第9話 幼馴染
恐ろしい顔をして新入生であるミヅキが生徒会室を出て行った。
「ユウキ」と笑顔を作りながら静かな声でアキヒトに呼ばれた。
ユウキは視線を送った。
「何か御用でしょうか」書類から顔を上げて、アキヒトの方を見た。
「なぜ、ミヅキは私から逃げるのかな?」
「私はミヅキ・ノーヒロではありませんので返答しかねます」
丁寧な口調で言うと、アキヒトは“うーん”と考え込んだ。
「優しく歓迎しているのに、避けられているようなんだよね。こんなことは初めだよ」
「左様でございますか。私は特別に魔法学園に在籍しておりますが、10歳の子どもでございます。女性については分かりかねます」
「ふーん」
「失礼いたします」と書類に視線を戻すと、ジトっとアキヒトに見られた。そして、彼はブレザーの中から手のひらサイズの液晶画面を出した。
それを、顔に目の前に持ってこられた。
「なっ……」画面を見て思わず、言葉が詰まった。
その画面に映っていたのは、ユウキが年上の女性と仲良くお茶をしている姿だ。アキヒトは液晶画面に触れて次々と画像を見せた。
全てにユウキが映っているが女性は全員違った。
ユウキは深呼吸をするとまた立ち上がった。
「婚約者候補でございます。父が選別した者と会い親交を深めております。決められた者との結婚でも相性の良い方が良いというのが当主である父の考えでございます」
「ふーん」アキヒトはニコリと笑い、別の画像を出した。
「……」ユウキの顔は青くなった。
「お願いがあるんだよね」とアキヒトは満面の笑みを浮かべた「私はどうしてもミヅキと仲良くなりたい。君はミヅキと仲が良いようじゃないか」
「いえ、けしてそんなことはございません」
強く否定するが、アキヒトの耳には届いていないようであった。
「あぁ、初日に村まで私が迎えに行けばよかった」
「王太子が平民を迎えに行くなどありえません」強く発言したのはレイージョだった。
ユウキは彼女が入室したことに気づかなかったため、目を丸くして驚いたがアキヒトは知っていたような顔をしている。
「そもそも、ショータ家のご子息が平民を出迎えるのも間違っておりますわ」
「ユウキから志願したんだよ」
「それは、殿下がご自分で行かれるとおっしゃったから、ユウキが行かれたのでしょう」
「君も許可したではないか。あぁ、私が彼女を迎えに行くことに嫉妬したんだよね。だからユウキが行くことは許可したのか」
笑顔でうなずくアキヒトに対して、全く表情の動かないレイージョにユウキは恐怖を感じて何も言えなかった。
「ユウキが行くことを許可した覚えはありませんわ。そもそも、わたくしにその権利がございません」
「ならば口を出す必要はないじゃないかな」
「助言ですわ」
レイージョの全く表情の動かない顔でチラリと見られて、心臓がビクリと飛び上がった。
「周りの意見を聞かない暴君は、国を滅ぼしますわ」
「わかった。わかった」アキヒトは面倒くさそうに手を立てに振った。
じっと、レイージョはアキヒトを見ると「わかって下さればいいですわ」と言った。
その声は冷たかった。
彼女の言っていることは正論であるが冷たい言葉は胸に突き刺さる。
アキヒトのなんでも嫉妬につなげようとする意味がユウキには分からなかった。幼いころに大人の都合で決められて婚約者だ。恋愛感情があるわけがない。その証拠がレイージョの態度だ。
花が咲き乱れ、暖かくなってきたというのに生徒会室はブリザードが吹いた。
その時、扉を叩く音がした。レイージョが返事をすると入ってきたのはカナイだ。
彼の顔を見たらほっとした。
「先輩、公共の場でいちゃつかないでください」
カナイは挨拶もなしに言った。彼も最初は王太子に気を遣っていたが王太子が同じ学生としてふるまうようにと言ったその瞬間から態度が砕けた。
ユウキには真似できない芸当であり羨ましく思いながら頼りにしていた。
「イチャついているように見えた?」アキヒトが悪ふざけをする少年のような顔して言った。
「はい。仲良しですね」
「ありえませんわ」とレイージョがカナイの言葉を即座に否定した。「殿下とは悪くも良くもありませんわ」
「えー、私はレイージョとラブラブでもいいよ」
にこにこと笑うアキヒトをレイージョは冷たい目で見た。
「王太子である自覚を持った発言をしてください」
「レイちゃん、怖い」とカナイが言うとレイージョは眉を下げた。
「レイちゃんなんて。わたくしたちはもう幼い子どもではないのですよ。幼馴染ではなく王太子妃と部下になりますわ」
「だからだ。この学校にいるうちは幼馴染だ」
カナイのまっすぐな瞳にレイージョは根負けしたようで「そうですわね」と優しい声を出した。
先ほどのブリザードが収まったようで、部屋に春の気候が戻った。
ユウキはほっと胸をなでおろした。
「そういえば、貴方の目を久しぶりに見た気がしますわ。その髪どうしたのですの?」
「あ、これ」カナイのハーフアップになっている髪に触れながら「ノーヒロさんにやってもらった」
「なんだって?」アキヒトは珍しく険しい顔をした。そして小さく悲しげにつぶやいた「カナイも仲良くなったのになんで私だけ避けられているのだ」
「アキヒト様は押しが強いのです」とカナイが表情筋を動かさずにいった。
レイージョもカナイも表情筋がサボっているか死滅している。長年一緒にいると似るのかとユウキは思った。
「そうですわね」と言いながら、珍しくレイージョがニヤリと笑った。「わたくしは抱きしめられましたわ」
「……」アキヒトが目を白黒させて固まった。
「レイちゃんの楽しそうな顔、久々にみた」
カナイがキョトンとした顔をすると、レイージョは無表情に戻り首を傾げた。
「そうですか?」
「うん」
レイージョは固まって、思考を停止させているアキヒトじっと見るとまた笑った。
「楽しいの?」
「ええ、とても」顎に手を当てて笑うレイージョはまるで悪役のようであった。「愛されることが当たり前の殿下がこのありさま。最高ですわ」
「レイちゃんが楽しいならよかった」とカナイも珍しく微笑んだ。
異様な光景であった。
ユウキは、常識人は自分しかいないのだと不安に感じた。
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