第4話 うわさのかたち

 ユクルもだいぶ義足に慣れてきたようだった。でも外に行くことはほとんどなくなった。まだ犯人が見つかっていないからこそ外に行くのは怖いのだろう。もちろん私だって怖い。犯人は監視カメラの認識機能でロボットであるとされている。しかし、そうなるとなぜ見つからないかが不思議なのだ。そのようなことばかり考えながらリビングでボーっとしていると、珍しくユクルが話しかけてきた。

 「オセロをやらない?」

 彼によると掃除をしていたらたまたま見つけたそうだ。私はもちろんやることにした。こういう勝負において私は相手がユクルであっても手加減しない。理由はただ一つ本気でやった方が楽しいからだ。私の分析能力は並みのコンピュータの数倍だ。負けるはずがないと思っていたのだが、勝負は接戦になった。ユクルが打つ手打つ手で最適解を引き出してくるためなかなか決定打を打てない。最後には私が勝ったがぎりぎりの戦いだった。ユクルは珍しく悔しそうな表情をしながらもう一回しようと言ってきた。

 そのあとの戦いも私が勝ち続けた。始めは勝つためにオセロのボードばかり見ていたが、ふとしたときにユクルの顔を見た。そうするといつもより彼の表情の動きがあることに気が付きそれに興味がわいた。彼の顔ばかりをみていると、

 「今回は僕の勝ちだ。」

 彼が得意げにそう言った。彼の顔に夢中になりすぎていたことをやっと自覚した。普段なら負けることには悔しさが伴うのだが、なぜかこの時には頬が緩んだ。


 ユクルは夕食をとると自室に戻った。私はベッドに行くまでに時間があるので何をしようかと考えていた。ニュースを見る気分ではないし、外を散歩することにした。最近は通勤以外で散歩をすることはなく久々だった。街並みは今までと変わることなく人間たちも外に出ていた。なぜ人間は事件が起こったばかりで危険があったとしても外に出ようとするのか。面白い問題だと思い歩きながら考えることにした。

 そんなこんなで大通りに出ると思ったより人がたくさんいた。その中を歩いていると様々な声が聞こえてくる。

 「今日の夕ご飯はなににしようか! 遅くなっちゃったけど」

 「お疲れ様です!

「明日雨なのはいやだなー」

「えー!その新作うらやまし=」

 様々な声がきこえる。そこまで会話自体に意味がないが、楽しそうな雰囲気は伝わってくる。そういう人が多い中で聞こえてくる別の雰囲気の会話もある。

 「最近の事件怖いわよねー。いつ殺されるかわからないわ」

 「原因はなんなんだろうね」

 「ロボットが全機暴動を起こしたりして。映画みたいに!」

 「怖いこと言わないでよー」

 そのような会話があるのも不思議じゃない。原因不明だからこそ人間もそして私たちも怖いのだ。


 その大通りを抜けて家に向けて歩いていた。今度の道は人がだれもおらず、足音がはっきりきこえる。こんな沈黙の世界だからこそ、さっきの会話から事件が連想されてしまう。本当はこの事件のことを考えるのは嫌なのだ。私が自分自身を信じられなくなるのだ。だって一番初めの事件の被害者がユクルだと知っているから。彼と話すときに事件の話題を出したことはない。怖いんだ。もしユクルが私のことを怖がっているかもしれないと思うと。そんなことはないと思いたい。いつもと様子は変わらないし、オセロも本当に楽しんでいるようだった。仮にユクルがそのことに関して何も思ってないとしても、次襲われたとしたら。なにかの理由でユクルは狙われているかもしれない。私は一人で生きていかなければいけないのか。あの暖かい雰囲気を手放したくない。

 こんな不安がいつも私の頭から離れない。でもこれらの不安より最も怖いのは、自分自身でユクルを殺してしますかもしれないこと。ハッカーが犯人なら私がいつターゲットになるかわからない。だから最適解は事件が解決するまでユクルに会わないことなのだ。それがわかっていてもなぜか行動に移せない。その理由は自分でもわからない。なにか自分の行動を阻害するウイルスがあるのかと調べても異常はない。だからこそ、私はただ、この事件が終わることを願うしかないんだ。

 いつもは弾む家までの帰り道の足が今日は重く感じた。

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