第124話 第三の神の領域 3

 ダグラスがアリスと行動している間、カノンは接待を受けていた。


 ――彼が神、もしくは神に近い存在だと確認していないのに、なぜボールドウィン王家はカノンを接待するのか?


 それはキドリの存在にあった。

 魔法が使えなくなった今、機装騎士の価値は以前とは比べものにならないほど高まっている。

 クローラ帝国は、多大な犠牲を払ってまで呼び出した勇者の彼女をカノンの護衛につけた。

 それがカノンの価値を証明しているようなものだった。

 彼の力を直接確認せずとも、丁重な対応をしてくれていた。

 だがそうなると大きな問題が表面化する。


「カノン様に危害を加えようとしていた貴族がいるだとか。こちらで処分しておきます」 


 ――カノンが処刑寸前の状態になっていた事。


 彼の自業自得とはいえ、重要な客人である以上、危害を加えようとした者を処罰しなければならない。

 接待役を任された貴族が、その事に言及する。


「いえ、その必要はないでしょう。多少の行き違いはありましたが、すでに誤解は解けています。それに主な原因はキドリさんなので処罰する必要はありません。もっとも勇者の彼女に罰を与えられる者がいるのなら話を伺いますが」

「あれはスズキさんのせいじゃないですか! 神様になるなら神様らしくしていれば問題なんて起きなかったのに」

「このように彼女には少々潔癖なところがありましてね。それが原因で揉め事が起きただけです。国に介入していただく必要はありません」


 カノンは肌を重ねた相手の家族を不幸にしたくはないと思っていた。

 たとえ処刑されそうになったとしてもだ。

 だからキドリの事を話題に出した。

 そうすれば彼女も乗ってきて、怒る姿を接待役に見せてくれるだろうと思っていたからだ。


 カノンの狙いは成功する。

 接待役は“旅を続けているうちに情が移って、やきもちでも焼いたのかな?”と考え始めていた。


「クローラ帝国の者として、貴国の対応には不満があると言わせていただきます。魔族という明確な敵がいるというのに内部で争っている場合ではないでしょう。人間同士で争うくらいなら、その力を支援に回していただきたい」


 フリーデグントが会話に入ってくる。

 彼女は“問題があった者は切り捨てる”というボールドウィン王国の行動に不満があった。

 人を切り捨てるくらいならば人類の最前線であるクローラ帝国に兵士として送ってほしいくらいだ。

 ただの護衛隊長であるため正式な使者としての発言ではないが、それでもこれは言っておかねばならない事だと信じて発言していた。

 今の発言を聞いて接待役は神妙な面持ちを見せる。


「確かに国内で動かす兵があるならば送ってほしいというクローラ帝国の意見もわかります。ですが大量に食料や武具を生産するには国内の安定は必要なのですよ。私どもも好んで行っているわけではございません」

「そのお言葉、どこまで信用してもよろしいのでしょう?」

「私の職責が及ぶ範囲では信用してくださって結構です」

「なるほど、よくわかりました」


(国の上層部では違う考えがあるという事か)


 フリーデグントは、ボールドウィン王国に不信感を抱いた。

 目の前の男は“自分の職責が及ぶ範囲では”と答えた。

 つまり“下っ端なのでわかりません”と、とぼけた答えを言ったに過ぎない。

 だが彼女は正規の大使でもなければ、彼を問い詰める権限もない。

 国に戻った時に報告をするくらいしかやれるこ事がないため、今回は素直に引き下がった。

 はぐらかしているだけだとわかっているのに、それを追及できない無力さを噛み締める。


「そういえば、この国では何年か前に政変が起きたそうですね。厳罰を下そうとするのは、その影響によるものですか?」


 しかし、実のところ彼女はいい仕事をしていた。

 カノンが聞きたかった話題を振るチャンスを作ってくれたからだ。

 今は信者が増えてできる事も増えている。

 だが人の過去を探るような力は持っていない。

 ダグラスの過去がどのようなものか興味があったとしても、スキルで知る事ができなかった。

 知りたければ本人か知っている者に聞くしかない。

 興味本位ではあったが、彼の事をどこまで信用できるかを知るために過去を聞き出そうとしていた。


「マッキンリー侯爵一族の事ですか……。よくご存知で」


 よほど触れられたくはなかったのだろうか。

 接待役は苦い表情を見せる。 


「彼らは我が国の恥ずべき汚点です。先代の王妃を輩出した名家ではありましたが、宰相となったあとは国政を壟断し、国を乱した逆賊となり果てました。しかも陛下にその事を奏上しようとした者たちは暗殺されてきたのです。実のところ国士を殺された影響は大きく、いまだに政治に混乱をきたしている次第でありまして……。恨みを持つ者も多く、今でも残党狩りが続いております」

「ほう、それだけ大きな影響のある事件があったのですか。大変でしたね」


(だけど一方の意見を鵜呑みにするわけにはいかないな。敗者が言い訳できない状況なら、勝者が都合よく事実を捻じ曲げていても反論はできないしな)


 一応ダグラスの事を怪しんではいるが、金で人を殺すようなタイプではない事はわかっている。

 仮にマッキンリー侯爵が彼の言うような悪党であった場合でも、ダグラスは上手く言いくるめられて利用されていた可能性もあった。

 カノンも神として広い視点で物事を考えねばならないとはわかっていたが、それでもやはりダグラスとの旅で多少は情が湧いていた。


「フリーデグントさん。彼らも好きで粛清をしていたわけではないそうです。その点は理解してあげてください」


 当然、フォローも忘れない。


 この一言でカノンは――


“フリーデグントとボールドウィン王国の関係を取り持つ”

“ダグラスの存在をぼかす”


 ――という二つの目的を達成する。


 たった一言ではありが、あるのとないのとでは大違いだ。

 先ほどの質問も、ボールドウィン王国の事情をフリーデグントに知らせるための配慮だと思われるだろう。

 もしかするとカノンに感謝してくれるかもしれない。

 そうすれば新たな信者獲得にもなるかもしれないので、カノンにとっても得となる。

 信仰を得るには、このようなたゆまぬ努力が大切だった。


「ところで機装騎士同士の戦闘があったという報告があったのですが、一人はキドリ様として、もうお一方はどちらにおられるのでしょうか?」


 だが残念な事に、カノンでもダグラスの存在を完全に隠す事はできなかった。

 さすがに機装鎧の戦闘は目立ち過ぎる。

 もう一人の機装騎士の存在は、すでに知られていた。


「彼女は存在自体が危険なので別行動を取ってもらっています。すでにサンクチュアリに到着しているかもしれませんね」


 カノンは彼女・・と、ダグラスの存在をはぐらかした。

 主に操縦していたのはアリスだったので大きな間違いではないし、嘘でもない。

 キドリたちは“えっ、なんで誤魔化そうとするの?”と思ったが、カノンになにか考えがあるのだろうと思って口を挟まなかった。

 だが、カノンがマッキンリー侯爵家の事を尋ねていたので、それに関する事かもしれないという疑問を持ち、あとで聞こうという考えを持たせてしまっていた。

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