第3話 しゃかいのかたち

 港区警察署にて

 「本日の新人研修は私南五郎が担当する。よろしく」

 昨今のネットワークメンテナンスの影響か新人研修を担当するはずのロボットがしばらく仕事に来ることが出来ないそうで、急遽私が担当することになった。新米警察官への研修は10年前に行った経験はあるものの、うる覚えのため正直不安もあるが、やるしかあるまい。机は木製で壁もはがれそうな、まるで古い学校のような時代遅れの部屋に、20人ピッタリ席についている。

 「初めに君たちが学ばなければならないのは、我々が守るこの街のシステムについてだ。では、そこの君、この街がどのような街か端的に説明したまえ」

 「はい。この街は全世界統合PAPUCOシステムの10383番区域に該当し、この国で最も優先的に高度なロボットが配置される特例地区であります。」

 もし私であれば人とロボットが共存する街だとか、そういう答えしかできないだろう。最近の警察官は高度なネットワークシステムを理解しなければ最も件数の多いハッカー被害に対応できないため、エンジニア出身者も多い。この生活を保障された時代では殺人や強盗は非常に少ない。私が若かった頃とは大きく違うのだ。私のような年老いた警官は次の世代に早くバトンタッチしなければいけないのだろうな。

 「そうだ。そしてこのロボットには認証番号が決められており、常時電波で番号情報が近くの管理棟に送信されており、位置は完全に把握されている。そしてロボットの視覚情報も同時に管理棟へ送られている。今日はこの部分のネットワークシステムを学んでもらう。基礎的な知識なのですでに理解しているかもしれないが、ここで働くウォーミングアップだと思って取り組んでほしい」

 この後は決められた動画をながし、質問に答えるだけだ。動画を見る彼らのまなざしには熱を感じる。仕事をしなくてもよいこの時代で、そこまで高くもない給与で非常に重い責任と重労働に勤しまなければならないこの職業を志望する者たちはとても熱い気持ちをもっている。この情熱を感じると引退後のことは心配ない。今起きているロボットの暴走事件についての捜査もロボットの構造に疎い私の担当ではない。この事件もすぐ解決するだろうし、署が再び落ち着き始めたその時が私の辞表を出すときだろう。新人研修が最後の仕事とは私にとってもとても誉れ高い。この仕事責任もって果たすとしよう。

 その後も研修はスムーズに進み5日が経った。例の全国でのメンテナンスも順調に進んでいるようだ。定時になり、研修生を帰宅させ自分も軽く明日の準備をして帰ろうといていたところ、署に駆け込んできた警察がいた。多くの警察官がいる事務室で、血相を変えた彼の口からは思いもしない言葉が出てきた。

 「ロボットによる事件が発生しました。今度は殺人です」

 署はざわついた。誰もがその場で動きを止めた姿を見て、

 「私がここで動かねばなるまい。冷静さこそが私の唯一の強みだ」

 と誰にも聞こえないような独り言をつぶやいた。

 「現在司令塔AIが正常であるか不明である。だからこそ我々で自律的に行動するものとする。まずは現場の状況を教えてくれ」駆け込んできた警官に尋ねた。

 「はい。被害者は既に病院へ運ばれました。現場近くの警察署から警官は既に派遣されています。しかし、通信状態が悪く、直接ここまで足を運んできました。他の警察署にも同様に伝言がなされているはずです。」

 「わかった。現場から何か伝言はないか」

 「はい。すぐにでも次なる事件が発生する恐れがあるため、人間の速やかな帰宅を促し、何かあれば即座に対応できるよう、大人数でのパトロールを展開する要請があります。準備出来次第そちらをよろしくお願いします」

 「わかった。直ちに配置しよう」

 「私は通信の復旧作業に取り掛かるのでこの後は中央通信塔に向かいます。」

 「わかった。そちらは頼む。」

 そして彼はまた外へ駆けていった。

 「さあ!準備を始めるぞ!」

 その後翌朝までパトロールを続けたが無事何も起こらなかった。他の区域でも異常なしだそうだ。しかし犯人は見つからず捜査を続けているそうだ。

 この仕事に就いてから長いがこの事件には何か違和感がある。違和感というよりは背筋を撫でられるような寒気だ。今までなかった事件だからという理由では物足りない何かが、この警察官としての勘に触れている気がする。いつもは気持ちの良い日の出の太陽が今日は不安を駆り立てた。

 その日は続けて新人研修を行い、夜には帰宅することになった。体力にはまだ自信があるためすぐにベッドに倒れこむことはなく、夕食の準備を始めた。夕食を食べ終えると眠気が来たためゆっくりとベッドに向かう。私は寝つきが良いが、今日は考え事をするために意識的に起きている。一連の事件に関することだ。この事件の原因としてすぐに思いつくのは犯行ロボットのバグだ。しかし、このロボットが見つからない限り検証することもできない。悪質なハッカーが犯人である可能性も考えられる。可能性はいくらでもあるが殺人事件ともなると市民の安全を考えなければならない。もちろん、個人的な恨みによる犯行もあり得るため、被害者の関係性もしらべなければ、、、、、 

 いつの間にか朝を迎えていた。頭はスッキリとしており、朝食もいつも通りののど越しだ。準備をして署に向かい、研修の講義をし、昼休憩を取っているときには事件のことを考えた。そして午後の講義を始めようとしたとき緊急の署内警報がなった。「署の目の前で殺人事件がおきました」

 気が付けば私は病院で主治医に挨拶していた。しかし、自分が何を言ったのかすら覚えていないほど動揺している。署に戻り捜索業務を行うため夜道を一人で歩いている。周りに人はおらず、ただ夜風の音だけが聞こえる。殺されたのは高木、私の2期後輩だ。OJTとして様々なことを手取り足取り教えていた。当時は自分もまだ人にモノを教えることに慣れておらず、決していい先輩ではなかった。しかし、勤勉な彼は言ったことすべてを吸収し自分の力としていってくれた。彼が一人前になってからは私よりも素晴らしい警官として成績を残していた。それに対して嫉妬が全くなかったわけではないが、その何倍も成長してくれた嬉しさが上回っていた。その後の時代の変化にも彼はしっかりと対応しそんじょそこらのエンジニアを能力では比較にならないほどの技術をもっていた。それにプライベートで山にいったこともあった。なぜか山頂への競争になって私が勝った。くだらない勝負事だが、彼が悔しそうにしている姿に本気で遊んでくれたんだと感心した自分もいた。そんな彼が死んだだと。ありえない。信じられない。死に際にも立ち会ったが、彼はもう話すことが出来なかった。あの光景は夢ではないだろうか。もし本当に、現実として、彼が殺されたのであれば、私が取るべき行動は一つ。

 「犯人は私が捕まえる」

 その決意をしてから自然と署に走り出した。ただ足音だけが夜に響いている。

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