第131話 第三の神の領域 10

「いっけぇーーー!」


 カノンの叫びに合わせて爆音が響き渡る。

 浜辺の砂が舞い上がり、離れたところにいるカノンたちの頭上にまで砂が降り注ぐ。


「げぇっ、ペッペッ」


 こうなる事を予想していたユベールやフリーデグントと違い、カノンはモロに砂を被った。

 口の中に入った砂を吐き出そうとする。


「穴は開いてませんねぇ」

「爆発は砂と相性が悪いのでしょう。威力が上手く吸収されているようです」


 ――キドリが呼び出した機装鎧による攻撃は失敗に終わった。


 二人は冷静に結果を受け止めていた。

 なんとなく失敗するような予感がしていたからだ。


「カノンさん、どうします? まだ続けますか?」


 空中から攻撃したキドリも手応えがなかったと感じていた。

 砂浜を攻撃するなど、景観を破壊するだけの行為にしか思えなかった。

 しかし、カノンだけは違った。


「コントロールルームに行かねばならないのです。なんとしてでも堀り進んでください!」

「なら続けますけど……」


 砂浜に穴を掘っても、周囲の砂が崩れ落ちて穴を埋めてしまう。

 これは長丁場になりそうだった。

 キドリは渋々ながらも気合を入れて技を出し続ける。


 一方その頃、ダグラスはアリスから焼きとうもろこしを受け取っていた。

 とうもろこしを齧りながら、ダグラスは質問する。


「シンプルな料理だけど、こうして海を見ながら食べるのも美味しいね」

「アンドロイドの私にはわかりませんが、人は風景を眺めながら食べると味が変わったように感じるそうですね」

「そうなんだ。これまで味がわからなかったから、そんな事も気付かなかったなぁ」


 二人は必死に穴を掘ろうとする四人と違い、食事をしながらのんびりと風景を眺めていた。


「でもサンクチュアリの中なのに、こんな壁もないあばら家しかないのは不思議だね」


 ダグラスは周囲を見回しながら言った。

 他の神の領域には、不思議と心の落ち着く庭園や巨大な建造物などがあった。

 だがここにはない。

 湖の中なのに、なぜか海があるという点以外は目立つものがなかった。


「ここは海の家という商業施設で、泳いで疲れた人々が休む場所です。壁がないのは潮風を感じながら食事を楽しむためでしょう」

「風景を楽しみながら食べると美味しく感じるからか」


 これまでの建物に比べるとみすぼらしい家だったが、そういう意味があったのかとダグラスは納得する。

 実際に自分も海を眺めながら食べるとうもろこしを、いつもより美味しく感じていたからだ。


「ちょっとちょっと、二人も手伝ってくださいよ。アリスの補助があればダグラスさんも機装鎧を使えるんでしょう?」


 二人だけなにもしていなかったので、それをカノンが見咎めて“手伝え”と言ってきた。

 しかし、彼らが手伝わなかったのには正当な理由がある。


「機装鎧がないんです。前のは置いてきたじゃないですか」


 ――そもそも扱う機装鎧がない。


 キドリは自分の機装鎧を召喚できるが、ダグラスは召喚できない。

 カノンが用意してくれるのなら使えるかもしれないが、ここには機装鎧を呼び出す装置はない。

 人力では穴を掘る作業にダグラスは使い物にならない。

 だから呑気に食事をしていたのだ。

 役に立てるのならやっている。


「スコップかなにかで掘るにしても、さすがにあんなところで作業はできませんよ」


 ダグラスは、キドリが攻撃している場所を指差す。

 彼女は範囲攻撃で砂浜を掘り進もうとしているので、生身のダグラスが近づいたら致命傷を負うだろう。

 人が近づける状況ではなかった。

 カノンもそれを理解したのか、肩を落とす。


「そもそも他のルートはないんですか? たとえば海の水を湖のように割ったら入り口が出てくるとか?」

「それは……」


 カノンの目が泳ぐ。

 やがて彼の視線はアリスに固定される。


「あるのですか?」

「ありますよ」

「ノォォォォォォ!」


 カノンが叫ぶ。

 彼の悲痛の叫びはユベールたちにも聞こえていた。

 二人が何事かと近づいてくると、キドリも攻撃をやめて海の家の横に着陸する。


「それで、どこにあるのですか?」

「二軒隣の海の家に地下直通のエレベーターが存在します」

「あったのか……」


 今度は力なくうなだれる。

 先ほどまでの行動は完全に無駄だったのだ。

 これほど“徒労”や“無駄骨”という言葉が合う状況も珍しいだろう。


「なぜその事を教えてくれなかったのですか?」

「聞かれませんでしたので」


 もしアリスが新入社員であれば、先輩社員からその態度について厳しく注意を受けていただろう。

 だが彼女はアンドロイドだ。

 使いこなせるかは使う側の責任だ。

 それがわかっているから、カノンもアリスに八つ当たりはしなかった。

 ただ涙目になっているだけである。


「どうしたんですか?」


 機装鎧の中からキドリが状況確認をしようとする。


「どうやら他のルートがあったようです」

「えー! じゃあ、さっきのは無駄だったの?」

「そもそも砂浜を五十メートルも掘り進むのは無理だったでしょうし」

「そんなー」


 フリーデグントは“なぜそんなゴリ押しを?”と思っていた。

 それでもキドリの力を信じて見守っていたのだが、別ルートがあるとわかれば話は変わってくる。

 キドリはやる気を失ったのか、機装鎧の中から出てきた。


「でもあんな力押しでいいのかなって思ってたから、ちゃんとした行き方があるならそれでいいかな」

「キドリさんが一撃で掘り当ててくれていればよかったんですけどねぇ……」

「私の力不足だっていうの? よし、やってやろうじゃないの!」

「姐さん、やめましょう! ここがサンクチュアリの中とはいえ、さすがに姐さんに本気を出されたら死んじゃいますよ!」


 カノンの何気ない発言に怒ったキドリが本気を出そうとする。

 機装鎧が本気で繰り出した一撃に巻き込まれでもしたら、生身の人間では耐えられない。

 ユベールが必死になって止める。


「そうですよ。目的地を破壊してしまっては意味がないですし、通路があるならそっちを使いましょう」


 ダグラスもユベールに加勢する。

 これまでも神になるための装置が破壊されていた。

 ダグラスとしては、さっさとカノンに神になってもらいたいのだ。

 ここの装置も破壊されては困る。

 キドリに暴れさせるわけにはいかなかった。


「すみません、私が言い過ぎました。正規ルートがあったのに気づかなかった事に動揺してしまったようです」

「そもそもなんで私に砂浜を掘れって言ったんですか?」


 キドリがジト目でカノンを問い詰める。

 カノンはフッと軽く笑ってから答える。


「ロボットの必殺技で状況を打開するところが見たかった、というところでしょうか」

「ただの趣味だったんじゃないですか! なにか考えがあったと思っていたのに!」

「人間というものはね、常に考え続けると疲れるんです。時にはノリで行動するのが長生きのコツですよ」

「信者に刺されて死んだ人が言っても説得力ないです」

「くっ、そこを突かれると言い返せませんねぇ……」


 カノンとキドリが言い合っている。

 キドリはカノンにとって痛いところを突く発言をしていた。

 しかし、ダグラスたちは長くなりそうな二人を横目に、アリスの案内で入口へと向かっていた。

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