第132話 第三の神の領域 11
一行はエレベーターのある建物へと向かう。
強引に砂浜を掘り進もうとしたカノンはすでに気にしたそぶりを見せなかったが、無駄な行為をやらされていたキドリは少しムッとした表情を見せていた。
「こちらです」
「なにもないじゃないですか」
アリスが案内したのは建物の裏。
だがそこにはなにもなかった。
掃除用具を入れるロッカーがあるだけだった。
「まさか、そのロッカーに入れと?」
カノンが疑問を投げかける。
しかし、アリスは動じなかった。
ロッカーを開くと、中にあったボタンを押す。
すると微弱な揺れが発生する。
「じ、地震!?」
ダグラスたちは素早く建物から離れる。
「震度二くらいですかね」
「これくらいなら建物は倒れないでしょう。そもそもエレベーターを使うたびに建物が倒れる設計など致命的ですけども」
だがカノンとキドリの二人は離れなかった。
まるで地震が珍しくないもののように気にしていなかった。
地震に対する慣れが、転移組と現地組で顕著に表れたらしい。
「地面の下からなにかがせり上がってきているのでしょう。慌てる必要はありませんよ」
地震に怯える事なく、みんなを安心させようとカノンが落ち着いた声で話しかける。
ダグラスたちは彼の態度を見て、少し冷静さを取り戻せた。
「ここはサンクチュアリです。命の危険など――にょおああああ」
――皆の視界からカノンが消えた。
いや、正確に言えば“カノンが飛んで消えた”といったところだろうか。
地面から四角い箱型の建物が勢いよく現れ、ちょうど出現位置の上に立っていたカノンが跳ね飛ばされた。
ダグラスも、なにが起きたのかわからず硬直する。
しかし、すぐに冷静さを取り戻した。
一目散にカノンのもとへ走り、彼が地面へ叩きつけられる直前に受け止める。
腕が千切れるかと思ったが、ここは神の領域である。
そのような事にはならず、両者とも怪我はしなかった。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
普段は傍若無人カノンも、今回はさすがにビビったようだ。
震える声が感謝を述べる。
「まだ死なれては困りますので。お気になさらず」
ダグラスはカノンを地面に降ろす。
彼はよろめいたが、ダグラスの肩を掴んでなんとか倒れずに済んだ。
そして厳しい視線をアリスに向ける。
「あそこに立っていると危ないですよ」
「警告が遅い!」
「警告区域に設定されておりません。設定いたしますか?」
「くっ……、エレベーターの呼び出し時に設定しておきましょう」
アンドロイドのアリスは行動が強制されたり、制限されている。
その彼女が警告しなかったのだ。
悪いのは彼女ではなく、警告を設定していなかったタイラーの責任である。
カノンは彼女を責めるような真似はせず、一言言いたい気持ちを我慢する。
「それにしてもタイラさんは、なぜこんな危険なエレベーターを設置していたのでしょう……。死にますよ」
「自分が使うのなら、こうなるとわかっているから警戒していなかったんじゃないですか?」
「神の領域なら自然回復するとはいえ、こんな殺人エレベーターを設置するなんて愚かな行為です」
「確かに危ないですよねぇ。景観を守るためとはいえ砂に埋まっているのも意味わからないですし」
カノンとキドリが危険なエレベーターについて非難する。
だがダグラスたちは“タイラー様が作った場所”という事で、下手な口出しはしなかった。
この世界を見捨てたとはいえ、これまで祈りを捧げてきた相手だ。
そう簡単には非難する事はできなかった。
「とりあえず扉を開けてみませんか?」
フリーデグントが話を変えようとする。
それに目的は地下へ向かう事だ。
一刻も早く世界を救ってほしいと思っていた。
「そうですね。そうしましょうか」
彼女の提案をカノンは素直に聞き入れた。
話は移動中にもできる。
彼はエレベーターの呼び出しボタンを押す。
すると、すぐに扉が開いた。
カノンとキドリ、アリスの三人はエレベーターの中へ入る。
しかし、ダグラスたちは呆気に取られていた。
「階段もなにもないですよ?」
――それはエレベーターの中を見たからだった。
彼らは地下への階段が現れたものだと思っていた。
だというのに、中にはなにもない小部屋が現れただけである。
この状況についていけなかった。
「あぁ、なるほど」
カノンはニヤリと笑う。
彼らがエレベーターの事を知らないのだと見抜いたからだ。
「これはエレベーターといって、部屋が上下に動く仕組みの機械です。さすがに五十メートル分も階段を降りたくはないでしょう? これなら楽ですよ」
「部屋が動くんですか?」
「そうですよ。乗ってみればわかります」
「……では」
ダグラスがエレベーターに乗る。
それに続いてユベールとフリーデグントも中へ入った。
三人は中を珍しそうに見回す。
だが結局は天井の照明以外に珍しいものはなかった。
「アリス、コントロールルームは何階にある?」
「地下二十階です」
「なら二十階で」
カノンが自らボタンを押す。
「ドアがっ!」
すると自動的にドアが閉まろうとする。
フリーデグントがドアを開けようとする。
それをキドリが彼女の腕を掴んで止めた。
「手が挟まると危ないですよ」
「ですが退路は確保しておかないと」
「それは大丈夫ですって。ここは神の領域っていうところなんだから。それに安全のためにドアに手を挟まないようにって注意書きもあるでしょう? そっちのほうが危ないよ」
「キドリ様、先ほどのカノン様の惨状をお忘れですか?」
「えっ……」
フリーデグントに言われて、キドリは先ほどの出来事を思い出す。
かなりの勢いで地面から入口が飛び出してきたのだ。
扉に手を挟むどころではない危険性である。
タイラーはあんな仕掛けを作ったのだ。
普通のエレベーターであるはずがない。
「あっ、ちょっと怖くなってきた」
キドリもエレベーターを止めようとするが、残念な事にちょうど扉が閉まってしまった。
彼女は恐怖で顔を歪める。
「そういえば、エレベーターの誤作動を題材にしたホラー映画とかありましたよね」
「カノンさん、そういう事を言うのはやめてください!」
カノンがキドリをからかう。
彼は火あぶりにされそうになった時、キドリに見捨てられた事を根に持っていた。
だからちょっとだけ怖がらせようとする。
――しかし、それは無駄だった。
エレベーターはかすかな駆動音がするのみで、至って静かに地下へと降りていく。
ダグラスやユベールがエレベーターの動きに気持ち悪さを覚えたくらいで、特に問題はなく地下二十階へと到着する。
「ほら、問題はなかったでしょう?」
ポーンという音と共に扉が開かれる。
「ひぃぃぃ!」
「うわぁぁぁ!」
「きゃあ!」
扉の先の廊下には、水着姿の女が壁際にズラッと並べられていた。
しかも全員がエレベーターのほうを見ている。
あまりにも不気味な光景に、彼らは思わず悲鳴を漏らしていた。
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