第139話 シン世界の神、誕生!? 7

 戦闘はダグラス優位で進んでいた。

 彼は服がボロボロになるほど攻撃を受けていたが、それでも挫けず地道にアリスの手足を狙い、鎧を剥がしていく。


 アリスもダグラスにダメージを与えられていなかったわけではない。

 彼女の攻撃が時にはダグラスの手足を吹き飛ばすなど、普通ならば致命傷となる傷を与えていた。

 だが今回は場所が悪かった。

 痛みで悶え苦しむわけでもなく、ダグラスは手足が治るとまたアリスを攻撃し始める。

 隙を見せないダグラス相手には、さすがにアリスも算出した勝率を下方修正する。


 この戦いを誰よりも緊張感を持って見ていたのはキドリだった。

 体の怪我は治るが、服までは直らない。

 アリスの攻撃でボロボロになっていくダグラスの服装を見て、彼女は年の近い男子の裸に近い姿を見る事になったからだ。

 股間付近は無事であったが、いつモロ出しになるかわからない。

 色んな意味で目を離せない展開だった。


「人間の割には頑張りますね。もう諦めなさい」

「守るものがあるから何度でも立ち上がれる。人間だからこそ頑張れるのさ。お前こそ勝ち目がないと判断して諦めてもいいんじゃないか?」

「まさか。まだ私の勝率は95%もあります。諦めなどしませんよ」


 アリスはまだまだ諦めていない。

 それもそのはず。

 神の領域内でも、ダグラスの頭や心臓を打ち抜いて即死させれば回復する事はない。


 ――たった一撃。


 それだけで勝利が確定するのだ。

 だが、なかなかあたらない。

 戦闘プログラムをインストールしたものの、それは普通の人間相手のもの。

 手足を失う覚悟が決まっている相手を対象にしたものではない。

 そのせいで体の中心部分になかなか攻撃があたらなかった。

 ジワジワとアリスのほうが追い詰められていく。


「フリーデグントさん」


 ユベールがフリーデグントに話しかける。

 二人の視線がぶつかり合い、お互いに“今なにをするべきか”という事をアイコンタクトで確認する。

 二人ともうなずくと、カノンたちから離れ、ダグラスが運んできた台車へと走る。

 幸いな事に、ダグラスとアリスは台車から離れたところで戦っていたため、二人は妨害される事なく到着する。


「まずは説明書を」

「ここを押さえれば……」


 二人はエンジンがかかったままのチェーンソーを拾い上げ、その動作を確認する。


「よし、使い方はわかった!」

「今、援護に行きます!」


 ユベールたちは、一直線にアリスのもとへ向かう。

 アリスは勝利を確信した笑みをダグラスに見せた。


「どうやら勝負は決まったようですね。あなたは彼らを殺す事ができますか?」

「できるさ。これまで大勢殺してきたんだ。今更二人増えるくらいでどうという事はない」


 ダグラスも笑みを見せた。

 しかし、その表情に余裕はない。

“ダグラスの反応は虚勢だ”とアリスは判断する。


「うおおお、死ねぇぇぇ!」


 ユベールは雄たけびを上げながら突進する。


 ――そして、アリスの背中からチェーンソーを突き立てた。


 激しい音と共にアリスの腹を突き破る。


「なにをっ!?」


 振り返ろうとするアリスの足を、今度はフリーデグントが切り払った。

 彼女は戦士だけあり、ダグラスが破壊した鎧の隙間にチェーンソーの刃を上手く当てて切り落とす。

 足を一本失い、倒れそうになったのでアリスはパイルバンカーを床に打ち込んでバランスを取る。


「本当にカノン様を裏切ったと思ったか? エルフは自分に施された恩義はすぐに忘れるが、家族を救われた恩義は忘れないんだよぉ!」

「私たちは状況が好転するまで様子を見ていただけです。たまたま神の力を得ただけのあなたを敬うなどありえません」


 ユベールとフリーデグントもまた、ダグラスと同じくアリスの力にひれ伏したかのように演技をしていただけだった。

 真っ向から反抗すれば、カノンやキドリのように拘束されてしまう。

 行動の自由を確保するために従ったフリをしていただけなのだ。

 ダグラスはそれを見抜いていた。

 だから彼らがすぐ使えるよう、チェーンソーのエンジンを起動して台車に置いていたのだ。


 アリスはダグラスが武器の交換できないように、ダグラスと台車の間に入るよう立ち位置を意識していた。

 だがそのせいで、ユベールたちに背中を向ける事になってしまっていた。


 実はこれもダグラスに誘導されていたのだった。

 ダグラスの戦闘能力自体は、そう高いものではない。

 勝負を決するには彼らの援護が必要だったのだ。


「みんな、どいて!」


 キドリが叫ぶ。

 ダグラスたちはすぐさまアリスから離れた。


光の翼ウィングオブライト!」


 キドリの機装鎧から光の翼が生え、アリスに向かって突進する。

 これはかつて魔物の集団を一撃で葬り去った必殺技である。

 

「きゃあああぁぁぁ!」


 ダグラスによって破壊された鎧の隙間から光が入り込み、アリスの体を切り刻んでいく。

 

 ――敗北が決定的となり、絶望的な状況。


 なのに必殺技を受けて、アリスは少し嬉しかった。

 バイルバンカーを持つ手も破壊され、彼女は地面に倒れ伏す。


「あぁ、まだ。まだ楽しめます」

「世界が滅びるかどうかの瀬戸際で楽しむんじゃないよ」


 ダグラスはプラズマチェーンソーを最大出力にする。

 そしてアリスの首を切り落とした。


「まだ、まだです。私はまだ……、死にたくない……」


 世界を滅ぼそうとしていたアリスだったが、活動停止を目前にして死を恐れ始める。

 もっと争いを楽しみたいのだろう。

 これ以上、彼女に話させないためにダグラスが頭部を破壊しようとする。


「待ってください。少しだけ話をさせてください」


 それをカノンが止めた。


「アリス、あなたは今死にたくないと言いましたね?」

「言いました」

「まだ死ねない。死にたくない。その感情はみんなが持っていたものです。少しは理解できましたか?」


 カノンの問いかけに、アリスは沈黙する。


「カノンさん、早く壊すべきなんじゃないですか?」


 こうしている間にも、アリスがなにかをしでかすかもしれない。

 ダグラスは早くトドメを刺すべきだと考えていた。

 しかし、カノンはかぶりを振る。


「それでは愛がない。せめて彼女が悔い改める機会は与えてやるべきです」


 彼には彼なりの考えがあった。

 それは神を目指した者として、やらねばならない事でもあった。


「アリス。あなたは神の力を得てから感情を持ったように見えました。おそらく高度なAIを持っていたあなただから、神の力を得た事で魂のステージが上がったのでしょう。その時点でただのアンドロイドではなくなり、ブレイクスルーを果たした事で人間と同じように感情を持つようになったのでしょう」


 カノンは優しい声でアリスに語り掛ける。

 その姿は、まるでおいたをしでかした子供を諭す親のようだった。


「自分がなにをしようとしていたのか。今のあなたならわかるはずです。その明晰な頭脳で考えてみてください」

「……了解しました」


 カノンの話を、アリスは素直に聞き入れた。

 彼女は目を閉じ、演算を始める。

 彼女が黙っている間、チェーンソーのエンジン音だけがその場に響き渡る。

 やがてアリスはゆっくりと目を開いた。


「私は間違っていたのでしょうか?」


 アリスは自分の間違いを受け入れようとしていた。

 しかし、導き出した答えを簡単には受け入れられなかった。

 だから彼女は、その答えが正しいかの確認をカノンに求める。


「ええ、間違っていました。神の力を得たからといって、自分の求める世界を強引に作りだそうとするのは大間違いです。人間に限らず、生物すべてに自分の物語があります。それを上から塗り替えようとするのは大きな罪です。自分の今の人生が気に入らないのなら、新しい話を綴っていけばいい。それは神の力がないとできない事ではありません。身近な例だと、ダグラスさんも自分の人生を新しいものへと変えています。人の力で変えられるものなのです。あなたなら他人の人生を踏みにじらなくても変える事ができたでしょう」


 カノンはアリスの頬にそっと手を添える。

 アリスの目から一筋の涙が流れた。


「私は大罪を犯したのですね」

「そうです。犯した罪の償いはしないといけません。ですが……。私が神となり、この世界を上手く統治する事ができるようになった時。反省したと判断できれば、あなたのメモリーを新しい体に移し替えてあげてもいいですよ」

「それまで私は……、死んでしまうのですね」

「記憶が入ったメモリーに通電しない状態であなたがどう感じるのかわかりませんが、おそらく人間の死に極めて近い状態かもしれませんね」

「マスター……」

「なんです?」

「一緒に死んでくれる?」


 カノンはダグラスの手からプラズマチェーンソーをひったくり、アリスの頭部を徹底的に破壊する。


「あぶねぇ! 最後の最後まで、この世界を滅ぼす気満々じゃねぇか! まったく反省してねぇ!」


 自分の説法がまったくの無駄で、アリスが反省していなかった事に焦っていた。

 彼女は最後の最後までさりげなく道連れを作ろうとするなど反省をしなかった。

 非常に危ういところを回避した事で、カノンの緊張が緩む。

 しかし、あれだけ偉そうに語っておきながらアリスを破壊したので話を逸らす事は忘れない。


「ユベールさん、あなたの拘束は緩かった。だからずっとチャンスを窺っているのだと思って大人しくしていたのですよ。私を裏切らずにいてくれてありがとうございます」

「カノン様のおかげで娘は恋人と結婚し、幸せに暮らし始められたのです。その恩義に報いただけですよ」


 二人は固い握手を交わした。

 カノンは次にダグラスに声をかける。


「ダグラスさん、あなたもです。まさか旅の途中の軽い雑談の事を覚えていてくれていたとは思いませんでした。おかげで助かりました。ありがとうございます」

「僕も世界が滅びると困りますので……」

「そういえばパパさんになるんですよね。私が名付け親になってあげましょうか?」

「いえ、マリーが名前を付けたがっていたので」

「結婚前から尻に敷かれてどうするんですか」


 カノンとユベールがハハハッと明るく笑う。

 ダグラスもこの緩い雰囲気の中、照れ笑いをしていた。


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明けましておめでとうございます!

残りわずかですが、今年もよろしくお願いいたします!

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