第127話 第三の神の領域 6
王都ラングトンから東へ三日。
そこにハーゲンという街がある。
ハーゲンには神の領域があり、その参拝客を相手にして繁栄している街だった。
そんな街も、この日は参拝客ではなく見物客で賑わっていた。
――神前試合という珍しいものが行なわれるからだ。
王が見守る御前試合よりもレアな見世物だ。
国王を始め、多くの貴族が見学するため仮設の観覧席に集まっている。
その中にはハドソン侯爵もいた。
ダグラスは荷物を取り上げられたりはしなかったが、まるで罪人のように護送されていた。
ハドソン侯爵家に逆らった者を見せしめにするため、彼を逃がさないように見張りが付けられているからだ。
だが、ダグラスに逃げる気などない。
やるべき事をやって、シルヴェニアでマリアンヌと暮らすだけだ。
もうこの国にいる理由もないので、躊躇する理由などなかった。
アリスはカノンのそばにいた。
せっかくダグラスが目立たぬように化粧をしていたのに、彼女は美しさが映えるように化粧をし直している。
(まったく、しょうがない奴だな)
彼女には呆れるが、カノンと同類なのだと思えば、それ以上の感想は浮かばなかった。
世の中には度し難い者も多い。
理解できない者を理解しようとしても疲れるだけだ。
そんな者よりも、目の前の相手に集中するべき時だった。
ちゃんとレナード・ハドソンは決闘場にいた。
あの日、彼と一緒にいた取り巻き二人も一緒である。
――そして彼らの代理人、三人もいた。
その中の一人はダグラスも知っている相手だ。
(まさか剣闘士のアレクサンダーを連れてくるとはな。下手な騎士よりも恐ろしい相手だ)
闘技場で戦う事を生業にしている相手である。
騎士のような型通りの戦い方をするのではなく、その戦闘スタイルは型破りなもの。
万が一に備えて、剣闘士ナンバーワンの彼を連れてきたのだろう。
他の二人も騎士らしくない格好をしているので、有名な剣闘士なのかもしれない。
レナードたちも武装しているので、形式上は一対六という圧倒的な状況だった。
この一方的な人数差に、キドリは我慢できずダグラスに加勢したくなってくる。
「おやめなさい。これは彼の戦いです。彼の神聖な戦いを邪魔する権利は、あなたにはありません」
そんな彼女の心中を察してか、カノンが制する。
「でもあの人数差は卑怯ですよ」
キドリは義憤に駆られているようだ。
「ですが彼自身、それを不満に思うようなそぶりを見せていません。もし助けを必要としているなら、一度くらいはこちらを見ているでしょう。彼はそれをしていない。勝算があるから正面の敵を見据えていられるのでしょう。私たちにできる事があるとすれば、それは決闘が終わったあと。結果を受け入れられなかったハドソン侯爵が危害を加えようとした時に止めてあげればいいのです。それまでは見守ってあげましょう」
そんな彼女をなだめるように、カノンは優しい声で諭す。
「それで済めばいいんですけど……」
カノンはダグラスの職業を知っているので勝つと思って余裕を持って見守ろうとする。
しかし、キドリは違う。
彼女は短い間ではあったが、一緒に行動した事のあるダグラスの事を心配していた。
だが彼女の心配は無用なものだった。
ダグラスはダグラスで、この状況を切り抜ける方法を考えていたからだ。
二人が話している間に、周囲に動きがあった。
ハドソン侯爵が皆の前に立つ。
「この場に集まった者に状況を説明しよう。そこにいる平民は恋人を不当に虐げ、それを咎めた我が孫レナードに決闘を申し込むという非常識な男である。本来ならば平民ごときが貴族と決闘をする権利などないが、レナードは令嬢の解放を条件に引き受けた。私はその義侠心に心を打たれ、カノン様に神前試合をお願いした、というのが今回の経緯である」
ハドソン侯爵は一方的な説明をする。
アリスからも事情を聞いているキドリが、あまりのやり方に激発しそうになる。
だがダグラスのためと思い、怒りを抑えて黙って見ていた。
「か弱き女性のために立ち上がったレナードに拍手を!」
見物客からレナードに拍手が贈られる。
彼らも半信半疑であったが、権勢を誇るハドソン侯爵の機嫌を損ねてもいい事はない。
とりあえずで拍手をしていた。
この状況を、ダグラスは鼻で笑う。
その表情を、レナードは見逃さなかった。
「どうした平民、頭がおかしくなったか?」
「ええ、あなた方の考えがあまりにも滑稽でおかしくて」
「なんだと! たかが平民ごときが!」
レナードは“お前らがバカだから笑える”と言われ、顔を真っ赤にして怒る。
「たかが平民……ね。あなた方に僕のなにがわかるというのです?」
「ほう、ならば他国の貴族だとでも言うのか?」
「いえ、平民ですよ。でもね、ただの平民ではない。もう忘れたのですか? カノン様には機装騎士が二人同行しているという事を」
ダグラスの言葉に、レナードは恐怖で顔を歪めた。
「まさか、お前が機装騎士だとでも……」
ダグラスは、アリスに向けて指を差す。
「彼女がそうなのですよ!」
「えっ、そっち!?」
会場に居合わせた者たちの視線がアリスに向けられる。
突然の出来事ではあったが、彼女は演算能力をフル活用して素早くすまし顔を作っていた。
「アリスはカノン様所有の人型ゴーレムです。王宮にゴーレムを持ち込むのは国王陛下に身の危険を感じさせるかもしれないというカノン様の配慮により、私に預けられたのですが……。アリス、彼が声をかけてきた時の様子を映し出してください」
「了解しました」
彼女は大きく口を開くと、喉の奥から投影機が現れる。
それがゴーレムだという証明になり、人間だと思っていた者たちは驚きを隠せなかった。
『よぉ、うぉぉぉぉぉぉ!?』
『私に触れていいのは許可を与えられた者だけです』
「申し訳ございません。お怪我はございませんか?」
『面白い女だな」
『よく言われます』
『それでいて美しい。恋人をレストランに連れていく事もできない男よりも、私に乗り換えないか?』
「私の心はただ一人にのみ捧げられます」
『おい、お前。どうせ田舎の地主の息子といったところだろう? 彼女はお前にはもったいない。どうせ借金や家族を人質にして連れ歩いているんだろう? このレナード・ハドソンにこのご婦人を譲れ』
『ハドソン……、ハドソン侯爵家の?』
『ほう、田舎者にも我が家名は通じるようだな』
『いくらハドソン侯爵家の方でも彼女は譲れません。大切な方から預かっているのですから』
『平民ごときが口答えをするな! 女を大人しく譲ればいいのだ! それともハドソン侯爵家をコケにするというのか!?』
『ならば……、ならば彼女を賭けて決闘を申し込みます! ハドソン侯爵家のお方であろうとも、彼女を黙っては譲れません!』
アリスが記録していた映像は、レナード側に非があると証明するものだった。
遠巻きに見守っていた平民たちの貴族への不満が高まっていく。
この状況はハドソン侯爵のみならず、国王たちも冷や汗を流す。
――ハドソン侯爵家の者が、カノンの所有物を奪い取ろうとしていた。
ハドソン侯爵は、勢いよくカノンのいる場所へ振り返る。
「なぜ……、なぜ教えてくださらなかったのですか?」
「関係を聞かれなかったからですよ」
(俺だって、そこまでの事情を聞かされていなかったんだから知らないよ!)
カノンは、ダグラスに体よく巻き込まれた事を悟った。
これでレナードを断罪する口実をダグラスは手に入れた。
しかもアリスの正体を明かす手間が省けたので、ダグラスが決闘で負けてもレナードに奪われる事はない。
ハドソン侯爵家の者以外には悪くない結果である。
(昔は流れに流されるばっかりだったのに、今では自分で流れを作れるようになったか。これは恋人ができたからかな? 人の成長を見れるのは楽しいが、自分が利用されるのは面白くないな。まったく、やってくれるよ)
会場の雰囲気は、レナードだけではなくハドソン侯爵にとっても逆風となっていた。
これまで人に使われるだけだったダグラスが他人を利用するようになった。
自分が利用された事は不快であったが、それ以上にダグラスの成長を見て、カノンは楽しんでいた。
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