第123話 第三の神の領域 2

 ボールドウィン王国の王都ラングトン。

 ここはダグラスの故郷である。

 そして、帰ってきてはいけない場所でもあった。


 カノンの噂を聞いた者たちが集まり、一行を一目見ようと多くの観衆が集まっていた。

 しかし、その中にダグラスの姿はない。

 彼はお尋ね者なのだ。

 カノン一行という衆目が集まる中に混ざるわけにはいかない。

 前日から別行動を取って、彼だけは先に街の中へ入っていた。


 彼は王都を訪れる必要がなかったが、この地を去ったあとの事が気になっていたので、それを知るために来る事にした。

 一応カノンも調べてくれるそうだが、やはり自分の目と耳で確かめたかった。

 とはいえ、いくらなんでもいきなり住んでいた家を訪問したりはしない。

 そんな事をすれば“前の住人がきた”と、ダグラスの存在が王国側にバレてしまう。

 わざわざ教える必要がない以上、警戒はするに越した事はない。

 まずは街の雰囲気を確認する事にした。


(そのためにも、まずは情報を集める必要があるな)


「このあとはどうなさるのですか?」


 しかし、ダグラスには悩みの種があった。

 それが声をかけてきたアリスの存在である。

 カノンは本当に彼女に対して強い恐怖心を持っているようだ。

 別行動をするダグラスに“一人は寂しいだろう”と適当な理由をつけて押しつけてきた。

 おかげで宿代も二倍必要となる。

 カノンから十分な金を受け取っているのが救いだろうか。


「……まずは服屋かな」


 変装用の服が必要だ。


 ――主にアリスのために。


 彼女の美貌は非常に目立つ。

 隠密行動を取りたいダグラスにとって大きな足枷となっていた。

 スタイルもいいので、フードで顔を隠しても周囲から視線を集めている。

 しかも今は前の街で品質のいい上品なシャツとスカートに着替えたため“貴族のお嬢様と付き人かな?”という視線を浴びているくらいだ。

 彼女を宿に置いていこうにも、なにをしでかすのかわからないから放置するわけにいかないのも悩みの種だった。


 当初考えていた予定とは違うが、ダグラスは仕方なしに現状を受け入れて行動する。

 服屋は当然な事に貴族向けではなく、平民向けの古着屋だ。

 貴族向けの服屋だと、なんのために着替えさせるのかを考えれば本末転倒である。

 アリスには地味な格好をしてもらわないと困るのだから……。


 服屋の中は数人の客がいるのみ。

 店員のほうが多いという状況だった。

 上等な服を着ているアリスの入店を、店員は不思議そうに眺めていた。


「いらっしゃいませ、どのような服をお探しでしょうか?」


 近くにいた女の店員が声をかけてくる。

 ダグラスは一人でゆっくりと服を探したいタイプだったが、今回はアリスの服を買いにきたのだ。

 店員のアドバイスを受ける必要がある。


「彼女が目立たないような服装ってありますか?」


 ダグラスはストレートに要求を伝える。

 こういう時、回りくどい言い方をしても時間の無駄だからだ。

 店員はダグラスの要求に応えるべく、アリスの頭から足先までをしっかりと確認した。

 すると、店員は力なく笑う。


「お嬢様くらいの美しいお方となると服装では無理ですね。ぼろきれを着ていたとしても、その美しさは隠せません。そのきめ細かな肌だけでも人目につく事でしょう。泥を塗るくらいしないと隠せないかと思います」


 アリスは“私はカノン様が作ってくださったのだから美しくて当然”と言わんばかりに涼しい顔をしていた。

 普段通りの表情なのだが、なぜかダグラスにはドヤ顔を決めているかのように見えていた。


「それじゃあ、染色されていない服を一式と、農作業用の手袋とかありますか?」

「ございますとも。服に合わせた靴などはいかがでしょうか?」

「それもお願いします」

「かしこまりました。それではお嬢様、こちらへ」


 店員がアリスのサイズを測り、彼女のサイズに合った服を探しにいく。


「私に泥を塗るおつもりですか?」


 アリスはアンドロイドではあるものの、泥を塗られるのが嫌なのか確認をしてきた。


「いや、その必要はない。化粧でなんとか誤魔化そう」

「化粧ですか」


 化粧をすれば、より美しくなるだけのはず。

 アリスにはダグラスの言っている意味が、この時はわからなかった。


 買い物を済ませ、一度宿に戻ると、ダグラスは早速アリスに化粧を施した。

 化粧が終わると、アリスの顔にはそばかすやシミができていた。

 さすがにブサイクにする化粧までは、彼女も思い至らなかった。


「せっかくアリスがいるんだし、ちょっと恋人のフリをしてもらおうかな」

「それならば化粧を落としたほうがよろしいのでは?」

「いや、あまり目立ちたくないんだ。だから今のままでいい」

「了解しました」


 アリスの表情は変わらなかったが、彼女が落ち込んでいるようにダグラスには見えた。

 だが彼女はアンドロイドという種類のゴーレムなので感情はないはず。

 きっと気のせいだと思い、ダグラスは気にしなかった。


「それじゃあ、いこうか」


 ちょっと美人な村娘程度になったアリスを連れ、本人も変装を施したダグラスは目的地へと向かう。



 ----------



 最初の目的地は師匠と住んでいた郊外の一軒家だった。

 一人でここにくると怪しまれるが、二人組なら誤魔化す方法もある。

 ダグラスはかつての住居がどうなっているのかを確かめに向かった。


 住居は平民のエリアにあったが、そこそこは裕福な者が住むエリアのため、治安が乱れたりはしていない。

 そのためか巡回する警備も少なく、特に見咎められる事もなかった。

 隣人顔を合わせた時が不安だが、今は変装をしているのできっと大丈夫なはずだ。

 一歩、また一歩と近づくたびに鼓動が高鳴る。


「私と腕組みをしているのがそんなに嬉しいのですか?」


 そんなダグラスの鼓動を感じてか、アリスが冷やかしてくる。

 今回はカップルで、住む場所を探しているという設定で出かけている。

 怪しまれないようにするために、ダグラスは恋人のフリをするようにアリスに頼んでいた。


「いや、家がどうなっているか気になってね」

「……そういう発言は直したほうがよろしいでしょう」

「なんでだ?」

「たとえ嘘でも“君が隣にいるだけでずっと胸が高鳴っている”くらいの事は言わないとモテませんよ。マリアンヌという方も不満に思うはずです」

「そ、そうなのか……、気をつけるよ」

「お気をつけください」


 アンドロイドに恋愛指南をされる事に抵抗はあったものの、相手は神の作り出したゴーレムである。

 カノンも時にはいい事を言うので“そういうものなのかな?”と素直に聞き入れた。

 その後も取り留めのない話をしながら歩いていると、かつての住居にたどり着く。


 家は残っているものの、焼けた落ちた跡が残っていたのみ。

 周囲には残骸が散乱しており、師匠が蹴り破った扉もそのまま放置されていた。

 ダグラスの脳裏に、この街を脱した日の事が浮かび上がる。

 しかし、いつまでも感傷に浸っている事はできなかった。

 燃えた家を見ていた二人に、隣人の老婆が話しかけてきたからだ。


「その家がどうかしたのかい?」


 その視線は好意的なものではなかった。

 反逆者が住む家だっただけに、その家に興味を持つ者を怪しむ視線を向けられていた。

 だがダグラスも、このような状況に対処する方法を考えていた。

 そのために厄介なアリスも同行させているのだ。


「実は安い土地があると聞いて見にきたんですが……。ここはどういう土地なんですか?」

「あぁ、ここかい」


 ――新婚カップルが家を建てるための安い土地を探しにきた。


 そういう理由があるならば怪しむ必要もない。

 老婆の視線が和らいだ。


「そこに住んでいたのは、なんでもあのマッキンリー侯爵家お抱えの暗殺者だったそうだよ。マッキンリー侯爵が処刑された時に兵士が捕らえにきたけど火を放って逃げ出したそうだ。おかげでウチまで火が回りそうになったり、正体を知って黙っていたんじゃないかと疑われたりして迷惑だったよ」

「そうだったんですか……」


 あの時は逃げるのに必死で近所の事など考える余裕はなかったが、どうやら迷惑をかけていたらしい。

 問答無用で処刑されたりしなかっただけマシなのだろう。


「ここに住んでいた人たちは捕まったんですか?」


 ――師匠の墓はどこにあるんですか?


 そんな事を聞けないので、ダグラスは“捕まったのか?”という質問で情報を引き出そうとする。


「親子の二人住んでいたんだけど、親のほうは殺されて罪人用の墓場に打ち捨てられたと聞いたよ。子供のほうも噂では逃げてる最中に野垂れ死んだとか、魔物に食われたとかいうのは聞いたね」

「そうですか、では彼らが戻ってくる事はなさそうですね」

「マッキンリー侯爵家には大勢の人が殺されてるそうだからね。三族族滅なんていう厳しい処置をされるくらい恨まれているから、今更関係者がこの国戻ってくるなんて無理だろうさ。そんな奴がいたら自殺行為だね」


 どうやらダグラスも死んだ事になっているようだ。

 それならばこの国で動きやすいかもしれない。


「こんな家を買おうなんて思うんじゃないよ。家が欲しいならよそで買いな。マッキンリー侯爵家の関係者だなんて思われたら大変だよ」

「ありがとうございます。あくまで候補の一つだったので、他のところも見て回ります」


 ダグラスは礼を言うと、その場を立ち去った。


(マッキンリー侯は国を思ういい政治家だと聞いていたけど、平民の間では評価が違うのかな?)


 ダグラスは師匠の言葉を信じて侯爵家からの依頼をこなしてきた。

 国賊を誅すという名目で、貴族を手にかけた事もあった。

 師匠と共にやってきた事を否定したくはない。

 この場を去る足取りは、家の様子を見にきた時とは違って非常に重いものとなっていた。

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