第141話 シン世界の神、誕生!? 9
その時、奇跡が起きた。
家族で団欒の時間を過ごしていたマリアンヌたちの前に、突然ダグラスの姿が現れた。
「お待たせ、マリー」
彼女たちは驚いていたが、すぐにダグラスと気づいて警戒を解いた。
「終わったの?」
「うん、終わったよ。魔法も使えるようになったみたいだ」
「そうなの。試してみなさい」
マリアンヌはメイドの半吸血鬼に魔法の使用を命じる。
メイドは一瞬怯えはしたが、王族の命令である以上逆らえない。
空の器に向かって水の魔法を使う。
――すると、コップ一杯分の水が器に溜まる。
ただコップ一杯分の水。
だがそれが衝撃的だった。
「魔法が使えた!」
「
実際はキドリだったのだが、表向きはカノンがシン世界の神になったという事にしておく事となった。
それはカノンのレベルアップが信者数に左右されるからだ。
「これでできる事が増えるわね」
マリアンヌが喜ぶ。
彼女が喜ぶ顔を見て、ダグラスも喜んだ。
そこに赤子が泣いて自分の存在をアピールする。
「もしかしてその子は……」
「クリストファーよ。あなたの子」
「僕たちの子か……」
マリアンヌが子供をダグラスに差し出す。
ダグラスは我が子を受け取った。
まだ生まれたばかりの子供。
だがその命の重みは、ダグラスには重過ぎた。
彼の両目からポロポロと涙が流れる。
「僕は……、僕は大勢の人を殺してきた。そんな僕が人並みに幸せになってもいいのかな?」
「いいのよ。だってここは――シルヴェニアだもの」
マリアンヌは身も蓋もない事を言った。
ここは人間の国ではない。
人間は大切にされているものの、それは家畜として大切にされているだけである。
人の命など軽いこの国で、命の重さなど気にする必要などなかったのだ。
だがそれでも、そう簡単に割り切れるものではない。
ダグラスは迷っていた。
しかし、今、彼がすべき事はマリアンヌとクリストファーを幸せにする事だ。
自分の過去の事よりも、目の前の事に集中するべきだと考え直す。
「確かに僕は自分の人生を幸せなものにしたい。でも僕は自分が殺してきた人の事を忘れない。せめてそれくらいはしないと気が済まないんだ」
「まったく、しょうがない人ね。なら私が忘れさせてあげる」
マリアンヌがダグラスに近づく。
「マリー……」
「ダグラス……」
二人の唇が重な――らなかった。
フェリベールの手が二人の間に割って入ったからだ。
「ちょっと待て。約束は忘れていないだろうな?」
彼は空気を読んで、これまで黙っていた。
しかし、マリアンヌとキスをしたいのならば、以前に交わした約束――地下都市への侵入方法を手に入れる――を果たしてもらわねば許す事はできない。
それがマリアンヌとの仲を認める条件だったからだ。
「もちろんです。カノン様にすべて聞いてきました」
「ならば先にその証明をするのが筋というものだろう! 行くぞ!」
「えっ、ちょっと待ってください。マリー!」
「お父様、待ってよ!」
「おお、そうだ。孫は置いていかんとな」
ダグラスの腕からクリストファーが奪われ、マリアンヌへと渡される。
そしてそのままダグラスはフェリベールに地下へと連行されていった。
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「あらあら、せっかく結婚生活を送れると思ったら邪魔が入っちゃったわね」
「キドリさん、覗き見は趣味が悪いですよ」
「いいじゃない、ちょっと知り合いの幸せを見守るくらい」
神の領域にある居間で、キドリは大きなモニターにダグラスの事を映していた。
それをカノンが咎めるが、彼女は反省したりはしなかった。
「ケチな事を言うと、スズキさんの力を奪っちゃいますよ!」
「そんな風に脅さないでください。脅迫など神らしい行いではありませんよ」
カノンは神となったキドリから、神の力の一部を使用する許可をもらっていた。
これから彼は“本当の神”としてアピールするため、世界各地を回って奇跡を起こす予定となっている。
これはカノンが“信者の数でスキルの使える数が増える”という特性を持っていたからだ。
彼が本当の神になるまでにITリテラシーを学んでもらわねばならない。
だがそれだけでは神になった時に困る。
――地道に信者を確保しながら、ITリテラシーの勉強をしていってもらう。
それがキドリの選んだカノンの育て方だった。
「そもそもキドリさんだって人の事言えないでしょう。なんですか、その赤本の山は。神としての立場を悪用する気満々じゃないですか!」
「神様の力を使うわけじゃないんだからいいんです! ただ元の世界、元の時間に戻れるのなら、合間に試験勉強をしておこうと思っただけです!」
「それはそれでズルイじゃないですか! 他の人は勉強できる時間が限られているっていうのに、その気になれば自分だけ何十年でも勉強できる状態で学ぶなんて!」
「自力でやるからいいんですよ。人生なんて学び続けるものなんですし」
キドリは“この話はもう終わりだ”と言わんばかりにプイッと顔を背ける。
彼女自身も少しズルイ行為だとわかっているのだろう。
カノンは卑怯だと思ったが、下手に問い詰めて力を奪われたら困る。
今はまだ雌伏の時だと我慢して、彼女と言い合うのをやめようと考えた。
「そこまでするなら、ちょっとだけ神の力を持ったまま元の世界に戻ればいいのに……」
「頑張ってきた人の努力を、たまたま手に入れた力で踏みにじるのは違うでしょ。私もちゃんと努力した上で受験に挑みたいの」
「なるほど、キドリさんなりに一線を越えないようにしているのですね。その心がけは素晴らしいものです。その心を忘れないようにしてください」
「ありがとうございます。カノンさんも学んだ事を忘れないようにしてくださいね」
「……その一言が余計なんですけども」
キドリの歯に衣着せぬ物言いに、カノンが悔しそうに顔を歪めた。
二人のやり取りを、ユベールとフリーデグントが眺めていた。
「まったく最近の若い者は年長者への敬意が足りない」
「年を取っていれば敬意を払われるというものではありません。敬意を払ってもらえるような大人にならないと」
「それも一つの真理かもしれませんね」
フリーデグントは、
だが彼女は呆れたりはしなかった。
それがエルフというものだからだ。
「私はここに残ってキドリ様の手助けをするつもりですが、あなたはどうするんですか?」
「もちろん、カノン様に同行しますよ。あのお方はこの世界の事を知らなすぎる。まだまだサポートを必要とされていますから」
「そうですか、カノンさんの足を引っ張らないように気をつけてください」
「私を誰だと思っているのですか。大丈夫ですよ」
自信満々に答えるユベールに、フリーデグントは不安を覚えた。
こういう時、ダグラスがいてくれれば違っただろう。
――カノンとユベール。
不安を覚えるなというほうが無理な組み合わせだった。
「ユベールさん、行きましょうか」
キドリとの話を切り上げたのだろう。
カノンがユベールに声をかける。
それから彼は、ダグラスが映るモニターを振り返った。
「結婚し、子供が生まれた。でもそれが人生のゴールではありません。夫として、父親としての新しい人生の始まりに過ぎません。これからの人生に幸多からん事を願っていますよ。未来の神であるこの私がね」
ダグラスとは色々とあったが、彼のおかげでこの世界は救われた。
カノンは、その事を忘れてはいない。
だから彼の幸せを願ってやった。
しかし、他人の事ばかり心配してはいられない。
彼自身も、神の代理人になったばかりだ。
将来的に神になっても、それがゴールではない。
彼は神としてこの世界を正しい方向へ導いていかねばならない。
新しい人生を歩み始めたのはダグラスだけではないのだから。
彼以外のみんなも、それぞれが新しい人生のスタートを歩み始める。
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これにて本編は終了です。
次回は最後にエピローグとして、主なキャラクターのその後などを投稿しようかと思っています。
ですが「いいご身分だな、俺にくれよ」の再書籍化やコミカライズもあり、そちらをまず優先したいので来週ではなく再来週になったりするかもしれません。
家庭のほうも父の病気などがあり、予定がどうなるかわかりませんが、そう遠くないうちには投稿させていただきます。
長らくお付き合いいただきありがとうございました!
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