第10話 精神交代
午後の日差しが暖かく、周囲には花が咲き乱れていた。
草木のフェンスで囲まれたこの場所はテーブルとイスがある広場だ。
生徒会専用らしく、一般生徒は入って来ない。
そこの大きな木に寄りかかり、ウトウトとしていた。最初は本を読んでいたのだが次第に眠くなってきてしまった。
「こんな所にいたから風邪ひくよ」
聞き覚えのある声がした。しかし、まだ眠かったので無視しているとまた声を掛けられた。いくら無視しても何度も声を掛けるので仕方なく頭を上げた。
「え……」
相手の顔を見て思考が止まった。自分の顔にそっくりだ。しかし、幼い。
「“え”じゃないよ。ここで寝られると困るだけど」
慌てて起き上がり、あたりを見回した。周りには本棚がたくさんあった。自分は通路で寝ていたらしい。
その時、後頭部に激痛が走った。痛む部分に触れるとコブになっていた。
近くには脚立あった。
「落ちた……?」つぶやいた。
「え? 君落ちたの?」自分の似た少女は驚いた。「ごめんね。邪魔とか言って。えっと本取りたかったの?」
この場面を自分は知っているような気がした。
「大丈夫? 名前言える?」
「名前……? ユウキ・ショータ」
勝手に口が動いた。その名前を口にしたとき違和感があった。それと同時に罪悪感もあった。
しかし、それはすぐに消えたので気にしないことにした。
自分の身体だと思ったのに思い通りに動かない。
「そう、よかった」少女はほほ笑んだ。
そして、勝手に会話を始めた。口も身体も勝手に動く。
だから、ユウキ・ショータの身体に入っていることに気づいた。おそらく目の前にいる少女は幼い自分なのだろう。
過去を見ている……?
「へー、魔道具を作っているなんてすごいね」少女は目を華がやせていた。
「見たいか」
「うん」
勝手に手が動き、ポケットから四角い機械をだした。それを自分と少女の方に向けて光らせた。少女がおどろいていると、その機械を見せた。
機械には、少女と自分が入っている少年が映っていた。少女は映っている自分を見て大喜びしていた。
その瞬間、全て思い出した。
「あーそうだ」目をあげると、目の前には本棚はなく木々が生い茂っていた。
大きな木の下に立っていた。
「なにが?」
「ユウキ・ショータ」
「そうだが、平民に呼び捨てられる言われはない」
不機嫌そうにしたが、そんなことを無視して目の前に立っているユウキの肩に手を掛けた。彼は驚いて目を大きくした。
「ねぇ、ユウキ・ショータなの? あの、ユウキ・ショータ?」
「君、呼び捨ての次はため口か」
彼は眉間に皺寄せて、睨んだ。
「私はミヅキ・ノーヒロ」
「知っている」ため息をついた。「今更なにを……」
「図書館で、写真とったよね?」
「はぁ? なんのことだ?」
「あの時、打った頭は大丈夫? コブ治った?」
「……」
返事がないためユウキを見ると、彼の表情が固まった。何も言わずにじっとみている。
「あれ? 違った? もしかして同姓同名?」
に対して無礼なことをしたしまった。
勘違いじゃなくてもダメだけど。
「あの、人違いでした? 大変失礼いたしました」
頭深々と下げた。
しかし、反省はしてなかった。
これで学園を追い出されて村に戻れるのなら嬉しいと思った。
だが、村に支払われている援助金のことを思い出すとそれも素直に喜べなかった。
「いや、違う。あっている。そうか、君があの時の少女だったのか」
ユウキが嬉しそうに笑ったので安心した。彼は何度か頷いてミヅキをみた。
「君か」
「へ?」
「あ、いや、他の目もあるから、今まで通り敬語は使った方がいいよ」ユウキは穏やかに笑った。「あのさ。僕は魔道具を作ることができるけど魔力が高くなくてね」
どちらからと言う訳でなく自然に、その場に座った。
ユウキはブレザーのポケットから手のひらサイズの四角い画面を取り出した。その画面に触れると1枚の絵が出ていた。
絵は幼いミヅキとユウキだった。
「あ、あの時の……」そこまで言ってミヅキは言葉を止めた。「待って、魔力高くないって? 魔力高いから特殊能力あるのですよね? それに……」
ミヅキは写真を指さした。
「この時、私は確か10歳か9歳くらいでした。写真の少年も同じくらいに見えます。ユウキ様は今10歳なんですよね? するとこの時4,5歳のはず……」画面を指さした「この子がそこまで幼くは見えません」
画面とユウキ本人を何度も見比べた。
「確かにこの人物とそっくりですけど……」
ユウキは真っ青な顔をしていた。
そこから、ユウキとあの子は同姓同名なだけだと思った。
自分の思い出を馬鹿にされ、汚されたようで腹が立った。
「いくらお貴族様でも悪ふざけがすぎませんか?」声のトーンを落とし、ユウキを睨みつけた。
「……いや」ユウキは小さな声で言いながら、画面の少年に触れた。「これは僕なんだ」
悲しげな表情のユウキを見てそれが嘘だと思えなかった。
「当時の俺は魔力がなかった」
「……」
「確かに嘘をついている。俺はユウキ・ショータじゃないし10歳でもない」
「へ?」
お貴族様のブラックジョーク?
何を言っているか分からなかった。
「ユウキ・ショータは俺の弟。俺はイルミ」
イルミと名乗った少年は下向いた。そんな彼になんと言っていいか分からなかった。
「当時の俺は作った魔道具を動かしたくて魔力がほしかった。弟は魔力が高かったから彼の力が欲しかった」
空気が重くなった。
いくら幼い頃あったことがあるからと言って、よく知りも相手に伝える話としては重すぎだ。
「あの、その……」なんとか話しを止めようとしたがいい案が思い浮かばない。
ミヅキの言葉を無視してユウキは更に話を始めた。その場から去りたかったが聞かなくてはならない雰囲気だった。
嫌な予感がした。絶対にいい話ではない。すこし犯罪のにおいがする。
「だから、魔力を奪う魔道具を作った」
ほら。最悪。
この後の話の展開が見えた。
こういうのは、恋人とかもっと大切な人間に話すべきだと思った。
それが自分でないことははっきりとわかっていた。
「当時、4歳だった弟に使ったんだ。そして……」
怖かった。
その話の続きを聞きたくなかった。もしかしたら、その弟というのはもうこの世にいないのかもしれない。
ミヅキは立ち上がると、一目散に走った。後ろでイルミと名乗ったユウキの叫ぶ声が聞こえたが無視して走り続けた。
走って、走って、走って。
しばらくして息切れ、足を止めた。
「あ……」
呼吸を落ち着かせてあたりを見渡すと自分より遥かに高い木に囲まれていた。素直に来た道を戻ればよかったが、ユウキの顔を思い出したら戻りたくなかった。
そのまま進んだ。
だから迷子になった。
予想していたことだから驚きはなかった。しかし、先の事を考えていた訳ではない。
投げやりな気持ちで、進むと小さな小屋が見えてきた。小屋の前には畑がありそれを耕している人がいた。
「人がいる……」
学園の敷地内にいる人間だから悪い人だとは思わなかったが、信用できるとも感じていない。
そっと、その場から離れようとした時、「君」と声掛けられた。
聞こえないふりをしようとしたが「ミヅキ・ノーヒロさん?」と名前を呼ばれたので振り返った。畑にいた人は手をふりながら、近づいてきた。
覚悟を決めて畑にいた人を見ると、見覚えがあった。
「こんにちは。こんな所でなにしているの?」
「あ、いえ……」
戸惑っていると、彼はニコリと笑い近づいてきた。
「あぁ、突然、声を掛けてごめんね。僕はイルミ・ショータ。学園の森を管理しているんだ」
彼はミヅキよりも身長が高く年齢も変わらないくらいなのに子どものように無邪気に笑った。
「ノーヒロさんは特待生で入っているから生徒会だよね。そこにいるユウキ・ショータって知っている? そいつの兄なんだ」
人懐っこい笑顔を向けた。
「生きていた……」
「へ?」
「いや、なんでもないです」
思わず言葉に出てしまい、慌てて首をふった。
彼らの秘密に触れたくなかった。
部外者でいたかった。
「あー、もしかして入れ替わりの話?」
「入れ替わり?」
思わずオウム返しをしてしまった。それがいけなかった。彼は軽い調子で話しを始めた。
「うん。以前、僕はイルミではなくユウキだったんだよね。イルミは魔道具を作る天才だけど魔力が低くかった。ユウキは高かったんだ。で、イルミは魔力が欲しくてユウキの魔力と自分の魔力を交換する魔道具を作っただけど……」
イルミはアハハと笑いながら「失敗しちゃったんだ」と舌を出した。同年代くらいのはずであるが、ずいぶん年下と話しているような感覚になった。
「なんかね。体が入れ替わっちゃって、僕はユウキなんだけどイルミなんだ」
重要なことを軽く話している。ことの重大さが全く分かっていないようだ。
「もうね。ユウキの身体には戻れないみたいなんだ」
「それで、いいのですか?」
「うん」ケタケタと笑った。「貴族は魔力検査を生まれた瞬間にするだけどさ。魔力高かったから親からの期待がめちゃヤバくて、毎日勉強、勉強の地獄」
イルミは顔をしかめた。
「それを喜んでやっているユウキは変態だよね」
ユウキとイルミの温度差を感じた。
「そんな秘密を簡単に話していいのですか?」
「え、なに? 今の話信じたの?」
イルミは腹を抱えて笑った。それにミヅキは面食らった。
「え?嘘なのですか?」
「いや、本当だけど。誰も信じないから。勉強できなし魔力も低い僕の妄想って皆、思っているよ」
「貴方はそれでいいの? お兄さんを恨んでないの?」
「ないね」はっきりと言った。「さっきも言ったじゃん? 勉強したくないって」
「え、でも入れ替わる前イルミ様は勉強できたのですよね? それならイルミ様の身体に入ったユウキ様も優秀ではないのですか?」
イルミは大笑いした。
「魔力が生まれつきだから、身体に属するけど。頭はちがうでしょ。兄貴は、寝ないで勉強してんだよね。信じられない」
「高い魔力を手の入れた努力家なんて最強ですね」
「だろ」と言って、自分が褒められたように喜んだ。
ここまで慕われるってすごいなと思った。
「兄貴には感謝してんだけど、本人は“悪い”と思っているらしくてね」といいながら、頭を乱暴にかいた。その仕草がユウキにそっくりであった。
「この仕事くれた」そう言ってイルミは畑を指さした。
「畑は趣味だけど、森の管理は仕事。楽しいよ」
本人が納得しているなら、いいかと思った。
その時、背後にある森の方で草を踏みつける音がした。イルミが嬉しそうな顔をして音がする方を見ている。
ゆっくりとミヅキが振り返り視線を下げると、ユウキがいた。
イルミと見比べると確かに似ている。
「あ……」ユウキはイルミを見てバツの悪そうな顔をした。
「兄貴が探していた人、見つかってよかったね」
「あぁ」
「しかも、入れ替わりのこと信じてくれたよ」
「話したのか」
「うん」
嬉しそうなイルミに対して、ユウキは眉間に皺をよせていた。
「貴方も話そうとしていたのでイルミ玉は責めるのはお門違いですよね」
ユウキは何も言わず、キョロキョロと目を動かしていた。
「珍しいね。話そうとしたんだ?」とイルミはミヅキの言葉に反応して、ユウキを見た。
身長の大きなイルミが、目を細めると迫力があった。
「なに? 探していた女の子が見つかって盛り上がったの?」
「いや、そんなことは……」
ユウキは下を向いて言葉を濁した。
「あのね」イルミは目を細めたまま口角を上げてミヅキを見た。「ノーヒロさん。兄貴はさ、以前は今見たいに実用的な魔道具がつくれなくて、その上魔力がないため両親に否定されていたんだ」
下を向いているユウキは、話を聞きながら唇を噛んだ。
「でね、そんな時にノーヒロさんにあったんだよ。そこで褒められたから一目惚れしたんだって」
「一目惚れ」
だから、自分の過去を話そうとしたのかと思った。しかし、それにしては秘密が重すぎる。
自分が惚れているからって相手が受け入れてくれるわけではない。
「違う」ユウキが強く否定した。「そんなんじゃない」
「でも、ミヅキ・ノーヒロさん探したでしょ。話そうとしたってことは上手くいったんじゃなの?」
「いや、上手くっていうか。さっき、彼女があの子だと気づいた」
「え……?」
頭をかくユウキにイルミは首を傾げた。
「なんで? あの写真の子と同じ顔してんじゃん。探してたんじゃなの?」
「探してないし、一目惚れでもない」
「なにそれ」
イルミは全くよく分からないと言う顔した。
ミヅキも同じ気持ちであった。ユウキの目的が理解できなかった。
「いや」と言ってユウキは顔を上げると眉を下げた。
「最初は話すつもりはなかった。しかし、ミヅキがあの子だと知って更に色々疑問を持っていたから彼女なら信じてくれると思った」
「私が信じていろんな人に話したらマズイじゃないですか?」ミヅキが首を傾げた。
「構わない。俺は弟に酷いことをしてしまった。今ももとに戻る方法を探しているが見つからない。君が、周囲に言って信じてもらえるなら良いと思った」ユウキの目に涙が浮かんだ。
彼は手を震わせている。
「俺は罰せられるべきだ」
「あー、別に僕は今の生活楽しいって言ったじゃん」
イルミが大きなため息をついて、自分の方にユウキを引き寄せた。彼はそれに抵抗することなく、大きなイルミに寄りかかった。
小柄なユウキが、更に小さく見えた。
「えっと、ノーヒロさんごめんね? 迷惑だよね」
「そうですね」ミヅキは少し考えてからイルミを見た「迷惑料貰っていいですか?」
「お金はないよ?」
「お金じゃなくてお願いです」
イルミはしょぼくれているユウキを抱き寄せながら、ミヅキの話を聞いた。
「いいよ」とすぐに承諾するとユウキは大きな目開けて、イルミを見た。
「なんで?」
「面白そうじゃん」
にこにことするイルミにユウキは不安そうな顔をした。
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