第121話 カノンとの再会 12
「なるほど、私の手助けが必要というわけですか」
一通り事情を聞いたカノンが何度かうなずく。
「いやー、私はずっと兄さんの事をただ者ではないと思っていたんですよ。どんな事でも手伝いますんで、なんでも言ってくださいね」
ユベールは“もしかしたら次期シルヴェニア女王の王配になるかも?”と思い、ダグラスに露骨に媚びを売る。
「二人の距離が近い事は気づいていたけれど、まさか赤ちゃんまでできていたなんて……」
キドリは“子供ができた”という話を聞き、頬を赤らめて動揺していた。
「ヴァンパイアとそのような関係になるなど裏切り行為です」
ただ一人、フリーデグントだけが否定的な反応を見せる。
しかし、その真っ当な反応がダグラスにはありがたかった。
彼自身、マリアンヌと結婚する実感がまだなかったからだ。
しかも相手は人類の天敵であるヴァンパイアであり、普通では考えられない相手だった。
――世の中の常識を当たり前の事として扱う。
カノンと出会ってから遠ざかっていた、この世界の常識に触れる事ができた。
常識人がいる安心感は、ダグラスにとってとても貴重なものだった。
「ダグラスさんの言い分はわかりました。ですがすぐにシルヴェニアへ向かうわけにはいきません。あと十日もすれば目的に着くのですから、ここから戻るわけにはいかないのですよ」
「世界を救うため、ですか……」
「その通りです。私が正式な神になれば世界は元通りになります。探索は魔法が使えるようになってからでも遅くはないでしょう。ヴァンパイアといえども危険な存在と出くわすかもしれないのですから。彼らが死ぬのはあなたも嫌でしょう?」
「それはそうですが……。あの空を飛ぶ機装鎧を使えばすぐに到着できるのでは?」
一刻も早く戻りたいダグラスは諦めきれなかった。
そんなダグラスの感情をカノンは察していた。
(そうかそうか、そんなに彼女と子作りに励みたいのか。こいつもやっぱり男の子だな。俺だってこの年頃の頃はエロイ事しか考えてなかったもんな)
カノンはダグラスが知れば怒るような内容で、急ぐ理由を一人で勝手に納得していた。
彼は“俺がまだ一人身なのに、お前のような若造が結婚するなんて早い!”などと思うような狭量な人物ではなかった。
それどころか不気味な優しさで、ダグラスを応援してやろうとすら考えていた。
「アリス、あの飛行機を使えば、サンクチュアリまでどのくらいで着く?」
「不可能です」
「なにっ、どうしてだ!?」
「戦闘機動をしたため燃料がありません」
「燃料が……」
しかし、カノンの考えは瞬く間に打ち砕かれた。
――燃料がない。
たった一つ。
だが、そのたった一つの覆しようのない事実が、あっさりとカノンの考えを打ち砕いた。
「キドリさんが攻撃を仕掛けなければ……」
カノンがぼそりと呟く。
それをキドリは聞き逃さなかった。
「そもそもカノンさんが領主の娘さんに手を出したのが悪いんでしょ! 神様になるとか言っておきながら、自制心が足りないんじゃないですか?」
当然、ムッとした彼女は言い返す。
「なにを言っているのですか。キドリさん、あなたはギリシャ神話をご存知ありませんか? ゼウスは不倫回数だけではなく、内容もドン引きするレベルのものばかりなのです。神とシモの話とは切り離せないものなのですよ」
カノンは、さも当然といった様子で言い返す。
言い返されたキドリは、露骨なまでに不快だという表情を見せる。
「そんな事を平然と言うあなたみたいな人が本当に神になるんですか? 信者に刺されても当然な人にしか思えないですけど」
「キドリさんもダグラスさんと本気で戦っていたでしょう? 人というものは少しのすれ違いで、感情的に殺し合ってしまう生き物なのです。だからこそ人は宗教、道徳、倫理といった考えを生みだしました。私が信徒に刺されたのは、彼がまだ教義を学んでいる途中だっただけ。もう少し時間があれば彼も私を刺そうとは思わなくなっていたでしょう」
「洗脳前に刺されたという事ですか?」
「キドリさん、それは宗教に対する偏見です。世の中そういう見方をする人も多いですが、それはただの差別ですよ」
カノンがやれやれと首を振る。
「ダグラスさん、飛行機での移動は無理なようです。このまま東のサンクチュアリに到着すれば、そこで新しいものを使えるようになるでしょう。拠点間の移動装置も生きているかもしれません。少しでも早くマリアンヌさんと会いたいのかもしれませんが、このまま馬車で移動しましょう」
「そうですね、わかりました。僕もこれ以上わがままは言いません。まずは世界を救うための旅を優先してください」
「理解していただきありがとうございます。私もこの世界にきて最初に関わったダグラスさんには幸せになってほしいと思っているのですよ。悪いようにはしませんので……、あなたが連れてきたアリスの面倒だけ見てくださいね」
カノンは、さりげなくアリスの世話をダグラスに任せようとしていた。
彼女は世界を滅ぼしかねない危険な存在である。
できるだけ関わりたくなかったのだ。
神の領域へ到着すれば、おそらく彼女をそこの管理人として世間に出さないようにするつもりだった。
「わかりました、お任せください」
(アリスの世話を任されるのは、こっちにとっても都合がいいしな)
ダグラスは二つ返事で引き受けた。
アリスはカノンのアキレス腱である。
その彼女をそばに置いておくのは、ダグラスにとって強力な切り札となる。
カノンが言い出さずとも、ダグラスから彼女の世話役になると申し出ていただろう。
彼から言い出してくれた事で、自然と保険を手に入れる事ができた。
もっとも“世界を滅ぼす力”という点について、二人の間で大きな齟齬が生じていた。
ダグラスは物理的に滅ぼす力だと思っていたが、カノンは社会的に滅ぼす力だと考えている。
世界の命運を左右する力ではあっても、その意味合いは大きく違っていた。
「それにしても兄さんとまた一緒に旅ができるなんて嬉しいです。またよろしくお願いしますね」
「こちらこそユベールさん」
話が一段落したと見たユベールが、ダグラスに歓迎のハグをした。
ダグラスも彼を受け入れる。
だが、ユベールには聞いておきたかった事があった。
「そういえばユベールさんの村付近を通ってきたんですが、サキュバスに襲われそうになりましたよ。マリーと出会う前の僕だったらあのまま殺されていたかもしれません。なんで魔族がエルフの村に住んでいたんですか?」
――エルフの村の近くにサキュバスが住んでいた。
しかもユベールは元異端審問官であり、魔族と戦い治安を守っていたエルフだ。
そんな彼が村の近くに住むサキュバスの存在に気づかなかったわけがない。
なぜ見逃していたのか、ダグラスはずっと気になっていた。
「あっ、サキュバスさん……」
尋ねられたユベールは、絶望に満ちた表情を見せる。
「もしかして……、サキュバスさんを殺したのですか?」
「……ええ、襲われそうになったので」
なぜかユベールは“サキュバスさん”と、さん付けで呼んでいる。
その事にダグラスは不安を感じたが、素直にサキュバスを倒したと伝える。
するとユベールの視線が、ダグラスに媚びるものだけではなく、憎しみも混じったものとなった。
「まずかったですか?」
「サキュバスさんは魔力を食料としているのです。だからエルフの男が数人いれば死ぬほど魔力を吸い取られる事はないのですよ。村の男はみんな長い間、彼女のお世話になっていました……」
「ああ、そういう関係だったんですね……」
――エルフの男は魔力を提供し、サキュバスは快楽を提供する。
どうやら村のエルフとサキュバスは共生関係にあったようだ。
“あなたは異端審問官だったんですよね?”と思わなくもないが、ダグラスもマリアンヌと良い関係になっている。
それと似たようなものだと思えば、なんだか悪い事をしてしまった気がしてくる。
「イビルトレントだらけになってから逃げる事に必死で、サキュバスさんの事まで考える余裕がありませんでした……」
「自分が生きるのに必死だっただけですよ」
「あれだけお世話になったのに、彼女には申し訳ない事をしました……」
ユベールが薄っすらと涙を浮かべる。
それだけサキュバスに対する思いが強かったのだろう。
久々にカノンと合流したダグラスであったが、どこか気まずさを感じさせられる合流となってしまった。
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今回で第五章は終了です。
次回より第六章となります。
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