第11話 昼休み

学校の授業の形式は村と大きな差はなかった。机に生徒座って、教師の一方的な話を聞くのだ。

しかし、内容は大きく違い、理解不可能で眠くなった。


初日で寝るのは流石にまずいと思ったが、睡魔には勝てない。これで退学になったら嬉しいと思うが、支援金のことを考えると気が重い。


「ねぇ、大丈夫?」

「へ?」


身体を揺すられて目を覚ました。顔を上げると、見たこともない女子生徒がいた。


「お迎え来ているよ」

「へ?」


寝起きで働かない、ぼんやりとした頭を動かして扉の方をみた。そこには満面の笑みを浮かべた王太子がいた。彼はいつも以上にキラキラして目立っていた。


無視したかった。

しかし、全員の注目をあびてしまっている。


「ミヅキ」


名前を呼ばれてしまっては、無視はできない。王太子は腐った手も王太子だ。

しかし素直に彼の元に行くのがイヤで戸惑っていると、王太子の方から近づいてきた。


この場面を自分は知っていた。

見たことがある気がした。


あ……。


夢で見たことを思い出した。この後、手を掴まれてカッとなり彼を殴ろうとする場面を思い出し、すぐに立ち上がると彼の傍に行った。


夢と同じ場面に遭遇して、不思議な感覚であった。


ミヅキは王太子の傍まで行くと頭を下げた。


「ご足労頂かなくとも、ご用件がございましたらこちらから伺います」

「生徒会は昼を生徒会室で食べるから、呼びにきたんだよ」

「左様ですか。お知らせありがとうございます」


昼を生徒会室で食べるなんて話は聞いていなかった。しかし、昼もレイージョと一緒に居られると思うと嬉しくなった。


廊下に出て、生徒会室に向かおうとすると、なぜか王太子は動かず右手を向けてくる。王太子である彼よりも先に歩いてはマズイと思い、後ろで立っていた。

彼はにこにことしてその体勢のまま動かない。


意味が分からず、首を傾げた。


「キャーッ。エスコート」


教室の中から黄色声が聞こえ、はじめて王太子が意図していることが理解できた。

しかし、彼にエスコートされるつもりはなかった。


だが、周囲の目や彼が王太子という身分である以上無下に断ることはできない。


「そんな……。殿下に触れるなど、レイージョ・アクヤーク様に申し訳ありませんわ」


手を顎にあて、視線を落とした。以前レイージョがやっていた仕草を真似てそれに悲しげな表情を付け加え可憐な少女をイメージしてみた。

上手くいったか分からないが、“否定的な気持ち”が王太子に伝わることを期待した。


「気にすることないよ。レイージョは王妃になる女だよ。側妃をつくることに寛容なはずだ」


期待しすぎた。


しかも、“側妃”という言葉に愕然とした。相手の意見を聞かずにそこまで先の事を決めてしまう王太子に対して軽蔑以外の感情はない。


「そんな、私は平民ですし……」

「ミヅキは魔力が高いから、身分なんて関係ないよ」


魔力狙いか。

それが高いことの利点については聞いている。

自分ではなく、魔力を見ているという点で彼に対する好感度は急降下した。


「でも……。私は、私だけを愛してくださる方がいいです」


ここまで、はっきり言えばわかるだろうと思った。


王太子は首を傾げて少し考えると優しげな笑みを浮かべ「そうなんだね」と言ってミヅキの手を取り、引いた。


もう、何を言っても彼には通じないと思い諦めて素直に従った。


生徒会室までくると、レイージョが扉の前にいた。

彼女の姿を見えた瞬間、心が温かくなった。


レイ様、レイ様、レイ様。


何度も、心で呼びかけた。


「アキヒト様」


アキヒトとミヅキを見つけたレイージョは冷たい声で名前を呼んだ。その声だけで、一気に真冬に戻りそうであった。


「レ、レイージョ」


王太子が立ち止まり、どもった。ミヅキからは王太子の顔が見えなかったが青ざめているような気がした。


「ここで何をするおつもりでしょうか」

「いや、その……」


威圧的なレイージョに王太子の言葉は歯切れが悪かった。


ミヅキはそんなレイージョに首を傾げた。

生徒会メンバーが昼食を生徒会室でとる決まりならここにレイージョの質問はおかしかった。


レイージョはミヅキの方を見ると目を細めた。

その冷たい表情に胸が高鳴った。優しく微笑む彼女は可愛らしいが、今の表情も美しかった。


一歩、一歩と進むたびに銀の髪が揺れた。

綺麗な姿勢で歩くその姿は天から舞い降りた天女であった。


じっと、彼女の顔を見ていると一瞬口角が上がったように見えたように思えた。


「何をしにきたのか聞いていますの。答えて頂けますか?」と言い、レイージョは王太子をじっと見た。

「……」

「お昼ですし、生徒会室で食べるつもりでしょうか」

「……」


素直に頷けばいい質問に王太子は黙っていた。そのことから騙されたのだとすぐに分かった。

悲しい気持ちになり、レイージョがいたことに心から感謝した。


今握られている手を離したいと思ったが、レイージョに睨まれてから王太子の手に力が込められていた。


「その手は何でしょうか?」


無表情のレイージョはゆっくりと歩き近づくと、王太子と繋いでいるミヅキの手をつねった。

「いたっ」と言うと王太子は手を離した。


つねられた手は赤くなっていた。


その手を見ると痛いはずなのに、心臓の音が早くなった。


「婚約者がいるのに他の人間と密室で二人きりになろうとはどういうことでしょうか?」

「どうもこもうもないよ」と王太子は頭を上げ、まっすぐレイージョを見た。


彼の後頭部しか見えないため表情は全く分からないが、自信満々であることがその背中に現れていた。


「王族は側妃を持つことが許されているんだよ。君が口を出すことではないよ」

「そうですね」レイージョは表情を動かさずに、口元に手を置いた。「それは王族ではなく王の話ですわ」

「私は王太子だよ。次期王だ」

「即位する可能性があるというだけですわ。だから、わたくしと結婚する必要があるのですわよね」


アクヤーク家は御三家貴族だ。

後ろ盾はあった方がいい。しかし、それを強調する理由がミヅキには分からなかった。

だが、王太子はその意味を理解しているようで返す言葉を考えているようだった。


「婚約も結婚する可能性があるというだけですわ」一呼吸置いて、レイージョは目を細めた。「取りやめるのは王やアキヒト様の許可が必要となっておりますがそれは基本はですわよね」


感情のないその言葉はとても怖かったが、美しくも思えた。


王太子はなにも言えないようで、固まっている。


「ノーヒロさん、わたくしの婚約者に手を出す悪い猫にはお仕置き必要ですわね」


冷たい瞳に捕らえられると、さきほどつねられた手を掴まれた。


「結婚をやめるって……。君は王妃になりたくないのかい?」

「王妃より王がいいすわ」


「それは……」王太子は青い顔をした。「反乱を考えているのかい?」


レイージョは王太子の言葉を無視して「失礼しますわ」と言った。

そして彼女に手を引かれて生徒会室へ入った。

この様子を見て、王族といえども絶対的な力はないのだと思った。

王一人で国を動かすことができないのだから当たり前な話だ。


生徒会室に入ると、レイージョはつねられて赤くなった手を優しくなぜてくれた。


「ごめんなさい。ミヅキちゃん」


名前で呼ばれるのが嬉しかった。感情のない表情で冷たい言葉を放つレイージョも素敵だが、優しい方がいい。


「あの方に手を握られて嫌だったでしょ。すぐに助けてあげたかったのですけど、あの人あれでも王族なのですわ」

「はい」

「わたくしとミヅキちゃんが、仲が良いことをあの人に知られたくないのですわ」

「何かあるのですか?」

「あの人、すぐにわたくしに対抗心を燃やすのですわ。ミヅキちゃんを狙っているでしょ。わたくしと仲がいいとなったらどんな手段を使うか……」

「手段……」

「ええ、ミヅキちゃんは高魔力ですしね。ほしいのだと思いますわ」


それを聞いて、自分の存在が魔力だけだと思い寂しくなった。


「ミヅキちゃん」突然、レイージョは強い口調で言った。「わたくしは、ミヅキちゃんから魔力がなくなっても一緒にいますわ」


驚いたが嬉しい言葉だった。

“一緒にいる”の意味を考えた。王太子と結婚したら彼女も王族となる。そうなれば平民の自分とはめったに会えなくなる。

そう考えると王太子の側妃もいいかなと思った。王妃と側妃ならば平民よりもずっと交流することができる。


ただ、王太子といられるかが不安であった。ベッドを共にする想像が全くできなかった。


目の前で微笑んでいるレイージョを見た。

王太子といた時とは比べ物にならないほど柔らかい表情であった。自分だけに向けてくれるものだと錯覚しそうになった。


「心配ないですわ」


微笑みながらレイージョが言った。その意味が分からなかったが聞かなかった。全て任せれば大丈夫な気がした。

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