第128話 第三の神の領域 7

 レナードたちは誰の目から見ても動揺していた。

 神の従者に喧嘩を売ったという事は、神に喧嘩を売ったに等しいからだ。

 彼らにとって救いだったのは、カノンが動かなかった事だろう。

 カノンが動けば、即座に処罰されていたかもしれない。

 だが、なぜか動かなかった。

 もしかしたら“この状況を切り抜けるのも神の試練だ”と考えているのかもしれない。

 ならばダグラスを倒せば、この状況をどうにかできるかもしれないという希望があった。


 実際のところカノンは“巻き込みやがって、この野郎!”と迷惑がっているだけだった。

“自分で切り抜けろ。これは神の試練だ”などとは考えていなかったが“ダグラスがこの状況をどう動かしていくのか?”という事に関しては興味深く見守っていた。

 そのダグラスはというと、ナイフを抜いてレナードに向けていた。


「神の所有物を貴族の権力をかざして奪い取ろうとするなど言語道断! お前のような奴はカノン様に代わって僕が裁く!」


 を主張されては、レナード側は不利だった。

 決闘場に集まっている貴族や貴族と関係の深い裕福な平民たちも、この状況をその目で確認している。


 ――この場は貴族に逆らう平民を実質的な公開処刑場から、神に背く背教者を裁く雰囲気になっていた。


 ダグラスはたった一つ、アリスというカードを切る事で場の雰囲気をひっくり返した。

 もし彼女が魔法を使ってレナードが絡んできた時の事を再現していれば、そう簡単にはいかなかっただろう。

 魔法には幻影の魔法もあるので、その映像の信憑性などないからだ。

 だが口の中から光を出すガラスが出てくるなど、誰の目にも明らかなゴーレムだという動きをして、彼女視点の映像と音声を流す事ができたのは大きかった。

 真実のみを映す魔道具は、古代文明の遺物として数多く現存していたからだ。

 アリスの映像もその魔道具と同じであるならば、あの映像は真実のものだと信じられやすかった。


(まさか、からかわれて感謝する時がくるなんてな……)


 アリスを使う方法は、残念な事にカノンがいなければダグラスには思いつかなかった。

 カノンが“アリスにジャンプをさせて胸を揺らし、ダグラスの反応を見よう”と考えなければ、ダグラスはアリスに録画機能があるなどと知る由もなかったからだ。

 あの報復不可避な出来事があったからこそ、ダグラスはハドソン侯爵家に一撃を加える大義名分を手に入れる事ができた。

 世の中はなにが起きるかわからないものだと、ダグラスは思い知らされる。

 

「待ってくれ!」


 ダグラスに待ったをかけたのは――アレクサンダーだった。


「お前はカノン様のなんなんだ?」


 ただ決闘の代理をすればいいと思っていた状況が、いきなり神への反逆に変わってしまった。

 彼はダグラスの事を知り、今後の身の振り方を考えようとしていた。

 剣闘士は、ただ強ければいいというものではない。

 戦いの中で生き残るには、相手の事を前もって調べるというのも生き残るのに重要な要素だった。


「僕は――道案内兼荷物運び兼御者兼お世話係だ!」

「雑用じゃねぇか! ビビらせやがって」


 ダグラスは嘘は言っていない。

 ただ吸血鬼と戦ってきたりした事を言っていないだけだ。

 それなのにアレクサンダーたちは“雑用が偉そうに”と思い込んだ。

 しかし、それはそれで彼らに落ち着きを取り戻す事に成功する。


「カノン様、この決闘に勝利すれば私のほうが正しいと判断していただけますか?」


 レナードがカノンに懇願するような声で話しかける。


「アリスは渡せませんが……。正義・・は勝った側にあると判断しましょう」

「ありがとうございます!」


 カノンは、このあとの事も考えて“勝った側が正義だ”と宣言する。

 これでダグラスが勝てば、彼の行動は“神に認められた正義の行動”となる。

 これは付き合いの長いダグラスへの助け舟であった。

 もしダグラスが負ければそれまで。

 ハドソン侯爵家と友好的な関係を築く一歩として利用すればいい。

 カノンとしては損のない行動だった。


「そろそろ始めるとしようか!」


 レナードは祖父を見る。

 それは決闘を始めて、一刻も早く事態を収拾しようという意思が含まれたアイコンタクトであった。

 ハドソン侯爵もレナードの考えを寸分違わず読み取る。


「では決闘を開始する! この場にいる全員が見届け人だ。恥ずべき戦いはせぬように!」


 すでに一対六という恥ずべき状況ではあるのだが、違和感を覚えたのはカノンとキドリの二人くらいである。

 そこは貴族対平民という構図なのでほぼすべての者に当たり前の事だと思われていた。

 開始の宣言がされると、アレクサンダーたち剣闘士の三人が剣を抜いて前に出る。

 三人の剣は赤く輝いていた。


「これは古代文明の遺物、魔剣ヒートソードだ! お前は鎧を着ていないが、たとえ着ていたとしても無駄だっただろう。このヒートソードは鉄の鎧もバターのように容易く切り裂く。それを三本もあるのだ。お前に勝ち目はない。他の二人も俺に負けず劣らずに古強者だ」


 アレクサンダーたち、剣闘士の三人は剣を振り回す。

 それは剣舞だった。

 剣闘は娯楽である。

 スポンサーである貴族を楽しませるため、こういったものも覚えていた。

 三人が舞い終わり、ビシッとポーズを決める。


「たかが雑用が我らに敵うはずがない! せめて苦しま――」

「長い!」


 この世界において決闘前の剣舞の最中に襲いかかるのは、神の決めたマナー違反だった。

 だから彼らの剣舞が終わるのを待ってからダグラスは襲いかかる。

 三人は互いに二歩の距離を取って、ダグラスを囲むように待ち構える。


(ナイフ一本でなにができる!)


 彼らは使い込まれたナイフに意識を集中する。

 しかし、ダグラスの武器はナイフだけではなかった。

 レプリカソードに手を伸ばすと、刀身を伸ばして三人の間合いの外から一薙ぎにした。

 マリアンヌの指が入ったレプリカソードの暗褐色の刀身は鎧をすり抜け、内部の人間の生気を瞬く間に奪い去る。

 剣闘士の三人は干からびたミイラのようになり、その場に倒れ込む。

 この異常事態を見て、レナードが動揺する。


「そんな、ありえない! アレクサンダーがやられるなんて! お、お前卑怯だぞ! それは聖遺物じゃないのか! 聖遺物を使うなんて!」

「使ってはいけないとは聞いてないんだけどね。まぁ仕方ない」


 ダグラスは剣闘士が持っていたヒートソードを拾う。

 するとレナードの取り巻きの一人を素早く切り捨てる。

 その取り巻きは悲鳴を挙げる間もなく、縦に真っ二つにされた。


「なるほど、確かにこの剣の切れ味は凄い」


 貴族の三人は防御力に優れた鎧に身を包んでいた。

 それを一太刀で真っ二つにできるのだ。

 剣闘士たちの武器がどれだけ凄いものだったのかがよくわかる。


「ひっ、ま、待て! 私を殺して得などないだろう? 金をやる。だから殺さないでくれ。お爺様、もう終わりにしましょう!」


 圧倒的優勢だと思っていたレナードは、この状況を信じられなかった。

 しかし、自分の身に死が迫ってきているという事は身に染みて感じていた。

 だから祖父のハドソン侯爵に助けを求める。


 そのハドソン侯爵はというと、かなり悩んでいた。

 孫は可愛い。

 だが孫はレナード一人ではない。

 神への反逆を疑われて社交界から爪弾きにされるくらいなら、一人の犠牲ですべてを済ませるほうが得策だった。


「レナード、恥ずべき戦いはせぬようにと言ったはずだ。負けるにしても潔く戦って死ね」


 悩んだ結果、彼はハドソン侯爵家の繁栄を優先する事にした。

 ここでみっともなくレナードの助命を乞うよりは、堂々とした態度を見せるべきだ時だと決断する。


「お爺様!」

「ぎゃあぁ!」


 二人がやり取りをしている間にも、ダグラスは動いていた。

 もう一人の取り巻きを切り殺し、残りはレナード一人となる。


「待て、待ってくれ」


 レナードは怯えた視線をダグラスに向ける。

 そこには不遜な態度を取る貴族の姿はなく、ただ怯えた獲物の姿しかなかった。

 ダグラスは、これから自分が取るべき行動を考える。

 そして考えの結論が出た。

 彼はヒートソードを手放し、地面に捨てる。


「……もう一度、ハドソン侯爵に助けを求めてみればいいんじゃないですか? 足元にすがりついて頼み込めば助けてくれるかもしれませんよ」

「いいのか? ……背中から襲いかかってはこないだろうな?」

「殺すならもう殺していますよ。ハドソン侯爵家の名に免じて、チャンスを差し上げようというだけですよ」

「わ、わかった」


 ハドソン侯爵は進行役という事もあり、観覧席の最前列にいた。

 レナードはダグラスの動きに警戒しながら祖父のもとへ走る。

 顔を近づけて話せば助けてくれると信じて。


 ダグラスはそんな彼の後ろを歩いて着いていった。

 レプリカソードも刀身をしまい、腰に下げる。

 そんなダグラスの姿を見て、見物客は“あぁ、もう終わりだな”と思っていた。

“侯爵家の人間”というだけで殺したら大きな問題になる事は子供にでもわかる事。

 だからダグラスも“ハドソン侯爵の仲介で決闘を中止”という決着を望んでいるのだろうと誰もが考えて萎えていた。


 しかし、ダグラスは違った。

 彼はハドソン侯爵家に対して忖度をする必要性を感じていない。


 マッキンリー侯爵家。

 そしてなによりも師匠の仇を討つための道のりを、彼は一歩ずつ歩んでいるだけだったからだ。

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