第119話 カノンとの再会 10

「ひらめきっ! ……ダグラス様、大変です」

「どうした?」

「精神ポイントを使い切ったので、精神コマンドが使えなくなります」

「せいしん……、えっ、どういう事?」

「魔力がなくなって、攻撃を避けられなくなると言えばわかりやすいかもしれません」

「魔力がなくなった!? ゴーレムが魔法を使うの?」


 アリスの言っている事を理解できなかったので、ダグラスは彼女が疲れたのだと思った。

 しかし、ゴーレムは生物ではないので魔力が尽きるまで疲れ知らずのはず。

 キドリの攻撃を避ける力がなくなったとはいうが、まだまだ彼女は元気そうである。


「はい。あと機体のエネルギーが尽きるので、まもなく動かせなくなります」

「そっちのほうが大事だろう! うわっ」


 ダグラスの代わりにキドリがツッコミを入れるかのように、機装鎧の腕が切り飛ばされた。

 キドリの攻撃を避け切れなかったため、腕で防いだからだ。


「のぉぉぉぉぉ」

「ユベールさん!?」


 しかし、その腕にはユベールが握られていた。

 彼は悲鳴と共に地上へと落ちていく。

 さすがにそれはマズイと思ったのか、キドリが彼を追いかけていく。


「かかりましたね。今です」


 アリスはユベールを追うキドリの機体の背中に照準を合わせる。


「しないよ! なんでそんなに彼女を殺そうとするんだ?」

「不殺系キャラは好みが分かれますよ」

「さっきからなにを言っているんだ? わかる言葉で話してくれ」


 ――言葉は通じているが、わかる内容で話してくれない。


 アリスの話は、ダグラスを大いに困惑させるものばかりだった。

 カノンとは違う方向性で厄介な存在である。

 空中でユベールを回収するキドリを見ながら、ダグラスはこれからどうするかを考える。


「あれは……」


 キドリに助けられたとはいえ、ユベールの顔は恐怖に歪んでいた。

 彼女のコンプレックスを刺激してしまったため、このまま殺されるのではないかと思っていたからだ。

 しかし、ダグラスはユベールの事を見て、なにかに気づいたわけではない。

 もっとその先――地上にいるカノンの様子を見て、ダグラスの動きが止まる。


「アリスさん、カノンさんの様子はわかる?」

「確認します。…………どうやら女性と抱き合っているようですね。あっ、キスまで」

「この状況でなにをやっているんだ、あの人は……」


 命が懸った状況だというのに、こんな時でも女に夢中なカノンに、ダグラスは呆れてしまう。

“蘇るというのなら、キドリの言う通り一度死なせたほうがいいのではないか?”という考えまで浮かんでくる。


 キドリはユベールを回収したあと、そのまま地上へ向かっていく。

 彼女はこれ以上、ダグラスと戦うつもりはないようだ。


「キドリさんも、これ以上やり合うつもりはないみたいだから、僕たちも降りようよ。ユベールさんも掴まってるし」


“自分が間違っていたのかも?”という後悔が込み上げる中、ダグラスは地上に降りるようとアリスに提案する。

 そもそも彼女と戦っていたのはユベールを救うためである。

 その彼が彼女に掴まってしまった今、これ以上戦う理由はない。

 キドリがカノンに対して怒っている理由を教えてくれた彼を守るために説得する段階だった。


「それでは降下します」


 アリスは元々抑揚のない喋り方をしていたが、ダグラスにはどこか残念そうに落胆しているように聞こえた。


(どれだけ戦いたいんだよ……。カノンさんは戦いを必死に避けようとするのに、創造主と正反対だな。それとも、カノンさんも力を持っていたら好戦的だったのだろうか?)


 無駄に好戦的なアリスに、ダグラスはそんな事を思ってしまう。

 人間ではないだけに、ブレーキが効かなくなった時が恐ろしい。

 この世界を滅ぼす力を持っているらしいので、より一層恐怖をかき立てる。

 しかし、アリスは無制限に攻撃ができるわけではない。

 ダグラスがボタンを押さねば攻撃できないのだ。

 そこだけが救いだった。


 段々と地表が近づいてくる。

 空を飛ぶという貴重な経験が終わるのは残念だったが、機装鎧に乗って戦うのは神経を削るという事がよくわかった。

 操縦はアリス任せでも疲れるので、自分で動かしていたらもっと疲れていただろう。

 キドリのように一人で動かすより、アリスのような存在が補助してくれたほうが長く戦えるだろう。

 そういった意味では、この機装鎧が二人乗りでよかったと思う。


 ドシンと着地する衝撃がダグラスに伝わる。

 正面を向いた彼の視界には、なぜか領主と和解して握手しているカノンの姿と、キドリに掴まっているユベールがいた。


「キドリさん、ユベールさんも悪気があったわけじゃないと思います。許してあげてください」

「そうです、許してください! そもそもキドリ様がちゃんと説明すればよかっただけじゃないですか!」


 ダグラスの言葉に乗っかり、ユベールも許しを乞う。

 しかし、素直に謝り切れなかった。

 心のどこかで“キドリも悪い”という気持ちがあったため、彼女を責める言葉も一緒に言ってしまう。

 キドリのほうも“やりすぎた”という思いがあったが、ユベールに責められた事で反感を持った。

 そんな時、彼女を止める者が現れる。


「キドリ様、エルフの言葉に一々腹を立てていては切りがありません。適当に聞き流すべきでしょう」


 ――フリーデグントだった。


 キドリの護衛として同行している彼女は、護衛だけではなく、この世界の常識を教える教育係でもあった。

 ユベール如きのために機装騎士が争うのは馬鹿げている。

 そう思っていた彼女が仲裁に入った。


「フリーデグントさんがそう言うなら……」


 キドリも本気でユベールを殺すつもりはなかった。

 振り上げた拳を降ろす理由が欲しかったところだ。

 口実を作ってくれたフリーデグントに感謝して、ユベールを降ろす。


「この場の安全は私が保証します。ダグラスさんも安心して降りてきてください」


 戦いをやめるきっかけが欲しかったのはダグラスも同じだった。

 そもそもカノンを連れていくために、ここまできたのだ。

 戦いにきたわけではない。

“まともな大人”という普通は貴重ではなかったはずの人物の仲裁にダグラスも乗った。


 先ほどの戦闘で、ちゃんと動く機装鎧だというのは周囲に見せつけられた。

 アリスをコクピットに残し、ダグラスだけが操縦席から降りる。

“アリスだけでは人間を攻撃できない”というのは誰も知らないはず。

 彼女が残っているだけで、周囲への威圧となるだろう。

 フリーデグントたち、キドリの護衛が周辺に睨みを利かせているのもあり、ダグラスは安心して降りる事ができた。


「聞き入れてくれてありがとう。私たちには争う理由がない。そうだね?」

「ええ、僕たちには戦う理由がありません。ただカノンさんに会いに来ただけですから。フリーデグントさんはもうカノンさんに危害を加える気はないのですか?」

「他国の貴族の娘に手を出して放っておくわけにはいかないので、正当な処罰はやむなしと考えていただけです。私に危害を加える気はありません。あちらは和解が済んだようなので、殊更事を荒立てる気もないですね」

「それはよかった。こちらも無駄に争いたくはないですから」


 二人の会話はスムーズに話が進んだ。

 ダグラスはまともな人物のありがたみを身にしみて感じる。


「ダグラスさん、助かりました。危ないところを助けてくださった事、心より感謝しています。再び会えてよかったです」


 カノンが近づき、ダグラスに感謝の印としてハグをする。


「僕も会えて嬉しいです。ご無事でなによりでした」


(これでシルヴェニアへ素直に付いてきてくれるかな?)


 ダグラスがそんな事を考えている間にも、少し離れたところでユベールは、ヘビキドリに睨まれたカエルユベールのような状態で助けを待ち焦がれていた。

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