第2話 いきかたのかたち

 「いったいどうしたの?」何が彼女をそのように思わせるのか不思議でたまらない。

 「あなた、あの事件しらないの!」

 「何の話?」

 ミナの口から告げられたのは、ロボットが人間に襲い掛かり怪我を負わせ、現在も逃走中という事件の話だった。私はその話を聞きミナがなぜそんな表情をするのかすぐ理解した。なぜならこの国ではロボットが人間を傷つけるなど許されておらず、そのようなことは一度も起きたことはないのだから。

 「犯人のロボットが捕まればきっとすべて解決だよ」私はおろおろしているミナを元気にするためにも、できるだけ前向きな言葉を発しようとした。私も実は凄く動揺している。だって意識していないと頭の中が不安でいっぱいになっちゃう。

 その後の仕事は何とかいつも通り行い、いつも通りミナと会社をでる。その間の会話はほとんどなかった。二人ともまだ動揺していたから。帰り道にあったスクリーンボードでその事件が見出しになっていた。それを見た時事件が本当に起きたと自覚しより不安になった。その不安でいっぱいの心の中で唯一明るい色を出しているのがユクルだと気づいた。早くユクルに会いたい、彼に会えば少しは落ち着くと思い、事件の詳細を見る前に家に向かって駆け出していた。

 家に帰るとユクルは居間にいた。怪我をしてからは仕事の量を減らし、夜はゆっくり過ごすことができるようになったそうだ。やはり、彼に会うと心が落ち着くのがわかる。スーッと透明になるような感じ。一息ついてから、共に夕食をつくり、そして別々の部屋へと入った。今日も多くを話さない。でも心があったかくなるこの感覚が、自分にとってもユクルの大切さを教えてくれているような気がする。明日の朝はどんな朝ごはんを一緒に食べるだろうか、また休日ができて出かけることは出来るだろうか。そんな妄想が自然に出てきて、さらに心があったかくなる。その温かさに包まれながら目を閉じた。

 翌日朝に目を覚ますと、真っ先に一件の重要とマークの付いた通知に目が付いた。その内容は先日の事件を受けて、社会全体でのネットワークメンテナンスが順次行われることになり、私が勤めている企業は今日その関係で休みになるようだった。そして明日は私の体の検査を行うようだ。この機会に社員の体を含めた社内の状態を整理しようとしているんだろう。また一日時間をユクルと過ごすことができると思い胸が弾んだ。早速リビングに行こうとしたときにちょうどもう一通のメールが届いた。このメールは個人宛ではない国のお知らせのようなものだった。そしてこれには国全体でのネットワークメンテナンスを行う旨が綴られており、その影響でここ二週間は公共交通機関を含めた様々な施設の利用が一時停止するようだった。ここまで大事になるとは思わなかったが、ロボットが人を傷つけるという事件がどれほどのショックを社会に与えたのかを表しているようだった。

 私がリビングに出た時にはユクルはまだ来ていなかった。これはチャンスだと思い、今日は朝ごはんをつくることにした。彼の食べるものをつくるのは慣れていないので、レシピを見ながらしてみよう。やってみるとものすごく簡単に感じた。レシピ通りの内容を再現すればよいのだから見栄えは完璧。あとは味付けを気に入ってくれるかどうかだ。作ったのは目玉焼きと野菜スープ。それと自分の分の朝ごはんをテーブルの上に用意して、ユクルを待つ。待っている間に今日をどう過ごそうか考えていた。ユクルはまだ長い時間歩くことに慣れていないため、一日部屋で過ごすのもいいな。そんなことを考えていたら、扉の開く音がして、それを聞いた私はすぐ笑顔になるのだった。

 その日は一日部屋で過ごすことにして、ユクルが仕事をする時間以外は一緒にいた。幸せな時間はすぐ過ぎてしまい、気が付けば翌日だった。会社に着くと早速メンテナンス室に案内された。メンテナンス室は壁も天井も真っ白で検査アームが設置されているだけのシンプルすぎる部屋だった。このアームや壁や天井からでる光で私の健康をチェックするのだ。内容としては体内のシステムが異常がないか、脳の個別AIに全体AIとの統合性があるかどうか。社員も多いため、検査項目は少なく、結果もすぐに出たが私に異常はないようだった。今日の仕事内容は非常に少ないため、ミナと話すことが多かった。

 「前に買ったオイルが凄くおいしかったんだー、人間の飲むスムージーをイメージしたんだって」 ミナはおしゃべりが上手で飲み物の話しからどんどん広げていく。その話し方から事件の不安からは解放されたんだと思い、私は安心した。

 「空も今度飲んでみなよー! というか帰りに一緒に買いに行こう!」

 たまにはミナと買い物をするのも楽しそうだ。人間の飲むスムージーの味がわからないから今日どんなものを買うか全然想像できないけど。だって私ロボットだもん。

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