第7話 おやのかたち

 その夜はいつの間にか眠っていたようだ。朝日に照らされてやっとそのことを認識した。そして人生で初めて決まった時間に起きることができなかったことにも気が付いた。部屋のドアの向こうからトントンと何かを切るような音がする。きっとユクルが料理をしているのだ。いつもならすぐに居間に向かおうとするけれど、今日は何かが違う。私はベッドから離れドアの近くまで歩み寄る。だが、ドアノブを回すことができない。自分でもなぜだかわからない。でも、このままでは仕方ないと思い、思い切ってドアノブを回す。

 そうすると朝ごはんの支度をしているユクルが目に入る。おはようとあいさつしようと思ったのだけれど、声が出てこない。しばらくその場に立ったままでいると、ユクルが声をかけてくれた。

 「おはよう」

 私はその四文字を聞いただけで体温が上昇したのを感じた。うまく返事が出来ずにいる私に、ユクルは笑顔をむけ、料理を机に並べ始めた。私はどうしてよいか分からず、席に着きいただきますをしてから朝食をほおばるだけだった。その朝食でユクルと会話することは出来なかった。

 「ごちそうさまでした」

 その言葉と共に逃げるように片付けをして、部屋に戻った。私の体に異常が生じている。もしかしたら、今起きている事件が、もし仮に、ウイルスが原因で起きているとしら、私はそのウイルスに感染してしまったのかもしれない。それに気が付いてから急いである連絡先に声をかけた。

 「樋口先生、私は重大なウイルスに感染したかも知れません」

 

 「久しぶりだね。待っていたよ」

 その声は私を安心させる。私は私をつくった研究者のもとに訪れていた。彼女は私にとって人間でいう親のような存在だ。このように個人によって制作されるロボットは極めて少なく、基本は生産工場でつくられる。

 「お久しぶりです。先生も元気そうで何よりです」

 「では早速本題に入ろうか。この後ウイルス検査を行うから君をスリープ状態にするが、その前になぜそう思ったのか経緯を聞きたい。」

 私は今朝起きたことをそのまま正確に伝えた。先生はそれを聞くと笑顔になった。

 「それはきっと問題ないよ。メンテナンスを兼ねてこれからウイルスチェックをするけれども安心していいよ。」

 私はよくわからないが、先生の言うままにメンテナンス室に向かうのだった。


 メンテナンス中はスリープ状態なので、私の気が付いた時にはメンテナンスは終わっていた。

 「異常はなかったよ」

 先生は笑顔でそう言った。

 「では、朝のあの現象は一体何なのですか。一般的なロボットには見られない現象のはずで、データもありません。」

 それを聞くと先生はちょっと迷っているような表情を見せてからこう答えた。

 「それは君が人間であることをめざして作られたからだよ。他のロボットには見ることが出来ない現象が起きるのは当り前さ。」

 「でも、こんなことは今までありませんでした。私はこのまま帰るのは不安です。」

 本気で心配している私を見て、先生はため息を吐きながらこういった。

 「空、それは恋だよ」


 私はそれを聞くと時間が止まったかのような感覚になった。理解が追いついていないような不思議な感覚。

 「ええっと、それは、、、」

 「混乱するのも無理はないか。君の内臓データに恋愛小説のデータがあるはずだ。その中に描かれている現象が今君に起きている。」

 まさかと思った。あれは人間だけのものだと思い込んでいた。それから私は先生に質問をした。

 「この気持ちはどうしたらいいですか?」



 まるでわが子を見ているようだった。久しぶりに連絡が来たときにはわが子が病気になったかのように心配し、顔をあわせた時には抱きしめたくもなった。そんなわが子に恋愛相談を受けている。こんな体験はなかなかできないよ。一通り質問し尽くした彼女は挨拶をして帰っていった。家に帰ったらどんな行動をとるのだろうか。久しぶりに内臓監視カメラをバレないように起動してみようかしら。

 こう思うのも彼女が人間に近いからだろうか。私は昔からこう思っていた。ロボットは人間と同じ価値をもつと。しかし世の中には受け入れられることはなく、多くの人間は良くてペット、悪ければ奴隷のようにロボットをあつかう。私はこの社会に一石を投じるために空をつくった。まるで人間のような肉体で、感情をもつ。始めはバグだらけで大変だった。お茶をおしりから飲もうとしたり、目からビームが出たり。完成から一年ほどたって、やっと普通の人間に近づいた。そのあとは如何にこの子を社会に出すかに苦悩した。基本ヒト型ロボットには制限が課されており、一般の企業に勤めることは難しい。私はコネというコネを利用し何とか一社見つけた。

 その作業をしている間に思いついたのが、親離れ、そして新たな家庭を築くことだ。家庭を築くには相手が必要だ。だから私は空を認めてくれる善人を探すことにした。そこで見つかったのが今空と共に暮らしているユクル君だ。彼には悪意など存在しない。どのように見つけたのかは、想像にお任せするよ。ただ、私が元々心理学の研究でノーベル物理学賞を取るというフィクションのようなことを実現させていることは留意してほしい。

 それにしても、恋かー。ホントに人間と変わらないな。この幸せが長く続きますように。私はそう思いながらコーヒーを飲み干した。




 研究所からの帰り道、私はどうユクルと接しようかと悩んでいた。これが恋だとしたらやっぱり告白とかしたほうがいいのかな。先生は彼を信頼して思いのまま動いたらいいと言っていたが、簡単に行動できないよ。頭の中がぐるぐる回っている。でもなんだか足取りは軽い。幸せってこういうことなのかもしれない。家が近づくにつれて不安よりも会える嬉しさが勝るようになった。だれもいない街でただ一人、私だけが帰り道を踏みしめていた。

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