第2話 悪望能力

 僕はアレックス・ショーを引き連れて、目的地に向かって歩いていた。

 配車サービスを使っても経費で落ちるだろうが、散歩がてら悪役対策局セイクリッドの新人にいくつかレクチャーすることにしたのだ。


 トボス・シティは賑やかな街だ。

 多くの人が行き交う喧騒の中、僕らの会話なんて誰も気にしていない。


 僕はアレックスに今回の案件の目的と役割を教える。


「僕たちの今回の目的は『燃焼』の悪役ヴィラン、ブラハード・ローズ。メイソン・ヒル地区でわずか16歳の少女を焼き殺した殺人犯だ。さて、僕ら悪役対策局セイクリッドは、こいつをどうするために今動いているか、分かるか? アレックス」


 アレックスは小考したあと、正解を導き出した。


「殺すか、捕らえるかですよね」

「そうだ。ブラハード・ローズには既に懸賞金がかけられていて、条件は生死を問わずデッド・オア・アライブ悪役対策局セイクリッドの方針は逮捕が困難なら殺害せよ、だ」


 しかし僕は『正義』の悪役ヴィラン。組織の方針に従うつもりは全く無い。


「アレックス、君に求めることは2つだ。1つ目、君は手を出すな。2つ目、手を出すことになっても絶対に誰も殺すな」

「1つ目は了解であります。今回は見学させていただきます。2つ目は何故でありますか? 捕らえるよりも殺すほうが楽では?」

「……え? こわっ」


 アレックス・ショー、一見まっとうな好青年に見えるが、実に悪役ヴィランらしい考え方をする男だった。


 ともあれ、僕は何も正義感だけで不殺を強要している訳ではない。

 まずは悪役ヴィランの悪望能力の根幹について説明する必要がある。


「1から説明するとだな。悪望能力は、その人間が抱いた強い願いを叶えるために顕現する。例えば、『何かを燃やしたい』という想いを抱いた人間が、『燃焼』の悪望能力に目覚めるように。それは分かるな?」

「自分も悪役ヴィランなので理解しているつもりであります」


 僕はアレックスが何の悪望能力を持っているかを聞かなかった。

 さほど興味が無かったし、仮に『殺人』の悪望です、なんて言われた日には即座に戦闘が始まってしまう恐れがある。

 どうせ今回限りのバディだ、なあなあで済ませておくのがお互いにとって良いだろう。


「そして、悪望能力は、願いを叶えるために使う時に最も出力が上がる。大事なのは状況だ。当然、逆も有り得るからな。悪望能力は、願いを叶えない状況で使う時には出力が下がるんだ」

「ああ、なるほど。『正義』の悪望。それで不殺でありますか」


 アレックスは納得したようだった。


「そうだ。端的に言って、味方に殺人を犯す人間がいると、僕が萎える。その状況は正義じゃないからな。『正義』の悪望能力が使えなくなるんだ」


 治安維持を目的とした組織は悪役対策局セイクリッド以外にもあるが、僕がその中で悪役対策局セイクリッドに所属することを選んだのは、この悪望能力の制約によるところが大きい。

 悪役ヴィランの殺害よりも逮捕を優先する悪役対策局セイクリッドの方針を僕は気に入っていた。


 悪望能力の説明は概ね終わったが、アレックスはまだ理解できないところがあるようだった。


「ところで、1つ分からないことがあるのですが」

「なにかな?」

「どうして人を殺すと正義じゃなくなるのでありますか? 歴史上、正義を語った殺人は山程あると思うのですが」

「……え? こわっ」


 新人の倫理観がバグっていた。

 人を殺してはいけませんって小学校で習わなかったのか?

 上手く付き合っていけるだろうか。不安になってきた。


 正義について長々と語りたいところだったが、そろそろ目的地に着きそうなので、またの機会にしよう。


「それと、不殺なのに悪望能力で出した剣の名前が正義斬殺剣なのも気になるのであります」

「格好良いからだ」

「……」

「正義斬殺剣、格好良いだろ。その通りだと言え」

「……はい! その通りであります!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る