第133話 シン世界の神、誕生!? 1

「ちょっと、あの人たちはなんなんですか?」

「私も知りませんよ。タイラさんの趣味じゃないんですか? 趣味……、あっ」


 カノンはなにか思いついたようだ。

 しかし、それは女子高生の前で言葉にするのをはばかられるものだった。

 なんとかして違う表現ができないかを考える。


「一人で寂しかったのかもしれませんね。だからアリスのようなアンドロイドを呼び出していたとか? 海辺に一人だけっていうのは寂しいでしょうし」

「あーそれはあるかも。ずっと一人っきりだとおかしくなるかもしれないですしね」


 カノンの出まかせに、キドリが納得する。

 並んでいるのは、一人寝が寂しい時・・・・・・・・に使うリアルな人形の可能性もあった。

 カノンは嘘を言っていないが、本当の事も言っていない。

 キドリを守るために、ちょっと説明不足なだけだった。


「アリス、ここにいるのは人間ではないですね?」

「はい。彼女たちはタイラ様が呼び出したアンドロイドです。黙って待っているようにという命令を受けたまま待機状態になっているようです」


 アリスは他のアンドロイドたちと通信でもしているのだろうか。

 会話をしていないのに事情に通じていた。


「待機状態を解除しますか?」

「いや、そのままで結構。まずはコントロールルームへ向かいましょう」

「かしこまりました。ご案内致します」


 アリスが先導を始める。

 そのあとにカノンが続き、ダグラスたちも付いていった。


(なんだか不気味だな)


 ――廊下の左右に居並ぶ美女たち。


 彼女たちは無言のまま視線を自分たちに向けてくる。

 いっそのこと、話しかけてほしい気分だった。

 だがカノンたちの話を聞く限りでは、彼女たちは動けないまま。

 彼女達の視線は、まるで“早く自由にしてくれ”と訴えかけられているかのような気分になってしまう。

 ゴーレムのはずなのに、人間そのものの容姿がそう誤解させてしまうのだろう。


「いきなり襲いかかってきそうで怖いですね。もしそんな事があったら兄貴、助けてくださいね」


 ユベールもダグラスと同じように不気味さを感じたのだろう。

 怯えた様子を見せている。


(この人はエルフだから俺を盾にして逃げ出しそうだな)


「カノンさんがそうならないようにしてくれますよ」


 ダグラスは明言を避けた。

 いくら“兄貴”と慕ってくれているように見えても相手はエルフだ。

 そうしたへりくだりは“そうしたほうが得だからやっているだけ”に過ぎない。

 エルフ相手に心を許すのは厳禁である。

 彼はその原則を守っていた。


「そ、そうですよね。カノン様ならきっとどうにかしてくれます! カノン様ですから!」


 自分にそう言い聞かせるように、ユベールは何度も繰り返す。

 よほど怖いのだろう。

 ダグラスはその理由が気になった。


「彼女たちを恐れる理由があるんですか?」

「実は異端審問官時代に、オートマタを操る呪術師と戦った事があるんです。その時に仲間が……」

「……辛い事を聞いてしまいましたね」


 ユベールでも仲間の死を悼む事があるのだろう。

 興味本位に悪い事を聞いてしまったとダグラスは後悔する。


「ええ、本当に辛かったです。まさかあの戦いの最中に人形相手に発情するようになるなんて……」


 本当につまらない事を聞いてしまったとダグラスは後悔した。

 だが、ユベールの話は続く。


「しかも最後の言葉が『女房よりスタイルがいい女の裸を最後に見れてよかった』でした。彼の最後をどう家族に伝えていいものか迷ったものです」

「それは……、まぁ、困りますね」


 ダグラスはユベールに尋ねてしまった事を本気で後悔する。

 ここまでくだらない理由だったとは思わなかったからだ。

 ダグラスまで人形にトラウマを持ってしまいそうだった。


「こちらです」


 ユベールと話しているうちに目的地に到着したようだ。

 女の子たちが壁際に並んでいる以外は特に目立つところがなかったため、ダグラスも周囲に興味を惹かれる事はなかった。

 くだらない話ではあったが、ユベールと話しているおかげで暇を潰す事ができたらしい。

 それでも感謝する気になれないのは、やはり内容が内容だったからだろう。

 ダグラスが黙って見ていると、アリスが扉を開ける。


「おや、これは」

「ゼランっていう街にあるところと似てますね」


 部屋の中は、ゼランの街にあったコントロールルームと酷似していた。


 ――机と椅子、そしてパソコンがあるだけのシンプルな部屋。


 皆が中に入る。

 誰もが“ついにカノンが神になる瞬間がきた”と思い見守っていたが、カノンはパソコンの前で立ち尽くしていた。


「どうかしたんですか?」


 キドリが尋ねると、苦悶の表情を浮かべたカノンが振り向いた。


「キドリさん、パソコンを使えますか?」

「学校の授業で習う範囲なら」

「そうですか……」


 カノンは困った様子だった。

 それもそのはず、彼はゼランにある神の領域での事を覚えていたからだ。


「ここに来るまでの間、ゼランで起きた事は話しましたよね?」

「誤った電源の切り方をするとデータが飛ぶ古いタイプのパソコンですか」

「そうです。また失敗すると大変な事になってしまいます。残念ながら私はあまり得意ではないので……」

「でも神様になるには必要な操作なんですよね? スズキさんが頑張らないと」

「そうなんですよね……」


 それでもカノンはパソコンに触れようとしなかった。

 しばらくして、彼の視線はとある人物に向けられる。


「アリスならパソコンを扱えますよね?」

「操作はできます。ですが私にはワールドクリエイトシステムに触れる権限がありません」

「なら、操作する権限を与えれば可能という事ですね?」

「はい、権限があれば可能です」


 カノンの表情が晴れやかなものへと変わる。


「では与えましょう。どのような権限が必要ですか?」

「それでは必要な権限の通知を送ります」

「どれどれ」


 いつものようにカノンが虚空に向かって指を動かす。


「結構ありますね。許可、許可、許可……」


 カノンが次々に許可を与えているようだ。

 脇から見ている分にはなにをしているのかわからない。

 ダグラスたちは“なにをやってるんだろう?”とお互いに顔を見合わせた。


「カノンさんのパソコンとかスマホって、よくウィルスに感染してそうですね」

「なぜその事を!?」

「考えなしになんでも許可をしてそうですし……。危なくないですか?」

「大丈夫ですって。なんだかんだなんとかなってますし」

「よくないですよ、そういうの」


 同じ世界の住人であるキドリだけは、カノンの行動を理解し、心配していた。

 だがカノンは気にしなかった。

 もうじき神になれると浮かれ、ウキウキと作業を進めていく。

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