第六章 シン世界の神誕生編

第122話 第三の神の領域 1

 カノン一行は街を出た。

 燃料が間もなく切れそうな飛行機は、領主に慰謝料代わりに引き渡された。

 機装鎧は高価な品物である。

 破損していようが、ダグラスが殺した者たちの見舞金を支払っても余りある売却益を出すだろう。

 どうせ使えないのだから、それを使って後腐れなく旅立つためだ。

 こういう点では、カノンは割り切りのいいタイプだった。


 だが、ダグラスは違った。

 初めて機装鎧に搭乗した快感を忘れられなかった。

 しかも飛行まで経験したので後ろ髪を引かれる思いだった。

 とはいえ彼も機装鎧を引き渡す必要性は理解していたので、駄々をこねるような真似をしたりはしない。

 引き渡しを邪魔したりはしなかった。


 移動手段として、ダグラスには馬が提供された。

 アリスは馬に乗れないため、カノンたちと共に馬車での移動となる。

 ダグラスだけが、フリーデグントと共に馬車の護衛として行動する事となった。

 だが、ダグラスはそれを好意的に受け入れていた。


(これはこれでいい。馬車の中だと逃げ出しにくいからな。馬上で周囲を見渡しているほうが周囲の警戒もしやすい)


 馬車の中だと周囲がよく見えない。

 この国ではダグラスはお尋ね者なので襲撃の危険性がある。

 奇襲を受けるかもしれないのなら、馬車の中で隠れているよりは身構えておける外のほうが都合がいい。

 ただ顔を晒し続けるのもよろしくないので、念のために兵士用の兜を目深に被る。


「顔を隠さないといけない理由があるのですか?」


 フリーデグントが、ダグラスの行動を怪しんでいた。

 マリアンヌと深い関係になっただけに、彼女にひどく警戒されているようだ。

 ダグラスは“だからこそ正直に話したほうがいい。下手な言い訳は新たな疑念を生む”と思い、素直に理由を話す事にした。


「ここは僕が生まれた国なんです。でも仕えていた貴族が政変で滅びたので……」

「ああ、なるほど。権力争いの敗者に対して残党狩りのようなものが行なわれているというわけですか」

「まぁそんな感じです」


 フリーデグントは貴族間の権力争いなどにも詳しいのだろう。

 異世界から呼び出された勇者はこの世界の常識を知らないため、立ち回りの補佐も任されているのかもしれない。

 彼女はダグラスの曖昧な言葉から、色々と察してくれた。

 それだけに、ダグラスの胸中に不安がこみあげてくる。


(元暗殺者だと知られたら“自業自得だ”とあっさり見捨てられそうだな。知られないように気をつけないと)


 彼女の主な護衛対象はカノンとキドリであって、ダグラスは彼女の護衛対象ではない。

 二人の護衛の邪魔になると判断されれば、あっさりと切り捨てられるだろう。

 そうなっては困るので、本当の事を隠しつつ、適度に彼女の信頼も得なければならなかった。


「まったく、私たちは魔族と必死に戦っているというのに、ボールドウィン王国では人間同士で争っているなんて。その無駄な元気を前線に送り届けてくれればいいのに」


 フリーデグントは、この国に対して不満を持っているようだ。

 それもそのはず、クローラ帝国は基本的に魔族との闘いに必死だった。

 多少は内部での権力争いはあったが、魔族と内通していた者以外はそうそう命のやり取りまでは行われない。

 権力争いに負けたからといって、敗北者の貴族のみならず、その家に仕えていた者の命まで狙う余裕などないのだ。


「物資の支援はしてもらっているものの、どうしても兵士は不足気味です。兵士の供出をする余裕もありそうですね。比較的安全な場所だからと安穏と過ごしてもらっては困ります」

「それは……、そうですね。僕もカノンさんと出会うまでは魔族と戦うなんて想像した事もありませんでした。よく考えればクローラ帝国が魔族を押さえていてくれたからなんですよね。今まではそんな事を考えずに漠然と生きていました」

「ええ、その通りです」


 少しだけフリーデグントの機嫌がよくなったように見えた。

 自分たちの身を張った努力をわかってもらえたからだろう。


「東の国には余裕がある事は、国に戻れば陛下に報告するべき事でしょう。もっとも、カノン様が神となれば、魔族の侵攻をやめさせる事もできるかもしれませんが――」


 フリーデグントは、ダグラスの顔をジッと見る。


「もしくは、これまでとは違って共存というのもありえるかもしれないですね。魔族と結婚する人間など、今まででは想像もできない事が現在進行形で起きているので」

「それはまぁ、流れというか……」

「その流れです!」


 フリーデグントがいきなり力を籠めた言葉を発したので、ダグラスや周囲にいた者たちもビクリとする。


「若いから仕方ないのでしょうが、流れで異性と関係を持つというのはおやめなさい。あなたはカノンさんと出会う前は、ただの最下級の冒険者だったのでしょう?」

「はい、そうでした」

「相手がヴァンパイアの王女だからまだよかったものの、ただの平民だったらどうするつもりだったんですか? 収入もなく安住できる家もない新米冒険者が、女房子供を養う事ができるとでも思っているんですか!?」

「……厳しいと思います」


 フリーデグントの話がおかしな方向へずれていく。

 ダグラスにとって耳の痛い話だったが、話を戻そうとしてもできない謎の鬼気迫った迫力があった。

 嫌ではあるが、彼女の話を聞き続けるしかなさそうだ。


「若さゆえの過ちというのは致し方ないもの。でもまずは家族を養う経済力を持ちなさい。流れや勢いで行動しないように気をつけなさい。いつか後悔しますよ」

「はい」


 フリーデグントの言葉に返事をしたのはダグラスだけではなかった。

 彼女の声は馬車の中にいるカノンたちにも聞こえており、恥ずかしさのあまり両手で顔を隠したカノンも“はい、気をつけます”と呟いていた。

 彼はつい先日後悔したばかりだったからだ。

 本人も反省するところがあったのだろう。

 ダグラスに向けたフリーデグントの言葉が鋭く突き刺さる。


「人生の先達の言葉、ありがたく頂戴します。もしかしてフリーデグントさんも、そういった経験された事があるのですか?」


 旅路は暇だ。

 だからダグラスも軽い気持ちで話を振っただけだった。

 しかし、フリーデグントの表情を見てすぐに後悔する。


「あの時、あいつに出会っていなければ……。でも娘は可愛いし……。いやでも酒の勢いなんて……」


 彼女は過去を思い出して鬼の形相を見せていた。

 ある意味、戦闘時にモラン伯爵が見せた表情よりも恐ろしく見える。

 どうやらダグラスは触れてはいけないフリーデグントの過去に触れてしまったらしい。

 近くの護衛に助けを求める視線を送るが、みんな彼女の過去を知っているのか誰も目を合わせてくれない。

 周囲を警戒するフリをして露骨に視線を逸らしていた。


(誰か助けてくれ……)


 そう思いながら、ダグラスも口をつぐんで遠くを見つめる。

 しかし触れてはいけない話題に触れてしまった気まずさはあるが、そこまで絶望的な気分ではなかった。

 フリーデグントも人並みの感情を持つドワーフだとわかったからだ。

 一応、年長者としてダグラスにアドバイスをしてくれる優しさも持ち合わせている。


 ――“マリアンヌと結婚するならお前は敵だ。殺してやる!”と思われるほど絶対的な敵視はされていない。


 ただ人類の敵である吸血鬼と深い関係になった事を、一人の人間として軽蔑されているだけだ。

 軽蔑はされていても、敵意を持たれていないのなら関係を改善する機会はあるだろう。


(女性にしてはいけない事とかを聞いたりするのもいいかもしれない)


 恋人か夫かはわからないが、フリーデグントはパートナーに強い不満を持っている様子である。

 ならばマリアンヌ相手とはいえ、女性を大切にする方法を聞けば教えてくれるかもしれない。

 そしてそういった姿勢は、パートナーに不満を持つフリーデグントの蔑視を和らげてくれるだろう。


 ――旅路を共にする相手との関係を改善しつつ、マリアンヌとの生活をより良いものとする一石二鳥の策になる。


 ダグラスはそんな事を考えながら、フリーデグントの機嫌が治るのを待っていた。

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