第6話 きみのかたち

 トントントントン。私は包丁でネギを切る。ユクルが好きな味付けも分かってきたし、時間があるときはいつも私が作るんだ。彼の喜ぶ顔が見たいもの。あれから事件が止まることはない。どんどん件数も増えている。その影響で私の会社はロボットの利用は休止することになった。全社会的にも同じような対応をするところが多いらしい。もちろん、こんな事件がはやく終わってほしい。でもより多くの時間をユクルと過ごせるのはとてもうれしいのだ。私は悪いロボットかもしれません。

 「おはよう」

 ユクルが声をかけてくれた。たったそれだけのことなのに私は一日が幸せになりそう。


 そして一人になる時間も増えた。ユクルが仕事を本格的に再開したようで、部屋にこもることが多くなった。私は少し寂しさも感じるけれど、彼が元気になることが一番。一人の時は特に何もしない。ただただソファーに座り続けるのみ。夕方ごろになり、ふとニュースを見てみると今日の事件の特集が組まれていました。被害者が10人の事件だそうだ。今回は電車の中でのロボットの暴走だった。このニュースに関する街頭インタビューのコーナーもあったが、インタビューする人を探さなければならないほど、街には人がいないようだった。最近の止まらない事件に人々も恐怖し始めているのかもしれない。その次のコーナーでは国の議会でこの事件が話題に挙がっているニュースだった。だが、大統領は事件の解決は目指すようだが、今のシステムを止めるつもりはないようだ。それに対して大きな批判が出ている様子も流れている。

 さぁ、夕食の時間が近づいてきた。今日は何をつくろうかしら。玉子焼きハンバーグもいいかもしれない。日本という国の玉子焼きという料理がユクルの最近のお気に入りだから、ハンバーグと一緒にすればきっと最高だよね。

 その次の日もニュースを見る時間があった。今回は生放送のようだ。どうやらデモ行進が行われているからその取材をするらしい。デモ参加者によると昨日の大統領の声明が人命よりも利便性を優先しているから講義しなければならないのだそうだ。デモが実施されているのはこの国有数の大通りであり、観光地にもなっている場所だ。その道の半分を占領するような形で多くの人々が行進を続けている。

 「そろそろご飯をつくらなきゃ」

 そう思いニュースを見るのをやめようとしたときに、急に叫び声のような音声が流れた。何が起きたのか分からず、画面を見るとデモ隊が大騒ぎになっている。そのあとすぐにカメラが暗転し、スタジオに画面が切り替わった。アナウンサーも何が起きたか理解できていないようだ。ものすごく気になるが何よりご飯をつくる時間だと思いとりあえずニュースを見るのをやめ、キッチンに向かった。

 その夜にベッドに入りいつも通りに休もうとしたのだが、ふとさっきのニュースが気になった。そのニュースを調べようとして、サイトを開いたらその見出しにはとんでもないものが書かれていた。「デモ行進中にロボットが暴走。死傷者150人」。絶句した。数字が今までのものとはけた違いだ。なぜか体が振動する。今夜はもうそれ以上これに触れたくなくて、無理やりにでも目を閉じた。

 翌日目を覚ますと、全ロボットに向けてロボット管理センターから強制指令がでていた。指令内容は住居またはそれに該当する場所から外に出ないようにとのことだった。昨日の事件を受けて管理センターも大きく動き出さなければならないようだ。私は事の重大さを再認識し、また体が震えた。その震える体で私は決意した。ユクルとこのことについて話さなければいけない。私はユクルと離れなければいけない。この決意は前に一人で散歩したときからずっと考えていたことだ。でも今決意しなきゃ手遅れになる。この気持ちを整え目を閉じようとしたときに、私が涙を流していたことに気が付いた。

 「おはよう」

 ユクルはいつも通りの様子で居間に出てきたが、私のいつもと違う雰囲気に気が付き心配そうな顔をした。

 「なにかあったの?」

 「私、ユクルに話さなければいけないことがあるの」

 ユクルは少し動揺したようで、いつも緩んでいる頬が引き締まっている。

 「話をきこう」

 「ユクルと離れなければいけないと思うの」

 その言葉を聞いた彼は驚きの表情を隠せなかった。私は続ける。

 「最近のロボットの事件は知っているでしょう。原因もまだわかっていないみたいなの。でも事件を起こしたロボットはみんな直前までは正常に動いていたみたいなの。だから私もいつおかしくなるかわからない。もしかしたらユクルを殺してしまうかもしれない。そんなことできない」

 ユクルは少し考えてからこう言った。

 「それはこの事件が終わるまでかい?」

 私はその質問に対し首をふった。

 「いいえ。この事件がたとえすぐに終わったとしても会うことはないわ。今回の事件に似た事件が今後起きないとは限らないもの。」

 彼はこの返答を聞いてから寂しそうな表情を見せた。

 「その決意は固いんだね」

 「ええ」

 「でも僕は一緒にいたいとおもってる」

 この彼の声を聞いたとき私に振動が走った。

 「僕は君を止めるよ」

 本当は嬉しかった。彼の言葉はいつも短いけれどその分私に刺さる。でも私の決意は揺るがない。

 「でもだめなの。」

 そのあとの言葉を続けようとしたけれど、のどから出てこない。口が自由に動かない。あれ、私いまどんな表情をしているんだろう。ユクルはこんな私をみてこういった。

 「僕は止めるよ。だって君、悲しくて泣きそうな表情をしているもの」

 これを聞いて私の中の感情が溢れだした。でも決して言葉にはできなかった。ただ涙として流れ出るだけ。ユクルはそんな私を抱きしめ、泣き止むまでそばにいてくれた。

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