第137話 シン世界の神、誕生!? 5

 広間に残ったアンドロイドは六体。

 アリスは六体のアンドロイドを扉の左右に配置する。

 カノンとキドリを捕えているのは、ユベールとフリーデグントの二人だけになった。


 ――アリスの手駒が目に見えて減っている。


 この状況は好機である。

 ダグラスがやってくれば脱出の機会が訪れるかもしれない。

 カノンは大人しくしてチャンスを待つ。

 やがてガラガラという音が聞こえ、その音が扉の前で止まった。

 誰もが息を呑んで扉が開かれるのを見守る。


 先に動いたのはアリスだった。

 アンドロイドが扉の左右の壁をタックルで破壊して、ダグラスを挟み撃ちにする。

 衝撃音や金属音、なにかが壊れる音が周囲に響き渡る。

 三十秒ほどではあったが、カノンたちには数分以上も続く戦いに感じていた。

 静かになると、すぐに扉が開かれた。


「ダグラ……プフゥ」


 ――こういう場面では片手に剣を持って登場する。


 そういう固定観念があったカノンは、台車を押しながら登場したダグラスを見て、なぜか笑いを堪えられなかった。

 それはあるものを思い出ししまっていたからだ。


「こづ……、れ……、おかみ……、みたい……、だ」


(子連れ女将? 何の事だろう?)


 カノンの独り言を聞いて、キドリは頭をひねる。

 彼がなぜそんな事を言ったのか?

 なにに笑っているのか?

 そういった事はさっぱりわからなかったが、ダグラスに関して笑っている事はわかった。

 奇襲を仕掛ける合言葉のようなものかもしれないので、彼女は状況を見極めようと意識を集中させる。


「神であるこの私に、よくも反逆してくれましたね」


 アリスがダグラスを睨む。

 だがダグラスは、彼女の視線など気にしなかった。

 それは彼の心に強い信念があったからである。


「僕にとっての神はただ一人だ」

「ダグラスさん……」


 カノンは先ほどダグラスの登場シーンを見て笑った事を深く反省する。

 ダグラスも一応は神だと思ってくれてはいるようだったが、信用を失った時は時々信者ではなくなったりもしていた。

 そんな彼がここまで強く自分の事を“神はカノンだけだ”と言ってくれている事に感動していた。


「この世界の神はタイラー様だ! お前のようなゴーレムなどではない!」


 カノンは真顔になった。


(いや、でもタイラさんはこれまで長い間信仰していた相手だし……)


 そのような事を考えて、自分の心を守ろうとする。

 しかし、薄っすらと涙目になっていた。


「なるほど、私を認めないというわけですか。愚かな人間よ。ならば神の力をとくと思い知るがいい」


 アリスの足元で魔法陣が光る。

 すると魔法陣から光が伸び、アリスの体に取りついていく。


 ダグラスは無言でプラズマカッターを放った。

 しかし、魔法陣の光に阻まれてかき消されてしまった。


「変身中に攻撃するとは無粋な人。でも変身中は無敵なのですよ。そんな常識も知らないのですか?」


 アリスが不敵な笑みを浮かべる。

 彼女が言っている意味はわからなかったが、今は攻撃が無駄だという事はダグラスにもわかった。

 プラズマカッターは腰に下げ、両手にプラズマチェーンソーを持って用意する。


 アリスの変身中は、どこからともなく歌が聞こえてきた。

 不思議な効果音と共に装着が進んでいく。

 それが終わると、彼女はキドリの機装鎧に似た形の真っ赤な鎧を身に纏っていた。


「神に特効効果のあるチェーンソーですか。ですがそれはもう古いですよ」


 どこからともなく表れた巨大なトンファーのようなものが、アリスの両手に一本ずつ握られる。


「今は――」


 彼女はトンファーのようなものの中から、バシュッと杭が飛び出すのをダグラスに見せつけてきた。


「パイルバンカーの時代ですよ!」


 ダグラスは“パイルバンカー”というものか一目でわかった。

 高速で杭のようなものを打ち出す強力な破壊力を持つ武器だと。


(もしもマリーがここにいたら、あの武器は致命的だったな)


 ――吸血鬼の弱点の一つ、胸に杭を打ち込まれる。


 マリアンヌには相性の悪い武器だ。

 しかしダグラスには違う。

 人間にとって、どうせどんな武器でも危険である事には変わりないからだ。

 

「そもそもプラズマチェーンソーが存在する理由がわかりません。ブラズマのソーを回転させる意味とは? ビームサーベルやヒートホークのほうが理に適っています。あなたもそうは思いませんか?」


 アリスは気分が高揚しているようだ。

 ベラベラと不必要な会話までし始めた。


「ビームサーベルとかいうものがわからないからなんとも言えないな。だがこのプラズマチェーンソーの威力はゴーレムたちで証明済みだ。神殺しの武器というものを信じるよ」


 ダグラスはチラリとカノンたちのほうを見る。


「神になるというカノンさんが、なぜ日常の会話で神殺しの武器について触れたのかはわからなかった。けど今ならわかる。こういう不測の事態に備えていたという事が。説明書・・・とかいうものを読むだけで使えたのは幸いな事だったかな」


“説明書”という発言に少しだけ力を籠める。

 説明書を読めばカノンたちも簡単に扱えるという事を知らせるためだ。

 ダグラスも、さすがに自分一人でアリスを倒せるとは思っていない。

 彼らが援護してくれる事に期待していた。


「アリス、僕は君が神などとは認めない。いや、神は神でも邪神か。邪神アリス、ここで滅びてもらう!」

「邪神、ですか」


 アリスは、フフフッと嬉しそうに笑う。

“邪神扱いというのも、それはそれで憧れのゲームのラスボスっぽいな”と思ったからだ。

 自分が理想とする世界が誕生するのも、もう間もなくだ。

 そう思うと、自然と喜びの感情が沸き上がってきた。

 その事に“神になったから感情プログラムがアップデートされたのだろう”とアリスは考える。


「ならば人の子よ。かかってくるといい。私の存在を否定するならば、私を倒してみよ」


 彼女はノリノリだった。

 この戦いに負けるはずがないからだ。

 彼女の戦闘プログラムによる予想では、勝利の確率は99.9%。

 勝利は確実である。

 ならば、ラスボスごっこを楽しもうと前向きに考えていた。


 しかし、神になる前の彼女であれば、残り0.1%を強く警戒していただろう。

 なぜなら彼女の好きなゲーム世界では、100%か0%でないと信じてはいけない世界だったからだ。

 神になり、感情が生まれた事で冷徹な機械としての計算が狂い始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る