第125話 第三の神の領域 4

「じゃあ、次はホテルを探そうか」


 ダグラスが、アリスに話しかける。


「いくら美しくても私はアンドロイドです。ダグラス様がお求めの機能はサービスパックを導入しなければ実行不可能です」


 アリスの答えにダグラスは驚いた。


「君と男女の関係になりたいと言っているわけじゃなくて、今日泊まるところを確保しようと言っているだけなんだけど……」

「私はアンドロイドです。人間ではないので不明瞭な質問はおやめください。同意していただけますか?」

「わかった、気をつけるよ」


 ダグラスはそう返事をしながらも“勝手に誤解したのはそっちだろう”と少し不満を持っていた。

 それはアリスが気まずさを感じて顔を背けているように見える仕草など、まるで人間そのもののように錯覚してしまう動きを見せるせいかもしれない。

 ゴーレムの中でも最上級なのだろう。

 カノンの持ち物なので売ったりはしないが、もし彼女を古代遺跡の中で自力で見つけていれば“どれだけ高く売れるだろう”と考えていたはずだ。


「ところでアリスは必要なものってあるの? お腹が空いていたりするのならお店に寄るけど」

「私に似合う可愛い服を必要としているくらいでしょうか」

「そうか、なら今すぐ必要なものはなさそうだね」


 いい加減にダグラスもアリスの扱いに慣れてきた。

 彼女はカノンと同じく、まともに取り合ってはいけない相手だ。

 見た目が可愛い女の子だからといって甘やかす必要はない。

 なにしろ本人が言っているように、アンドロイドという種類のゴーレムだ。

 人間がゴーレムのご機嫌取りをするなど聞いた事がなかった。

 だからダグラスも“これからは彼女の意見は適当に聞き流そう”と思い始めていた。



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 ダグラスは上の中といったランクのホテルを選んだ。

 安宿で見た目だけは美少女のアリスと一緒に泊まれば、絶対にトラブルに巻き込まれる。

 酔っ払い客などに絡まれないようにするには、それなりにグレードの高いホテルに泊まる必要があった。

 これは一人旅をしていた時には考えられない贅沢だった。

 だが今はカノンが資金を融通してくれるので、このようなホテルにも泊まる事ができる。


 周囲から“旅をする程度には裕福だが、どこか田舎者臭い若夫婦”という風に見られるように気をつけていた。

 成金風だと金に群がってくる者もいるし、実力のある冒険者コンビだと依頼を持ち込まれたりするかもしれない。


 ――人畜無害な田舎者夫婦くらいが注目を集めずにちょうどよかった……はずだったのだが。


「なんで化粧を落としてるんですか?」


 アリスが化粧を落とし始める。

 せっかく冴えない村娘といった風貌に仕上げたのに、これでは台無しである。


「目立たぬようにダグラス様のご実家を確認するというタスクは達成しました。ならば本来のタスクであるカノン様の世話係として恥ずかしくない格好をするのは私の義務です」

「でもなぁ……、目立つ格好はよくないよ」

「大丈夫です。美しさとは内面から輝くものですから化粧では隠し切れません」

「だったら落とさなくてもよかったんじゃあ……。まったく」


 アリスは無表情ながらもドヤ顔の雰囲気を漂わせる。

 ダグラスは少しだけ、本当に少しだけアリスの無神経さに感心する。


「食事はどうする?」

「いただきます。万が一に備えてエネルギーは補給しておかねばなりませんから」

「なら行こうか」


 アリスはアンドロイドであったが、人間と同じ食事をする。

 神の領域であれば電力で補給できるのだが、電力のない外界では活動に必要なエネルギーを食物から得る。

 これはアリスに付属している機能だった。

 最初は違和感を覚えていたが、旅の間にダグラスもゴーレムが食事を取る光景に慣れていた。


 ダグラスたちは、ホテル内のレストランに向かう。

 幸いな事に、ダグラスは“潜入する機会があるかもしれないから”とテーブルマナーを叩きこまれていた。

 アリスのほうはなぜか世界中の礼法に通じているらしく、教えるまでもなくマナーは完璧だった。

 だから安心して高級ホテルのレストランも利用できるのだ。


「ダグラス様、路銀の節約を提案します」


 店の前でアリスが店を変えようと提案してきた。

 その理由は、すぐ察しがついた。


(なるほど、腹いっぱい食べられる店に行きたいってわけか)


 彼女は食事の量が多い。

 高級レストランでは周囲の目があり、バクバクと勢いよく食べるわけにはいかないので店のグレードを落としたいというのだろう。

 ダグラスも味がわからないので高級レストランにこだわる必要はない。

 彼女の意見を尊重する。


「それじゃあ、安くてお腹いっぱい食べられる店に行こうか」

「はい、その選択を推奨します」


 二人がその場を離れようとする。


 ――すると、アリスの腕が掴まれた。


「よぉ、うぉぉぉぉぉぉ!?」


 アリスが体を捻ると、腕を掴んだ男の体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。


「私に触れていいのは許可を与えられた者だけです」


 アリスが不埒者を侮蔑に満ちた視線で見下す。

 この時、ダグラスは動けなかった。

 彼女がしでかした事をどう処理するのか考えていたからだ。


(まずい、まずいぞ! この服装はどう見ても貴族の子弟だ。アリスの奴、なんでいきなり実力行使なんてしたんだ?)


 アリスは合気道の容量で最小限の力で相手の力を受け流して投げ飛ばしただけだった。

 しかし、そんな事を知らないダグラスには、ゴーレムの力で強引に投げ飛ばしたようにしか見えなかった。


 そして相手が悪かった。

 ただの平民であればどうにかできるが、貴族相手はまずい。

 事態を穏便に収束させるためにも、彼の取り巻きが動く前に、ダグラスは行動に出る。


「申し訳ございません。お怪我はございませんか?」


 謝罪を伝えながら、手を差し伸べる。

 だが、その手は払われた。


「面白い女だな」


 男は自力で立ち上がる。

 アリスが上手く投げたからか、あまり痛みはなかったようだ。


「よく言われます」


 威張る場面ではないのに、なぜかアリスは自信満々で答える。

 そんな彼女を見て、男は微笑む。


「それでいて美しい。恋人をレストランに連れていく事もできない男よりも、私に乗り換えないか?」


 どうやら男はブサイクに見える化粧を落とし、すっぴんに戻ったアリスの美貌に目をつけたようだ。

 レストランの前で立ち止まって話していたのも悪かった。

 店を変えるために立ち去ろうとしたせいで、どうやらダグラスを“恋人を高級レストランに連れていく事もできない甲斐性なし”と思ったらしい。


 今のダグラスは村人AやBといった冴えない雰囲気の変装をしている。

 そんな冴えない相手からなら、アリスを簡単に奪えるとでも思ったのだろう。

 そのナンパに問題があるとすれば、ダグラスよりもアリス本人が厄介な存在だという事だった。


「私の心はただ一人にのみ捧げられます」


 カノンの存在を知らない男にしてみれば、彼女の言葉はダグラスを指しているものに思えた。

 だが言葉に感情の籠っていない事から、それは言わされているものだと勘違いする。


「おい、お前。どうせ田舎の地主の息子といったところだろう? 彼女はお前にはもったいない。どうせ借金や家族を人質にして連れ歩いているんだろう? このレナード・ハドソンにこのご婦人を譲れ」

「ハドソン……、ハドソン侯爵家の?」

「ほう、田舎者にも我が家名は通じるようだな」


(通じるとも。ハドソン侯爵家……、師匠の仇!)


 ハドソン侯爵家は、ダグラスが仕えていたマッキンリー侯爵家を追い落とした相手である。

 その息子か孫かまではわからないが、アリスのおかげで復讐の標的と出会う事ができた。

 このチャンスをどう活用するかを、ダグラスは考え始めていた。

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