ひとのかたち

@kinositatarou

第1話 いえのかたち

 いつも感じるふわふわした感触。夢の中にいるようなこの時間の終わりを目覚まし時計に知らされる。さっきのふわふわが布団であることを認識し、まだ寝ていたい欲求を抑え、起きなければならない義務感に従う。伸びをして勢いよくベットから離れ居間に向かう。

 「おはよう」

 おとなしく大きくない声だがその声を聴くとすごく安心できるんだ。

 「おはよう!ユクル」

 つい元気に返してしまう。朝ごはんがもう準備されていてあとは席に座るだけだ。  

 「いつもありがとう。いただきます」

 準備された朝ごはんを平らげ、一息つく。ごちそうさまでしたと同時に食器を運び、洗い始める。ユクルに準備してもらっているから彼の分まで洗いたいのだけれど、いつも大した準備ではないしゆっくり食べるからと断られてしまう。洗い終わったら朝の支度をして準備完了。

 「いってきます!」

 ドアを開けて仕事に向かう。

 

 私の会社までは徒歩30分ほど。自転車やスクーターを利用してもいいのだけれど、歩くという行為が好きなのだ。会社につき自分のデスクまでつくといつもの通り自分のコードを差して仕事モードに入る。

 気が付くと仕事終わりの時間だ。ふと隣を見ると仕事仲間のミナも帰るようだ。


 「おつかれー、さあ帰ろうか」

 彼女とは家の方向が違うため会社を出たら分かれてしまうのだが、会社の通路を歩く短い時間を話しながら過ごすのはとても楽しいのだ。彼女と別れ家に帰り、ご飯と寝る準備をする。ユクルは夜にも仕事をしているので基本的に顔を合わせない。いつも特にすることもないのでベッドに行ってしまう。目を閉じていつもの一日を終える。明日の朝にユクルに会えるのを楽しみにしながら。


 2私の会社には土日休日はない。だからこそユクルに会うことができるのは朝の短い時間だけなのだ。しかし、今日は本当に久しぶりの休みだ。会社全体のメンテナンスを行うようだ。この休みをユクルと一緒に過ごしてみたいと思うのだが、夜はユクルと話すことが出来ず、今朝も伝えられずにいた。彼の仕事の都合もあるだろうしどうしようかと思っていたのだ。そんなことを考えながら朝ごはんを食べていたら、珍しく彼が口を開いた。

 「どうしたの?いつもと雰囲気がちがうね。」

 すると自然に私の口がそれに答えるように

 「今日は休みになったんだ。でも何をしようか決めてなくて考えてたの。」

 彼はそうなんだと納得してまた食事に戻った。私は今が誘うチャンスだと、すこし勇気を出してこう言った。

 「もしよければ一緒に何かしない?」彼は少し考えて

 「じゃあ外を散歩しようか。」といった。

 二人とも朝ごはんを片付けると最低限の準備だけして靴を履き、外へ出た。特別なことをするわけではないのだが、散歩できるだけでとてもうれしくなった。お互い普段はそこまで言葉を交わさない。だから何を話したらよいのかよくわからなかった。でも決して悪い空気ではないのだ。ものすごく自然でまるで話すという行為が必要ないのではと錯覚するくらい心地いい。結局30分ほど歩き家に帰ってきた。

 そのあと初めて昼ご飯を二人で食べた。いつもはユクルに作ってもらっていたから今回は頑張って作るぞと気合を入れていたのだが、彼に何をつくったらいいかわからなかった。しかも私は料理があまり得意ではなく、仕上がりはとても食べられるものではなかった。彼は仕上がりを見て微笑んだ。私は彼がどんな感情なのか知りたくてどうして笑っているのと聞いたら、

 「まず、作ろうとしてくれるのがうれしかった。そして失敗も含めて人間味を感じたから」だそうだ。

 私は不本意だったけれど、彼の微笑む顔を見ることができて嬉しくなった。その後彼は仕事をするため部屋に戻った。私は残りの一日を料理の練習に使うことにした。そして時間が過ぎ寝る時間になり、夜にベッドで寝ようと目を閉じると疲れていないからかすぐには眠れなかった。でもユクルと一緒にいた時間は私の思い出になった。その思いでを思い返しつつ、次はおいしい料理を作るんだと決めて落ち着くと自然に意識が遠のいていった。


 私はいつも通りの毎日を送っている。その日々の中で散歩をしたことを思い出すととてもうれしくなるのだ。そして今日もそれを思い出しながら帰り道を歩いていた。そして家のすぐ近くの曲がり角を曲がるとユクルが倒れていた。「どうしたの!」私は急いで駆け寄った。ユクルは血だらけで片足がないのだ。私は何が何だかわからないが、すぐに救急車を呼んだ。

 ユクルが意識を取り戻したのは翌朝だったそうだ。私はずっとユクルのそばにいたかったのだけれど、会社を休むことは私に許されていなかった。仕事が終わり病室についた時にはもう起きていた。私は言葉も出ず、ただその場で泣いた。これがユクルが足を失った悲しみなのか、意識が戻った嬉しさなのかはわからない。そして落ち着くとやっと言葉が出てきた。

 「無事で本当に良かった。」ユクルはそれを聞いて微笑んだ。

 そのあとなぜあのようなことになっていたのかを聞いたのだが、あまり話したくないと言って口を閉じてしまった。彼もとてもショックを受けていると思い私はもうその話を広げなかった。私は面会時間の終了と共にその場を離れた。その帰り道は私が覚えている中で最も心が痛い帰り道だった。

 「いったい何があったんだろう。まさか通り魔に襲われたのかな。だとしたら絶対に許さない。」と思いながら歩いていた。家のドアを開けると家の中の空気がとても冷えているように感じられる。まるで時間が止まっているように静かだ。今までもユクルと夜に話していたわけではない。でもその場にいないと考えるだけで全然違うものだ。その夜は感情を失ったかのように目を閉じた。


 次の日の朝は玄関のベルの音で起きた。いつも起きる時間より1時間ほど早かったので、目をこすりながらドアを開けた。

 「おはよう。」

 なんとユクルが帰ってきたのだ。私は嬉しくてつい抱き着いてしまった。

 それから二人で早めの朝ご飯を食べ、食後にコーヒーを飲んだ。彼は最新の義足をつけることになり、今まで通りの生活はできるようだ。見た目も義足には見えない優れモノだった。もちろん彼が大きなけがをしたことは悲しいが、今は嬉しさの方が勝っている。そしてユクルの無事がわかると自分に日常が戻ってきた感じがした。


 それから幸せな気分で仕事場につくと、珍しくミナが先に着いていた。おはようと声をかけようとしたけれど、その表情がいつもと違うことに気が付き、話しかけるのを一瞬ためらった。

 「空、私たちどうなるんだろうね。」

 彼女は暗い表情でそう言った。


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