンチで静かに嗚咽した。


 どれくらい時間がたっただろうか。すこし時間を取りすぎたかもしれない。気持ちを切り替え速足でもどった。そして警察署が目に入ったころ信じられないことが起きた。目の前の警察署が突然爆発した。数秒後には跡形もなくなっている。理解が追いつかない。自分が足を止めていることを意識してからやっと近くで確かめなければならないと思い、足を動かした。署まで500メートルといったところでは警官とロボットの戦闘が起きていた。ロボットが集団をなして襲い掛かってくる。警官は拳銃をもち応戦するがロボットの数が多すぎる。警官側が統率が取れていないことに気が付くと、私は大声でこういった。

 「隣の警官同士で交互に射撃しろ。射撃していな者は仲間が打つ間に撤退する。それを繰り返せ!」

 なんとかその後は犠牲を出さずとあるシェルターに撤退することに成功した。そのシェルターにある市中監視カメラの映像からは火の海になる我らの街が映し出されていた。ロボットが人間を殺すために手段を選ばなくなっているのだ。

「市民の避難誘導を開始する!四グループに分かれ各地域のシェルターに市民を逃がすのだ!暴走したロボットは見つけ次第破壊。発砲許可はいちいち待たなくていい。今は異常事態だ。適時自らが最善だと思う行動をしろ!市民の命が第一という気持ちの元に行動するであろう君たちのこれからの行動の結果が仮に後に問題になるとしたら、全部の責任は私が取る!さあ行動開始だ」 

 元々の人数が少ない事もあり私たちのグループは4人で動いている。シェルターへの道を確保し市民を避難させようとするが、突然のことなので市民はパニック状態に陥っている。多くの叫び声と怒号が交差する中で誘導するのは非常に困難である。いつどこからロボットがやってくるかはわからない。その恐怖がこの街を支配している。遠くでは爆発の音が響き渡り、よりその恐怖を加速させる。時間が経つにつれて街を覆う炎は大きくなっていく。人々は怒りや悲しみを置いていくほどの恐ろしさに身を包みだんだんと叫ぶことがなくなった。そのことは誘導する側としてはチャンスであり、なんとか表に出ていた人々は全員収容することができた。

 次の仕事はまだ屋内にいて避難できていない人たちをシェルターに連れてくることだ。しかし、この仕事をロボットが襲ってくる中で行うのはかなり危険だ。その時に周りの三人の顔をみた。私は全員が新人の頃だった時のことを思い出した。その後に覚悟を決めた。

 「私はまだ避難できていない人たちを探してくる。君たち三人はシェルターでの安全確保、または雑務を担当してもらう」

 「わかりました!」

 最初に返事をしたのは高田だ。彼は35歳。昔から指令にちゃんと従ってくれるまじめな奴だ。明るい性格で署のメンバーといる時はみんなを元気にしてくれる。

 「そんな危険な仕事、南さん一人に行かせられません」

 彼女は依田。いつもはおとなしいが頭脳明晰でその落ち着きで多くの人々を助けてきた。だからこそ、私の覚悟を見抜いたのかもしれない。

 「シェルターないでは食糧の配給や治安維持が必ず必要になる。三人では足りないほどの仕事をさらに困難にすることはできない」

 彼女が私を止めるかもしれないと思っていたので。正論をぶつけることにした。このシェルター内の仕事の必要性を否定できないはずだ。

 彼女はしばらくの沈黙の後にわかりましたといつもより小さな声で答えた。

 「お気を付けて」

 彼は篠原。多くの人は篠原には特徴がないというほど普通の人である。しかし、彼の街の安全を思う情熱は共に居る時間を過ごすと伝わってくる。俺の後を継ぐ人間が署にいるとするならば彼だろうと確信している。顔の表情から説得はできないことを悟ったことを感じさせる。

 「私もいつかあなたのようになりたい」

 これが彼の口から出たことが私の心臓を揺らした。


 三人とは別れ街の中心部へ走る。携帯しているのは電子銃一丁のみ。これもいつ電池切れになるかわからない。

 「うわーーー!」

 子供の声が聞こえた。それだけの僅かな手掛かりを頼りに声の主を探す。走り回りやっと見つけた時に見つけた先にあった光景は子供を抱える母親がロボットに後ろから刺される瞬間だった。ロボットが持っていた刃物は長く、母親の体を貫通して子供も貫いている。

 「うおーーーー!」

 すぐにロボットは破壊した。母親は即死したが、子供にはまだ息がある。だが、致命傷であることが明らかだ。

 「おかあさん」

 もう途切れてしまいそうな声で母親にすがる子供を引き離し、病院に運ぶという選択肢が頭に浮かんだ。しかし、助かる可能性が低いなら最後まで一緒にいさせてやるべきかもしれない。そう思った時には子供も死んでいた。この二人を弔ってやりたかった。しかし、まだ助けられる人たちがいるのならと走り出す。心が痛い。涙が止まらない。でもこの足を止められたい。止めちゃいけない。瓦礫と炎に包まれた街を平和にもう一度もたらすために。俺がすべて守る。

 埃がまう世界で人間がたった一人で走る姿を、はたしてロボットはどう見ているのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る