【中編版】ヴィランズの王冠 ―あらゆる悪がひれ伏す異能―

台東クロウ

第1章 『燃焼』の悪望

第1話 悪役対策局

 僕のかつての親友ガラは、この街に跋扈ばっこする悪役ヴィランを指してこう罵った。


「ハル、お前たち悪役ヴィランはクズだ。ただ単に超常の力を操るだけの人間だったら、異能力者だとか、超能力者だとか、そういう呼称になっていたかもしれない。だがお前らは悪役ヴィランと呼ばれている。何故だか分かるか?」


 ガラは吐き捨てるように言った。


悪役ヴィランの能力は、例外なく暴力の形で顕現するからだ。悪役ヴィランの願いは、例外なく他者を蹂躙する悪望だからだ」


 全くもってその通りだと思う。

 僕が知っている悪望能力者もろくな人間はいない。

 ガラの言う通り、悪役ヴィランはクズだ。もちろん、僕を除いては。



   ◇◇◇



 無法者たちが我が物顔で歩くこのトボス・シティは、僕ことハル・フロストのような聖人がガムシャラに働くことによって平穏が保たれている。

 今日も今日とて悪役対策局セイクリッドの綺麗に整ったオフィスに顔を出すと、早速上司に捕まった。


「待っていたぞ。ハル」


 この街では珍しい黒い髪と黒い瞳。

 悪役対策局セイクリッドの白を基調とした制服をきっちりと着こなしている仏頂面の堅物。

 『秩序』の悪役ヴィラン、シンリ・トウドウだ。


 僕は悪役ヴィランは総じてクズだと思っているが、シンリはクズの中ではマシなほうのクズだ。

 このトボス・シティの治安を維持するという1点において、僕とシンリの目的は一致していた。

 悪役対策局セイクリッドは、そういう少しだけマシな悪役ヴィランが集まって、犯罪を犯した悪役ヴィランを取り締まっている法執行機関だ。


「メイソン・ヒル地区で殺しだ」


 シンリはそう言うと、死体の画像が写ったタブレットをこちらに寄越した。

 真っ黒に焦げた焼死体だ。


 悪役対策局セイクリッドに話が回ってきたということは、ただの殺人ではない。

 タブレットの資料をスクロールして読んでいくと、案の定、能力痕の形跡が見られるとの記述があった。悪望能力を行使すると痕跡が残る。つまり、この人間は悪役ヴィランの能力によって殺害されたということだ。


「発火能力か」


 僕は顔をしかめた。

 発火能力を持つ悪役ヴィランは多い。何かを燃やしたいという欲求は、人類にとって普遍的な欲望なのだ。

 僕は何度か発火能力を持つ悪役ヴィランと戦ったことがあるが、かなりやりづらい相手だった。


「いいか、ハル。人間には正しい状態を保ち続けるための心の芯が必要だ。すなわち、『秩序』だ。この殺しを行った人間は、心の中の秩序を失った。我々が正してやらなければならない」


 いつものシンリの演説を聞き流しながら、僕は資料を読み進める。

 口に出すと殺し合いになるので言わないが、悪役ヴィランが秩序を語るなど笑い話にもならない。


 セイクリッドの調査班は優秀だ。

 資料には顔写真付きで犯人の名前と悪望能力の詳細が載っていた。


「なんだ、もう犯人は分かってるのか」


 写真には顔中にピアスをつけたスキンヘッドの凶悪そうな顔が写っている。

 『燃焼』の悪役ヴィラン、ブラハード・ローズ。

 悪望深度はD、メイソン・ヒル地区で十数人程度の小規模チームを従えている男だ。


 はっきり言って小物である。


「顔が割れているなら話は早いな。僕がこいつを捕まえてくればいいんだろう?」

「そうだ。だが1人で行かせるわけではない。アレックス・ショー、こちらに来い」


 シンリがオフィス内で事務作業をしていた白髪の青年に声をかけた。

 アレックス・ショー、たしか最近入ったばかりの新人の男だ。


 声をかけられたアレックスは緊張しているのか、ギクシャクとした動きでこちらに歩み寄ると、右手で敬礼を行う。

 見上げるほどにデカい。


 白い髪に白い肌に白い制服。全身真っ白な中、赤い瞳だけが煌々と輝いている。

 個性的な見た目だが、僕は気にしなかった。悪役ヴィランは悪望の性質に沿って外見が変化することがよくあるのだ。もっとスゴい容姿のやつはその辺にごろごろいる。


「アレックス・ショーであります! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」

「よろしく、アレックス。デカいな。身長はいくつだ?」

「191cmであります!」

「そうか、僕は152cmだ。だが、まだ15歳だからな。1年につき10cm伸びてきたということは、20歳になる頃には200cmになる計算だ。つまり、僕と君に身長の差は無いと言える。分かるな? 分かったらその通りだと言え」

「はい! その通りであります!」


 僕とアレックスの会話に呆れてシンリが割り込んできた。


「パワハラはやめろ、ハル。アレックスも間違っていると思ったら間違っていると言っていい」

「シンリ、僕は間違ったことを言ったつもりはないぞ? 牛乳だって毎日飲んでいるんだ」

「……そうだな。ハルは何も間違っていない」


 シンリは複雑な表情をして僕を見たあと、話を続けた。


「今回の案件はハルとアレックスで組んでもらう。アレックス、緊張しているようだが心配するな。ハルは性格はアレだが、戦闘のみに限って言えば腕は確かだ。ハルからも自己紹介を頼む」


 僕のような聖人を捕まえて性格がアレとは許せない物言いだったが、自己紹介は確かに大事なことだ。

 下手に優しく接して悪役ヴィランに舐められてはたまったものではない。


「僕はハル。ハル・フロスト。『』の悪役ヴィランだ」


 名乗りと同時、空中に光の粒子が集まり、剣の形に収束する。

 『正義』を執行するための武器の具現化が僕の悪望能力だ。

 僕は慣れた動作で剣を手に取ると、アレックスに突きつけた。


「アレックス、先に言っておくが、僕の前でむやみに悪望能力を使うなよ。君がどんな悪望を抱いているかは知らないが、それが僕にとって許せないものだった場合、この正義斬殺剣が容赦はしない」


 アレックスは僕の恫喝のような行為にも一切怯まなかった。新人だが胆力は充分のようだ。


「了解であります! あと、お言葉ですが、能力のネーミングセンスが最悪であります!」

「え? なんでだ、正義斬殺剣、格好良いだろ。その通りだと言え」

「……はい! その通りであります!」


 シンリが再度割り込んでくる。


「パワハラはやめろ、ハル。アレックスも間違っていると思ったら間違っていると言っていい」


 ――え? 格好良いよな?

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